第五十七話 グレーギルドの民度
赤い髪の少女、ルシカを呪いから助け出すために、ルシルたちのギルドに一時加入することになった僕とソルグロス。
彼らのギルドに一時入団してもらうのは、ソルグロスだけである。
まあ、流石に『救世の軍勢』のギルドマスターである僕が一時的にとはいえ、他所のギルドのメンバーになることはできない。
僕の心情的には構わないのだけれど、メンバーたちがそれを許さないだろう。
あの子たちが嫌がるのであれば、僕はそれをすることはできない。
娘には弱いのだ。
しかし、またソルグロスだけに嫌なことを押し付けてしまって申し訳ない。
また、なんでも言うことを聞くから許してほしい。
「なんと!おお、お任せくだされ!拙者、誠心誠意、あの人間のためにエリクサーを探し出すでござるよ!」
僕の言葉を聞くと、ソルグロスは嬉々としてルシルたちのギルドに入ることを了承してくれた。
ご、ごめん。そんなに喜んでもらっていて悪いんだけれど、僕にできる範囲でお願いね?
こうして、ルシルたちのギルドに一時入団することが決まったソルグロスと付き添いの僕は、彼女が今まで一時入団していたギルドにやって来たわけだけれど……。
「おぉい!ソルグロスちゃんじゃねえか!依頼は終わったのかよ!?」
「ほとんど見えねえけど、ソルグロスちゃんの目を見れば分かる!絶対に美少女だ!!」
「俺の下半身を慰める依頼を受けてくれよぉっ!!」
ギルドに入ったとたん、ソルグロスに次から次へと飛んでくる品のない言葉。
「相変わらず馬鹿しかいないでござるなぁ。別に、何を言われてもなんとも思わないでござるが」
ソルグロスはそう言って一切気にする様子を見せないが、これは……。
うーん、酷い。
見るからに悪そうな風貌の男たちが、汚いテーブルの上に乗せられた安そうな酒を飲み下しながら、ゲラゲラと大笑いしている。
二番目に声を出していた男は見る目があるね。
たまに、目がどんよりと濁ることはあるけれど、ソルグロスは可愛いよ!
最後の人はセクハラだよね?
うちのギルドメンバーにそんなことを言うとか……ちょっとお話がしたいね。
「ひっ!?」
「おぉ。マスターにかばってもらうことは、幸せでござるなぁ。ララディ殿が羨ましかったでござるが、彼女の言う通りいいものでござる」
僕が笑顔でギルドの男を見ると、汗を垂らして怯える。
そんなに怯えなくてもいいのに……。ちょっと、お話しするだけだから……。
こんな荒くれ者どもが集まるように、ソルグロスと僕がお邪魔させてもらっていたギルドは、正規ではなくグレーのギルドだった。
入団希望者の裏取りなどをしっかりとしているところが多い正規ギルドよりも、割とアバウトなグレーギルドの方が簡単に潜入できるのだ。
実際、このギルドにソルグロスが一時入団するときも、大して調査はされなかったようだし。
だから、僕たちは利用したんだけれど……いかんせん治安が悪すぎる!
うちのソルグロスに悪い影響が出たらどうしてくれるんだ。怒るよ。
彼女はのんきに僕を見上げている。ま、守らないと……!
「さて、さっさと要件を済ませるでござる」
ソルグロスはそう言って、ちょいちょいと僕を引っ張る。
ん?僕が先に歩くの?
「もちろんでござる。でなければ、拙者がマスターの後ろ姿を見ることができなくなるでござるよ」
も、もちろんなのか。別に、良いけれど。
僕はうろ覚えながら、何とかこのギルドの受付場所に向かって歩き出す。
このグレーギルド本部は狭いのですぐに着きそうなものなのだけれど、酒に酔った男たちがやたらとソルグロスに構ってくるので、それを撃退していると随分と時間がかかってしまった。
ようやく受付に着いた頃には、僕の笑顔も少しかすんでいるような気がした。
つ、疲れた……。
平然としているソルグロスは疲れないのだろうか?
まあ、彼女は一人でギルドに潜入していることもあるそうだから、慣れているのかもしれない。それはそれでとても心配になるけれど。
「リザードマンの討伐依頼、無事完遂したでござる」
「あん?何か証明できるようなものがないと、依頼達成認定できねえよ。ないんだったら、ちょっと俺と夜に付き合ってくれるだけで、ちゃちゃっとどうにかしてやるぜ?」
「バッチリ持っているから、付き合わないでござる」
受付にいたのは、ゲラゲラと下品に笑っている冒険者と何も変わらない厳つい風貌の男だった。
そこそこの規模の正規ギルドなら美人な受付嬢などがいるものだけれど、やっぱりグレーギルドになんているはずないか。
しかし、この男もソルグロスに手を出そうとするんだね。
「リザードマンの鱗でござるが、今出した方がいいでござるか?」
「いや、魔物の血なんて見たくねえよ。掃除するのも面倒だし、後で適当に出してくれや」
ソルグロスが血のにじんだ汚い袋をゆさゆさとゆすると、硬そうな鉄っぽい音がした。
僕たちが倒したリザードマンの死体から鱗を取っていたのは、こういうときのためなんだよね。
男は面倒臭そうに手を振ると、机の下から袋を取り出した。
「ほら、これが報奨金だ。ちょっと、分けてほしいぜ」
「どうもでござる」
ソルグロスは男から貨幣の詰まった袋を受け取ると、それをゆすってジャラジャラと音を立たせた。
それで、ある程度の数を確かめているのだろう。
グレーギルドの受付なら、横領していてもおかしくないからね。
確かめた後満足そうに頷いたソルグロスは、嬉しそうに僕に差し出してきた。
いや、これは君の仕事の対価なんだから、僕に渡されても……。
「拙者の功績は全て主様のものでござるよ」
いやいや、そんな忠犬のような目で見られても……。
とりあえず、お礼を言って頭を撫でると、満足そうに喉を鳴らす。
「んふふ……。あ、そうだ。拙者、このギルドを辞めさせてもらうでござるよ。じゃ」
ソルグロスはそういうことで、と手を挙げると、また僕に前を歩かせてギルドから出て行こうとする。
……え。こんなあっさりギルドって抜けられるものなの?
しかも、とても緩い感じなんだけれど。
「……はぁっ!?」
「辞めるのかよ、ソルグロスちゃん!俺、まだできてねえぞ!!」
「俺もだ!!」
「最後に付き合ってくれよぉっ!!」
あまりにもあっさりとしていたので固まってしまっていた受付の男が大きな声で言うと、ざわざわと男たちの悲鳴が聞こえてくる。
まあ、悲鳴というよりもなかなか醜い欲望全開の絶叫だったけれど。
ソルグロス、大人気だね。
親のような気持ちで、娘が多くの人に求められているというのは嬉しいものがある。
ただ、今回に限ればあまり嬉しいことではないけれど。
卑猥な目を向けているのは逆に許せない。
しかし、犯罪者だらけのグレーギルドでも無理やり押しとめようとする者はいなかった。
「それは、多分拙者がしつこい男を片っ端から殺……つるし上げていたからでござろうな、多分。拙者がホイホイついていくのは、マスターだけでござるからな」
僕が不思議に思っていると、ソルグロスがこっそりと教えてくれた。
そっかー。……今、殺したとか言おうとして誤魔化さなかった?
ま、まあ、あまりやり過ぎなければいいだけれど……。
僕は、ソルグロスにマスター呼びになっていることを注意しながらも、得心がいく。
要は、ソルグロスの強さを身を以て知っているから、彼らはこれほど彼女に欲望の視線を向けながらも実力行使で止めに来ないのだ。
……いや、まあ去ろうとしているギルドメンバーを力で止めに来るとか、どんなブラックギルドだよと思うけれども。
「ちょっと、待てよ……」
しかし、そんな僕たちを止める声もあったようだった。




