第五十六話 カミングアウト
エリクサーはとても有名な回復薬だ。
へぇ……収集依頼っていうことは、もしかして『天然もの』のエリクサーなのかい?
「そうです」
痩せた風貌のリーグが頷く。
そうか。それは凄いな。
エリクサーには天然ものと人工ものの二つの種類がある。
もともと、自然にごく少数存在していたエリクサーを、もっと量を増やしたいということで人工のものを作り出したのが切っ掛けだ。
世界でも名だたる魔術師たちの研究の結果、人工のエリクサーは完成した。
ただ、やはり完全にエリクサーを複製することはできず、天然ものよりかは幾分か性能が劣るものとなってしまった。
いや、それでも十分凄い効能があるんだけれどね。
しかし、人工のものとは違って天然もののエリクサーは、それこそなんでも治癒させてしまう幻の秘薬だ。
噂では、死後間もない生物ですら蘇らせることができるとか……。
僕も人工のものなら見たことがあるが、天然ものは見たことがない。
そうか……。よく、天然もののエリクサーの情報なんて仕入れることができたね。
「『ワールド・アイ』さんに情報を教えてもらったんだ。その結果、ギルドの備品の大半を売り飛ばすことになったけどね」
ヘロロが苦笑しながらそう言う。
へぇ、ワールド・アイという名前は、ギルドに引きこもりがちの僕でも知っている名前だ。
曰く、この世界の情報を何でも知っているとか……。
その分、情報一つに対する料金は、目が飛び出るくらい高いらしいが。
天然もののエリクサーなんて、一つの国が食いつくような情報なんだから、とてつもない大金だっただろう。
それくらい、ルシカを助けたがっているということだ。
「それで、天然もののエリクサーがある場所が、俺たちじゃあかなりキツイ所なんだ」
アポロの言葉に、僕は頷く。
なるほど。やはり、幻の秘薬はそう簡単に手に入らないか。
出来ればどこにあるのかは聞いておきたいのだけれど、アポロもまだ手伝うとは決めていない僕たちにその情報を教えるほど馬鹿ではないようだ。
そりゃあ、大金を犠牲に手にした大切な情報を、簡単に他人に話したりはしないか。
「……ああ。どこかで見たと思ったら、この者たちはあの時の……」
ソルグロスが後ろでボソリと何かを呟く。
僕以外は、彼女が独り言をつぶやいたことすら気づいていないようだ。
それにしても、どうしてルシカが呪いにかかったんだろう。
あの呪いは、対象者を徐々に弱らせて死に至らしめるような、非常に悪質で強力な呪いだった。
普通の生活している限り、あんな呪いを受けることなんてないだろう。
「それが、クラゲのような魔物をルシルが倒したとき、その傷跡から黒々とした煙が出てきたんです。その煙は一直線にルシルの元に飛んで行ったのですが、それをルシカが庇って……」
リーグの説明を聞きながら、ルシルは悔しそうに歯噛みしていた。
自分のせいで妹が呪いで苦しめられているのだ。
その無力感と不甲斐無さは、僕が想像している以上だろう。
僕はリーグの説明を聞いて、大体原因が分かった。
そのクラゲは、おそらくラゲルと呼ばれる魔物だろう。
人類が9割以上を占めるこの王国の、しかも辺境よりも中央に近いこの街の近くでは、なかなかお目にかかれない魔物だ。
普通は、人の立ち寄らない場所に生息している魔物で、戦闘能力は皆無と言っていいほどない。
ただし、代わりに自分を傷つけたり殺したりした相手に、呪いをかけるのだ。
もし、傷をつけた程度ならルシカが苦しんでいるほど強烈な呪いではなかっただろうが、殺してしまったとなると話は別だ。
相手を道連れにせんとばかりに、強力な呪いがかけられる。
「くそっ!やっぱり、俺のせいで……っ!!」
「いや、ルシルが倒していなかったら、俺やヘロロが倒していたさ。ルシカも、お前が気に病むのは望んでいないだろう」
自分自身が許せないといったようすでテーブルを叩くルシル。
守るべき妹に、逆に守られてしまった彼の心境は酷いものだろう。
そんな彼を、アポロがギルドマスターらしく慰めていた。
「だから、俺たちのギルドに一時加入でいいから入って、一緒に天然のエリクサーを取りに行ってほしいんだ!お礼なら、ルシカが元気になったら何でもするから!」
ルシルがぐいぐいと身を乗り出して頼んでくる。
……うん、そうか。
僕としては、彼を助けてやりたいという気持ちがある。
ルシルはとても妹思いだし、全てを投げ打ってまで彼を助けようとするこのギルドのメンバーも好印象だ。
しかし、僕たちは彼らの願いを聞くことはできない。
何故なら、僕とソルグロスは闇ギルドのメンバーだからだ。
「……え?」
「や、闇ギルド!?」
ルシルはポカンと僕とソルグロスを見て、アポロは素早く立ち上がる。
ルシルはまだ反応できていないようだが、アポロとヘロロはすでに武装を抜いて僕たちに構えている。
武器を向けられる側だと悲しいけれど、これが普通の反応だ。
犯罪を何度も起こしているギルドですら、ほとんどがグレーで落ち着く。
それを振り切って王国から闇ギルドと認定されるということは、グレーギルドですら足元にも及ばない邪悪さと残忍さがあるということだ。
まあ、うちに関して言えばそうでもないと思うんだけれど。
「くそっ!強い強いとは思っていたが、まさか闇ギルドだったとはな!」
「そんなに怯えなくても大丈夫でござるよ。別に、拙者たちに貴殿たちをどうにかするという意思はないでござるし」
ソルグロスは呆れた様子でため息を吐く。
アポロの構える剣は、フルフルと揺れて音を立てていた。
……やっぱり、闇ギルドって怖いのかな?
僕も思わず苦笑してしまった。
「そう言われても、警戒しないわけにはいかないだろ。闇ギルド、『鉄の女王』が相手だったらなぁ!」
……うん?
『鉄の女王』?どこかな、そこは?
「いや、拙者たちはそんな雑魚ギルドではないでござるよ」
ソルグロスは知っているようで、やれやれと首を横に振っていた。
「拙者たちは『救世の軍勢』でござる。偉大にして至高のマスターをいただく、誉れ高い闇ギルドでござるよ」
「『救世の軍勢』……だと?」
アポロは困惑した様子で僕たちを見る。
あぁ……まあ、うちのギルドはあまり知名度がないよね。
王国や正規ギルドから目の仇にされているのだから、当然だけれど。
逆に、僕たちと同じ闇ギルドで知名度が高そうな『鉄の女王』というギルドが異質だろう。
「ほぉら、安心してほしいでござる。マスターのご命令がなければ、貴殿たちを殺したりなんてしないでござるから」
ソルグロスはそう言って武器を下ろすように伝えるが、逆に命令さえあれば殺すと言われたら警戒するよね。
実際、アポロもヘロロも強張った顔のまま武器を下ろそうとはしないし。
ただ、まあこういうことだから、僕とソルグロスは君たちの手伝いをできそうにもない。
ルシカは僕の魔力が身体に残っているから、しばらくは苦痛を感じないし呪いの進行も遅れるだろう。
ただし、呪いそのものがなくなったわけではないので、天然のエリクサーは頑張って取りに行った方が良い。
幸運を祈っているよ。
僕はそう告げて、ソルグロスと一緒にギルドを出ようとする。
「待ってくれ」
そんな僕たちを呼び止めたのは、彼らのギルドの中でも一番年若いルシルであった。
アポロやヘロロ、そしてリーグも驚いた様子で彼を見る。
振り返った僕が見たのは、彼が深く頭を下げていた姿だった。
「あんたたちが、闇ギルドとか関係ねえ。ルシカを助けられるんだったら、力を貸してほしい」
「おい、ルシル!お前、正気か!?いくらルシカのためとはいえ、闇ギルドに力を貸してほしいなんて言うのは……」
ルシルの言葉に、慌ててヘロロが制止する。
彼らからすると、信じられなくて当然だ。
正規ギルドが、敵であるはずの闇ギルドに助力を乞うているのだから。
他のギルドにばれたら、ただでは済まないだろう。
「お前らには悪いと思っている。だから、俺とルシカをギルドから追放してくれても構わねえ。俺は、この人に助けてもらいたい」
「ルシル……」
ルシルの強い決意に、ヘロロもごくりと喉を鳴らす。
僕も、こんな小さな子がこれほどの強い意志を示すなんて思ってもいなかった。
兄妹愛って素晴らしいね。
「……馬鹿言ってんじゃねえよ」
「あいたっ!?」
そんなルシルの頭にげんこつを振り下ろすアポロ。
ルシルは頭を押さえて、涙を浮かべて彼を見上げた。
「俺たちは同じギルドのメンバー……つまり、家族だ。家族の命を助けるためなら、危険な綱渡りくらいいくらでもしてやるさ。こいつらも、『鉄の女王』みてえな極悪ギルドってわけじゃなさそうだしな」
「ふぅ……それに、ルシルとルシカが抜けたら、このギルドは三人……つまりは、ギルド解散です。それなら、仕方ないでしょう」
「アポロ……リーグ……」
アポロは僕とソルグロスを見てニカッと笑い、リーグはやれやれとため息を吐きながらも優しげな笑みを浮かべている。
おぉ……これがギルド愛というやつか。
まあ、『救世の軍勢』もメンバーを思いやる気持ちは負けないけれどね!
「いやぁ……それは微妙だと思うでござるよ……」
ソルグロスはそう呟くが、僕はアットホームなギルドであると確信しているよ!
「すまねえ。あんな態度を取っていて今更何を言うのかと思うだろうが、俺たちを助けてくれ」
「私からもお願いします」
「頼む!ルシカを助けてくれ!」
アポロとリーグ、それにルシルが僕とソルグロスに頭を下げる。
……本当にいいのかい?
もし、僕たち闇ギルドが君たちに協力していることが他のギルドにばれたりなんてしたら、間違いなくグレーに落ちるよ?
闇ギルドほどではないけれど、グレーギルドには正規ギルドのように合法で安全な依頼は来づらい。
たった五人しかいない、非常に小さなこのギルドではグレーに落ちるとろくに食べていくこともできないだろう。
それでも、僕たちに手助けを求めるのかい?
「ああ!」
ルシルは一切の迷いなく、言葉を返してきた。
アポロとリーグも強い瞳で僕を見返してくる。
……そうか。なら、是非とも手助けさせてもらうよ。
「ほ、本当か!?」
ルシルは手放しで大喜びする。
ソルグロスには一時的に彼らのギルドに入ってもらうことになるけれど、我慢してもらえるかい?
「主様が望むことなら、なんでもするでござる」
な、何でもはどうかと思うけれど、してくれるのはとてもありがたい。
これがララディやヴァンピールなら絶対に拒絶されていただろうからね。
彼女たちの、『救世の軍勢』以外に向ける敵対心の強さは驚くべきものがある。
ソルグロスのように、目的のためなら苦渋を舐めることもいとわない性格の子は少ないのだ。
……大げさだけれど、これ、ちょっとだけ他のギルドに入ってもらうだけなんだけれどなぁ。
とにかく、僕とソルグロスは彼らに協力して天然エリクサーを求めることになったのであった。




