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第六十二話 史料

 









「あひゃひゃひゃひゃ!すげえっ!皆殺しじゃねえか!!」


 マスターとソルグロスが去った後のグレーギルドに、複数の人影があった。


「ここは、あのリールが所属しているそこそこのグレーギルドだったはずなのになぁ……!」


 男は辺りを見渡して、愉しそうに口を歪める。

 ギルドの中は、非常に凄惨な現場となっていた。


 頭と胴体を斬り離された死体。

 頭部や身体の一部を押しつぶされたように変形させている死体。


 身体中に苦無が刺さって、サボテンのようになっている死体。

 どの死体も恐怖と苦痛を顔に張り付けて、大量の血を流して息絶えていた。

 どこを見渡しても、五体満足の死体は存在しなかった。


「うぇっ……」

「おいおい!王国の皆様から恐れられる闇ギルド『鉄の女王(アイニーケン)』のメンバーなら、これくらいの死体で吐きそうになってんじゃねえよ!」


鉄の女王(アイニーケン)』のギルドマスターであるルーセルドは、身体を震わせて口元を押さえているメンバーの一人を見て、情けなさそうにため息を吐く。

 ルーセルドの肌は色白で、しかしそれは清純さなど微塵も示さず、どこか薄汚れて不気味さを醸し出していた。

 目の下には大きな隈ができており、まるで人間ではないようだ。


「で、ですけど……。こ、こんなに数が多くて損壊が激しい死体を見せられたら……うぇっ」

「いや、闇ギルドの人間が何言ってんだよ」


 意見を述べてまた吐きそうになっている男を見てルーセルドが言うと、馬鹿にしたように他の男が笑った。

 吐きそうになっている男はちょうど大人になりつつある青少年のような見た目をしていた。


 顔も悪くないのだが、今はその色を真っ青にしていた。

 青少年――――イルドだって今まで何人もの人を手にかけてきたのだが、彼はルーセルドや他の『鉄の女王(アイニーケン)』のメンバーのように、敵をいたぶってから殺したり死体を損壊したりすることはしていなかった。


 だからこそ、他のメンバーと違って耐性が薄いのだろう。

 しかし、非合法な依頼ばかりしている闇ギルドの人間が――――『鉄の女王(アイニーケン)』は特にその色が強い――――死体を見ただけで吐きそうになるなんていう、一般人と変わらない生ぬるい反応を見せることは、笑いもの以外の何物でもない。


「おぉい、イルド!テメエはそこそこ使える奴だから生かしてやっているんだ。だけどなぁ、あんまり鬱陶しい反応されると、殺したくなっちまうじゃねぇか!」

「ひぃぃ……っ!?」


 ルーセルドが苛立ち混じりに凄むと、小さく悲鳴を上げるイルド。

 ルーセルドの望む闇ギルド『鉄の女王(アイニーケン)』とは、冷酷非道で最強の闇ギルドなのだ。


 このような、弱弱しい反応なんてもってのほかだ。

 イルドはルーセルドが認めるほどの力を持っているのでギルドに囲っているが、その弱弱しい性格は大嫌いだった。


「でもまあ、流石は俺たちと同じ闇ギルドってところかぁ?表に出てこねえから、すっかり腑抜けていると思っていたんだがなっ。嬉しい誤算だわ!」


 ただ、確かにむごい状況であることは間違いない。

 それは、ルーセルドの気分を高揚させるほどのむごたらしさだった。


 彼はこの惨殺現場を作り上げた『救世の軍勢(イェルクチラ)』を、非常に高く評価していた。

 彼は、敵を過小評価するほど愚かではなかった。

 ……まあ、そもそも戦おうとしている時点で間違っているのだが。


「そうですよね。あいつら、本当にヤバいですよね」


 先ほど、殺すぞとまで脅されたイルドは、何もなかったようにルーセルドに話しかける。

 その図太さにイラッとくるルーセルドであったが、いちいち死体を見てあんな反応されるのもムカつくので、これくらいでちょうどいいのだろうと気持ちを落ち着ける。

 それに、イルドの言っていることは間違っていないのだ。


「えーと……誰がこれをやったんだっけ?」


 この現場に立っている男たちの中で一番背の高い筋骨たくましい男が言う。

 またもや、なれなれしくイルドが口を出す。


「ほら、マスターも言っていたじゃないですか。『救世の軍勢(イェルクチラ)』ですよ、『救世の軍勢(イェルクチラ)』」


 現在、『鉄の女王(アイニーケン)』……ルーセルドが敵視して行動している相手は、自分たちと同じく王国から闇ギルド認定されている凶悪ギルド『救世の軍勢(イェルクチラ)』である。

鉄の女王(アイニーケン)』よりもはるか昔に設立されたギルドで、歴史の古い正規ギルドに負けず劣らずの歴史を誇るとされている。

 そんな彼らは、ほとんど表舞台に姿を現さず、それは昔に比べると尚更であった。


「あー、そうだった。でも、そんな奴ら聞いたことねえしなぁ」

「こいつと一緒の考えは癪だけど、俺も知らないなぁ」


 筋肉男に続くように、痩せた体型の男が続く。

 腰に一本の細い剣――――刀を装備している。


 そんなメンバーたちの言葉に、ルーセルドは怒りを覚えずむしろ共感さえしていた。

 知らなくても仕方がないだろうと考える。


 何故なら、本当に『救世の軍勢(イェルクチラ)』は表の世界に姿を現さないのだ。

 昔はそこまで徹底して隠れていた闇ギルドではなく、それなりに世間にも認知されていたようだが、今ではそのなりをすっかりと潜めてしまっていた。


 二人のメンバーのように、この世界の大半の人間は『救世の軍勢(イェルクチラ)』の存在すら知らないだろう。

 もちろん、彼らと同じ闇の世界の住人や国家の上層部となれば話は別だが。

 ただ、のんきなメンバーに釘をさしておくのも、ギルドマスターとしての務めだ。


「テメエらなら大丈夫だろうが、あまり油断はするなよぉ?いずれ、どちらが上かを争って殺し合うことになるんだからな」

「うぇぇ……。やっぱり、戦うんですか……」


 イルドは心底嫌そうに言葉を放つ。

 それが、ルーセルドの癇に障ることに、いつまでたっても気づく素振りはなかった。

 ルーセルドの鋭い目が、彼に向けられる。


「だ、だって!この本に『救世の軍勢(イェルクチラ)』のことがちょこっとだけ載ってあって……っ!!」


 震えながらも慌ててイルドは古ぼけた本をルーセルドに差し出した。

 それを受け取って見ると、表紙は何とも飾り気がなく、題名もかすれて読めなかった。


「なんだぁ?このごみみてぇな本は……」


 ひょいとルーセルドの背中越しにイルドの持っていた本を見て、馬鹿にしたように笑う大男。

 ついでに、刀を持った痩せた男も笑っていた。


「あひゃひゃ!お前、俺にゴミを押し付けるとか……死にてぇのか?」

「ち、違いますよ!!」


 首と手を横に振って無実を訴えるイルド。


「それは、ラルド帝国っていう国の歴史本ですよ」

「あん?聞いたことねえ国だな」

「もうないですからね、その国。『救世の軍勢(イェルクチラ)』に滅ぼされたそうですよ」

「はあ?」


 ルーセルドは意味が分からないと声を漏らす。

 この世界では、村が消滅するということはそれほど珍しいことではない。


 その理由は様々だが、最も多い理由は魔物に滅ぼされたというものだろう。

 しかし、村よりも一つ上の単位の街となると、魔物が理由ならほとんど消滅することはない。


 街単位になると、街の大きさによって数は変わってくるが軍隊が置かれるので、彼らが魔物を対処してしまうのである。

 もちろん、小さな街に強力な魔物が出ることもあるので、その時は時間稼ぎをしつつ首都に援軍を要請するのである。


 そうすれば、首都から精強な軍隊が飛んできて、瞬く間に魔物を討伐してしまうだろう。

 一つの街ですらそうなのに、国一つが滅ぼされるなんて考えられなかった。

 それが、国家と国家の全面衝突である戦争となるとあり得る話だが、いくら闇ギルド『救世の軍勢(イェルクチラ)』とはいえ一つのギルドで一つの国を落とせるはずもない。


「つまらねえ嘘言ってんじゃねえよ」

「いたっ!?」


 だから、ルーセルドはそれをくだらない嘘だと判断して、イルドの頭を割と力を込めて叩くのであった。

 そこには、いつも闇ギルド『鉄の女王(アイニーケン)』らしからぬうじうじとした彼へのイラつきも多分に込められていた。

 イルドは涙目になりながらも訴える。


「で、でも!その本には……!」

「あひゃひゃ!じゃあ、この本が嘘っぱちだぁ。いくら俺たちと同じ闇ギルドといっても、一つの国を滅ぼして残っているわけねえだろうが」

「そ、それは……」


 イルドもその考えは否定できないようで、言葉に詰まる。

 人の少ない小さな村くらいなら、たとえ滅ぼしても国は大した反応を見せないだろう。


 いちいちそんなことで反応していたら、キリがないからだ。

 しかし、街が滅ぼされたら腰の重い国だって必ず動く。


 大事な収入源である国民を多く殺されたら、国は自存のために戦わなければならない。

 そして、国が滅ぼされたとなると、周辺国が黙っていない。


 空白になった領土を取るためというのもあるだろうが、一つの国を滅ぼせるほどの武力を持った犯罪ギルドなど、そのままにしておけるわけがない。

 おそらく、そのラルド帝国とやらを滅ぼしたら、周辺国が連合でも組んで『救世の軍勢(イェルクチラ)』を文字通り消滅させているだろう。

 そもそも、悪名高い『鉄の女王(アイニーケン)』だって村を何村かと街を二つ滅ぼしたことはあれど、国一つを落としたことはない。


「さぁて、イルドのほら話もつまらねえし、そろそろ戻るかぁ」

「いや、ほらじゃないですって!」

「あー、うるせーうるせー。殺すぞ」


 近くに転がっていたリールの頭を踏み潰して軽く脅してやれば、心外だと憤っていたイルドは静かになる。


「今、『救世の軍勢(イェルクチラ)』のギルドマスターと一人の女がクソ小さい正規ギルドにもぐりこんでいる。スパイからの情報を待つぞー」

「うーす」


 ルーセルドはイルドから渡された本を投げ捨て、出口へと歩いて行く。

 それに従って、筋骨隆々の大男と刀を携えたやせた男もギルドの外に出て行った。


「本当に、嘘なのかな……?」


 最後に残っていたイルドが、チラリと捨てられた本を見る。

 血だらけの地面に投げ捨てられたので、紙にも血が染み込み始めている。

 流石に、そこまでになった本をイルドは回収する気になれなかった。


「おい!早く来い!」

「は、はい!」


 また怒鳴りつけられ、イルドはウサギのように駆けて行った。

 残されたのは、大量の死体と血に濡れた小汚い本が一つだけだった。

 その本から、イルドも気づいていなかった一枚のメモがふわりと血の海の中に落ちるのであった。












『われわれは触れて……けないものに触れてしまった……だ。ラルド帝国を滅ぼし……化け物……。……討伐連合は全滅……た。皆殺……。私もじきに殺され……う。最後に、これだけ……書き残し……。―――――あの男には、手を出すな』





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