第六十話 壊滅
また、二つの首が飛んだ。
それは、仲間たちと歩調を合わせようとせずソルグロスに襲い掛かろうとしていた者たちだった。
おそらく、先にソルグロスを倒して最初にその身体を貪ろうとしていたのだろう。
その結果が、首を跳ねられるというだけだ。
「ひっ……!?」
ここに来て、ようやくグレーギルドの男たちはソルグロスの異常さに気づいた。
ごろりと転がってきた仲間の頭を見て、小さく喉を震わせながら後ずさりをする。
しかし、それはすでに遅すぎた。
「ぎゃぁぁっ!?」
自分たちを囲んでいた男たちの一人の前にいきなり現れたソルグロスは、どこからか小刀を抜く。
そして、防がれる前に男の首を掻き切った。
「おぉぉぉぉっ!?」
続いて、彼女目がけて振り下ろされた剣を、身体をひねって避けて腕を斬り飛ばす。
その後、ふわりと身体を空中に投げ出すと、回し蹴りをその男の首に叩き込む。
女とは思えないほどの脚力によって、男の首は一撃でおかしな形へと変形してしまった。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
「むぉっ」
一人の男は恐怖を押し殺すように猛々しい雄叫びを上げ、ソルグロスに掴みかかる。
彼女は酷く油断していたようで、見事彼女を羽交い絞めにすることに成功した。
「よし!そのまま捕まえてろ!痛めつけてからめちゃくちゃにしてやる!!」
「おぉっ!!」
複数のグレーギルドの男たちが、一斉に彼女目がけて襲い掛かる。
最早、五体満足で無力化するなんて行儀のいいことを考えている余裕はなかった。
両手両足を引きちぎってから、散々にしてやる。
その思いで襲い掛かった男たちは、横から現れた魔力弾で身体を消し飛ばされることとなった。
「なっ……!?何が……っ!?」
魔力弾が来た方を見ると、ソルグロスに庇われていた優男が、ニコニコと微笑んでいるではないか。
その笑顔は彼ら荒くれ者たちにとってひ弱さを表すのだが、今の彼の笑顔はとてもじゃないが弱者がするもののように見えなかった。
何か、得体の知れないものが……。
「お、お前ら……!!」
ソルグロスを捕まえている男がひどく狼狽する。
先ほどまで威勢よく近づいてきていた男たちが、身体を消し飛ばされたのだから。
頭だけ吹き飛ばされたならまだマシで、上半身丸々消えてしまっている死体もあった。
「また、マスターの御手を煩わせてしまったでござる。早く、片付けないといけないでござる」
その言葉を聞いて、身体を震わせる男。
何故なら、今一番ソルグロスと距離が近いのは彼である。
殺されるのも、一番早いだろう。
「だ、だが、身体を掴まれていて何ができるってんだよ!?」
そう、今ソルグロスの華奢な身体は男ががっちりと固めている。
例え、このギルドで一番の実力者であるリールでも、簡単に抜け出すことはできないだろう。
しかし……。
「こうすればいいでござる」
「あっ――――――」
ソルグロスの首が、グルンと180度回転した。
背後から押さえつけていた男の目とソルグロスの目がぶつかり合う。
人間なら決してできない動きに、男は悲鳴を出すことすらできなかった。
あまりに恐怖に、彼女を押さえつけていた腕を離してしまう。
「がっ……!!」
結果、腹をソルグロスの腕で貫かれることになったのであった。
「ふー。油断は禁物でござるなぁ」
そう言って、ソルグロスはようやく異常な首を元に戻した。
大して首を痛めた様子もなく、コキコキと音を鳴らす。
そして、今度こそマスターに迷惑をかけないようにと、残るグレーギルドの男たちに襲い掛かったのであった。
それから戦いが終わるのは早かった。
勇敢にもソルグロスに立ち向かった男たちは首を飛ばされ。
一目散にギルドの外に向かって逃げ出そうとした男たちは、身体中に苦無をぶつけられ。
そのどちらにも属さず呆然と事の成り行きを見つめていた男たちは、胸を貫かれ。
みんなみんな、死んでいった。
「最後は、貴殿でござるな」
ソルグロスは血の海の中を悠然と立ち、最後に立っていたリールを見る。
彼は呆然と周りを見渡していた。
あれだけ多くいたグレーギルドの仲間たちは、自分以外誰一人立っていなかった。
「お、おかしいだろ……?あれだけいた奴らが……全員……」
「まあ、普通の人間ならできないはずでござる。貴殿たちグレーギルドの人間は、魔物討伐が主な依頼である正規ギルドよりも対人戦闘に慣れているでござるからな」
ソルグロスの言葉は、リールの考えそのものだった。
だからこそ、最初に二人の頭を飛ばしたソルグロス相手にも戦うことを選んだのだ。
あの時は、あの二人が油断していたからだ。
しっかりと警戒して数がいれば、絶対に負けるはずはない。
しかし、その考えは非常に甘いものだったと実感させられていた。
「……まるで、お前らが普通の人間じゃねえみてえな言い方だな」
「その通りでござるよ」
リールの唸るような声に、ソルグロスは頷く。
そして、おもむろに右そでを露出させると、右肩に描かれた紋様を自慢げに見せつけるのであった。
「……どこのギルドだ?それ」
「…………」
まったく見覚えのないギルドの紋章を自慢げに見せつけられても、リールは疑問符を頭の上に浮かべるしかない。
ソルグロスもピタリと固まり、マスターなどは笑顔のまま小さく震えている。
「……拙者たちは闇ギルド『救世の軍勢』のものでござる」
「なっ!?や、闇ギルド……!?あの『鉄の女王』と同じ……!」
ようやく闇ギルドと聞いて反応を見せるリール。
その『救世の軍勢』というギルド名は知らないが、闇ギルドということは自分たちよりも何倍も頭のいかれた者たちが集まっているのだろう。
確かに、表情を一切変えずにグレーギルドをリール以外皆殺しにするという点からも異常性が垣間見える。
「マスター、知られていなくても仕方ないでござるよ。知られないようにしていたのでござるから」
ソルグロスはマスターの頭をよしよしと撫でて慰めていた。
案外ショックが大きかったらしい。
「おのれ……。よくもマスターを悲しませてくれたな……!」
「えっ……」
マスターが意気消沈しているとなると、ソルグロスの怒りの矛先が向かうのは当然リールであった。
ふっと姿を消したと思ったら、ソルグロスは上空から襲い掛かってきた。
「ぬぉぉぉぉぉっ!!」
その一瞬で移動するほどの動きは、今までのグレーギルドの男たちを容易く屠ってきた手段だった。
しかし、このグレーギルド一の実力者でB級の冒険者であるリールは見事に反応してみせた。
剣を振るい、避けるのではなく反撃に転じたのである。
空中ならば、身動きもとることはできまい。
「なっ!?」
だが、リールの振るった剣は空を切った。
ソルグロスはいつの間にか、上空を切って隙だらけとなった彼の正面に立っていた。
彼女の左腕は、何とも不気味に伸びきっていた。
関節も骨も、一切関係ないように……。
「成敗、でござる」
「げぁっ……!?」
ソルグロスは右手をグネグネと変形させ、五本の指がいくつにも枝分かれしていく。
そして、ついに鋭利な棘が大量についた手の形をした『なにか』に形を変えさせた。
それを、リールの腹部に次々に突き刺していった。
生命維持に不可欠な臓器も傷つけられ、リールは口から大量の血を吐き出して地面に倒れこんだ。
「ふぅ……。マスターを悲しませるからでござるよ」
ソルグロスは変形した両腕をグネグネと波打たせながら元に戻した。
そして、血の海となったグレーギルドの本部を満足そうに見渡したのであった。




