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第五十八話 人質

 










 残念なことにすんなりとギルドを出ることはできないようだ。

 ソルグロスに立ち向かうことができるほどの勇者(ばか)が、まだこのグレーギルドには存在したのだ。

 一瞬、別の誰かに向けられているものかと思ったけれど、間違いなく僕たちに向けられたものだった。


「主様、すぐにあやつらのギルドに戻らず、少し寄り道するというのはいかがでござるか?拙者、どこまでも後ろから見守っているでござるよ」


 しかし、その声を聞いてもそんなことは知らんとばかりに迷いなく歩みを進め、僕を見上げて眩しそうに目を細めるソルグロス。

 あ、あれ?君が呼ばれているんじゃないの?

 まあ、ソルグロスがいいんだったら僕もいいんだけれど。


「待てよ!!」


 最早やるべきことがないギルドから出ようと歩き出した僕たちを阻むように、扉の前に現れた大男が叫ぶ。

 グレーギルドらしく、荒事に慣れたような印象を与える力強い男たちばかりだが、この男はさらに一回り荒事専門といった印象を与えてきた。


 筋骨は隆々で他の男たちより一回りも二回りも大きい。

 鍛え上げられた身体には、剣が入るのかと一瞬考え込んでしまうほどだった。


「お、出たぞ!」

「やっぱり簡単には逃がさねえか!」

「……はあ」


 僕たちの前に立ちふさがった彼を見て、ギルドの中が盛大に賑わう。

 対して、ソルグロスは呆れたような面倒くさそうなため息を吐きだす。

 なんだろう。この男は有名なのだろうか?


「ソルグロスよぉ。まだ、俺の誘いにのってねえくせに、ギルドを抜けるってどういうことだよ」

「いや、拙者が誘いに乗るかどうかは拙者の勝手でござるし……。ギルドだって一時入団だからいつだって抜けられるはずでござるよ。……そもそも、拙者が主様以外の誘いに乗るわけないでござる」

「つれねえこと言うなよ。俺はB級の冒険者だぜ?」

「関係ないでござる(マスターは遥か上を行っているでござるし)」


 話しを聞いていると、この男は随分前からソルグロスに誘いをかけているようだ。

 それを、今まで全部断られていると……。


「奴はリール。拙者がこのギルドに入ってから何度も突っかかってくる鬱陶しい筋肉男でござる。名もそこそこ売れているし、機会にも恵まれなかったので殺し損ねていたでござる」


 ソルグロスは耳打ちをして説明してくれる。

 なるほど。確かに、B級という冒険者クラスは上から数えた方が早い方だ。


 グレーギルドは正規ギルドよりも人同士の争いごとに慣れている人間も多いので、構成メンバーの数こそ正規ギルドに劣るものの、実力的にはそこそこ粒がそろっているのだ。

 もちろん、普通のグレーギルドが正規ギルドに喧嘩を売っても叩き潰されるだけだろうけれど。


 このソルグロスに話しかけているリールという男も、荒事専門に実力を備えたグレーギルドメンバーだということだ。

 ……というか、ソルグロス。ついに、『殺し』って言っちゃったね。


「本当、つれねえなぁ。っていうか、その主様って誰だよ」

「もちろん、拙者の主はここにおられる御仁だけでござる。威光にひれ伏すがいいでござるよ」


 ソルグロスとリールの会話を聞いていると、ふと似たようなことを思い出す。

 少し前に見た、似たような光景……。


 そう、ララディとマホだ。

 ララディは散々にマホのことを言っていたけれど、あの子がギルドメンバー以外にあれほど素を出していたのはマホ以外にいないだろう。

 ソルグロスもまた、彼とそんな関係なのかもしれない。


「おい。貴殿のせいで、何やら生暖かい目を主様から向けられているではござらんか。拙者は見る専門でござるぞ」

「はあ?んなこと知らねえよ」


 おっと、これはどうしたことだろうか。

 ソルグロスの華奢な身体から、ほんの少しとはいえ殺気がにじみ出てきたではないか。


 しかし、ここのグレーギルドのメンバーは少量であるが濃密な殺気をまったく感じ取っていない様子だ。

 実力者らしいリールも、まったく気づいていない。

 ……本当に強いのだろうか?


「ほお。こいつがソルグロスの言っていた……」


 リールはソルグロスの言葉を聞いて、初めて僕を見た。

 今まで、ソルグロスのことばかり見ていたから、完全に認識されていなかったようだ。


 僕の顔をまじまじと見つめると、首をせわしなく振って僕とソルグロスの顔を行ったり来たりする。

 そして、ニヤリと悪そうに笑った。

 ……何だか悪い予感がするぞ。


「(へっ。こいつがソルグロスに言っていた主ってか?線も細いしめちゃくちゃ弱そうじゃねえか。だったら……)」


 ――――――みたいなことを考えていそうだ。


「おおい、ソルグロス!どうしても、俺に付き合うつもりはねえんだな!?」

「何度も言わせないでほしいでござる。無論、一ミリたりともそんな考えはござらん」


 もう言い飽きたとばかりにため息を吐くソルグロス。

 しかし、リールは断られたにも関わらずニヤリと獰猛に笑って僕を見た。


「ああ、お前はそう言うだろうよ。だったら、勝負しねえか?俺とお前が戦って、お前が勝てば俺はもう二度とお前を誘わねえ。俺が勝てば、大人しく俺に付き合ってもらうぜ。夜まで、たっぷりとなぁ……」

「はあ?」


 リールの言葉にソルグロスは、『何言ってんだこのクソ筋肉』と言わんばかりの目を向けるが、グレーギルド所属のメンバーたちは大いに湧き上がってしまった。


「いいぞぉ!やれやれぇっ!」

「リール!飽きたらソルグロスちゃんをくれよっ!!」


 ギルドの野次馬たちは何とも不快な歓声を上げてくれる。

 ……グレーギルドらしいと言えばそこまでだけれど、やはり気分のいいものではないな。


「拙者がその賭けに付き合う義理はないでござるな。というよりも、拙者に利益まったくないし」


 ソルグロスはすげなく断ってしまう。

 いや、まさにその通りなんだけれど。


 相手が勝てば望まないお付き合いをすることになり、勝てばもう関わらないという口約束を手に入れる。

 誰が『よぉし、戦うぞー』となるのだろうか?


 ……いや、激情家が多い『救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバーなら受ける子は多いかも……。

 ソルグロスが冷静な子でよかった……。

 またもや拒絶されたリールだが、意外と落ち着いていた。


「ああ、それも予想済みだ。だが、こうすればどうよ?」


 リールはそう言って僕の後ろをチラリと見た。

 うん?と思ったころには遅かった。


「おっと……」

「へへ……」


 僕の後ろには屈強そうな男が二人立ち、僕の腕をひねりあげてしまったのだ。

 ……嫌な予感、的中じゃないか。

 幸いにも、僕を押さえつける彼らは力が強くないのか、大した痛みは襲ってこない。


「はっはっはっ!お前が大切だっていう主様が人質ならどうよ!?戦わざるを得ないだろう?いや、もう戦う必要なんてないな。そいつの腕をへし折られたくなかったら、俺のものになれよ、ソルグロス!」


 リールは勝ち誇った大笑いをする。

 なんと。僕をダシにしてソルグロスを良いように扱うつもりか。


 それは、絶対に許してはいけない。

 僕はギルドマスターとして、そして何よりも彼女の親として、自分のためにソルグロスを犠牲にするわけにはいかないのだ。


 仕方ない。腕の一本や二本はくれてやろうじゃないか。

 あとで、アナトに治療してもらえばいいだろう。

 ということで、僕は早速自分の腕を斬りおとそうと魔法を発動させようとすると……。


「―――――るな」


 ソルグロスがぽつりと声を漏らした。

 彼女の言葉は、僕に聞き取ることはできなかった。


「あぁ!?俺のものになるってことはもっと大きな声で言えや!」


 リールも聞こえなかったようで、大きな声を出す。

 もう、彼はソルグロスが自分のものになると信じて疑わない様子だ。


 それはさせない。僕の腕を犠牲に、ソルグロスは何としてでも逃がしてみせる。

 ……なんてことを思っていたら……。


「―――――拙者のマスターに触れるなと言ったのだ、下郎」


 ソルグロスの目が僕……というよりも、僕の腕をひねりあげている男たちに向けられた。

 その目は得体の知れない何かが宿ったように、人が普通に認識できないような色をしていた。


 もちろん、親のような存在である僕がソルグロスに怯えることはなかったけれど、僕を捕まえていた二人は違った。

 小さく悲鳴を上げて、捕まえていた僕の腕を緩めたので、そっと抜き取ることができた。

 次の瞬間、僕の後ろにいた男たち二人の首が、飛んだ。


「……あ?」


 声を漏らしたのはリールだったが、その驚愕と疑問はここにいるグレーギルドのメンバー全員のものだっただろう。

 いったい、何が起きて二人の首が飛んだのか理解できていないのだ。

 僕の目は、ソルグロスが鞭のようにしならせた脚で彼らの首を刈り取ったことを捉えていた。


「マスター、マスター……!」


 うわっ!

 血を大量に噴き出して倒れようとする二人の男から遠ざけるように、ソルグロスは僕を抱きかかえて一瞬で移動する。


 それだけならありがたかったんだけれど、僕の顔を胸にギュッと押し付けて大事そうに抱きかかえられる。

 い、息がしにくい……。


 でも、アナトに同じようなことをされた時は本当に窒息したのだけれど、ソルグロスは苦しいながらも微妙に呼吸ができていた。

 ……ララディほど気にしてはいないようだけれど、ソルグロスも女の子だから言わないでおこう。


「下種共が。拙者の大切な、大切なマスターに手を出そうというのなら、最早我慢する必要もなし。一人一人ではなく、ここで皆殺しにしてくれる……!」


 この時、僕はソルグロスの胸に抱きかかえられていたことと、彼女が布をつけていることでどのような顔をしていたのかはさっぱりわからなかった。

 ただ、明らかに怖気づいて怯えた空気を感じ取り、きっと物凄い顔をしているんだろうなぁと思うのであった。




文字化け直しました。

教えてくださった方、ありがとうございます!

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