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第五十四話 呪われた少女

 









 四人に連れられて、僕とソルグロスは近くの街に入った。

 そこは、ソルグロスが仮入団しているギルドも入っている街だった。


 まあ、そういった偶然もあるだろう。

 普通のギルドは絶対に安全な街の中につくられるもので、僕たちのギルド本部のように、魔物や山賊の危険が多い街の外に作られている方が珍しいのだ。


 街の外に作られているギルドは、大概が闇ギルドであったり闇ギルドすれすれのグレーギルドだったりする。

 街の中に作ったら、王国騎士が飛んできそうな闇を抱えたギルドだ。


 そのことから考えると、ルシルたちのギルドは犯罪性の高いギルドではないということが分かる。

 もちろん、完全に気を許すわけではないが、最悪の事態は免れそうでほっと安心する。


 その最悪の事態とは、僕がこの四人を殺さなければならないことだ。

 闇ギルドのマスターとはいえ、人殺しが好きというわけではないからね。


「ちょっと、俺たちのギルドは郊外にあるんだ。街の中心部にギルドを置けるほど、金がなかったから」


 ルシルがそんな事情を説明してくれる。

 ああ、大丈夫だよ。


 僕も普段はギルド本部に引きこもっているとはいえ歩いているだけでばててしまうということはないし、ソルグロスも身体能力が高い子だ。

 これがララディだったら僕が背負わなければいけなかったかもしれないけれど、彼女は呼吸も歩みも一切乱すことなく、僕の後ろにぺったりと張り付いてた。

 ……うん、別に横に来てならんで歩いてくれてもいいんだよ?


「いえ。拙者はここがいいので」


 そ、そう。

 あまりにも明確に、即効で拒否されたので、あっさりと引き下がってしまう。

 せ、背中にソルグロスの視線がちくちくと刺さって痛い……。


「着いたぜ!ここが、俺たちのギルドだ!」


 あ、着いたんだ。

 僕はルシルの言葉につられて顔を上げ、ソルグロスのじっとりと視線から解放されることに清々しい解放感を覚えていたのだが、目に入ってきた彼らのギルドを見てまた固まる。


 もちろん、笑顔は崩していないけれども。

 何だかぁ……そのぉ……。


「ボロいでござるな」

「何だと、テメェっ!!」


 うわぁっ!ソルグロスがハッキリと言ってしまったぁっ!

 ルシルは小さな身体で怒りを表し、ズカズカと彼女に迫っていく。

 止めて!ルシルが死んじゃう!


「まあまあ、ルシル。事実なんだから仕方ないよ」

「離せ、ヘロロ!」


 しかし、ソルグロスが苦無を抜く前に、穏やかそうな青年がルシルを止めてくれる。

 良かった。子供の死体が出来上がることはなかったんだね……。

 僕は青年――――ヘロロにナイスと心の中で称賛した。


「まあ、確かにボロっちいけど、崩れることはないから安心してくれ」


 苦笑しながら僕とソルグロスに話しかける壮年の男。

 ええと……確か彼はアポロといったかな?

 僕はソルグロスの頭にチョップをして、古さは気にしないと彼に告げる。


「あぅ……。酷いでござる……」


 ソルグロスは頭を押さえながら、恨めしそうに見てくる。

 いや、君の方が酷いから。


「何をしているんですか?早く入りましょう」


 僕たちの会話を見て苦笑しながら先に進むように提案してくるのは、眼鏡をかけたやせ形の男。

 彼は……リーグだったかな?


 彼の首に垂れさがるネックレスが、彼が天使教の信者であることを教えてくれる。

 ……リーグにはあまりかかわらないでおこう。


 この世界の信者は、何故か狂信といった域での信仰に達している者が多い。

 以前のメアリーのように、もし僕たちのことが新興宗教を容認している闇ギルドのメンバーだとばれたら、また豹変して襲い掛かってくるに違いない。

 悪い人ではなさそうだし、触らぬ神には祟りなしだ。


「さあ、入ってくれ」


 ふと気づくと、僕とソルグロス以外の人は皆ギルドの中に入っていた。

 アポロが扉を開けたまま、僕たちを待っている。


 さあて……この後の展開はどうなるのやら……。

 彼らのギルドで待ち構えていた他のメンバーたちが、一斉に僕たちに襲い掛かってくるということもあり得る。

 その時は、ソルグロスだけは何としても逃がさないといけない。


「大丈夫でござる。拙者が、主様のことは必ず守り通してみせるでござる」


 ソルグロスは嬉しいことにそんなことを言ってくれる。

 いや、むしろ逆だ。僕が君のことを守るよ。


「はぅっ!」


 僕はソルグロスに微笑みかけてから、彼らのギルドに入ったのであった。












 ◆



 彼らのギルドは非常にこじんまりとしたもので、『救世の軍勢(イェルクチラ)』の本部とは比べ物にならないほど小さくて古かった。

 一軒家の少し大きいくらいの広さで、とてもじゃないが大所帯のギルドが使っている本部とは思えない。


 さて、ギルド本部の評価はそれくらいにして、どれくらいのギルドメンバーがいるのかを探らなければならない。

 僕は抜け目なく目だけを動かして辺りを窺うが……。


「少ないでござるな」


 ソルグロスが後ろからこそっと話しかけてくる。

 うん、彼女の言う通りだ。


 このギルド、冒険者が驚くほど少ないのだ。

 というか、僕たちと出会った四人以外に気配があるのは一人だけだ。


「構成員がいなくておかしいだろ?」


 アポロは僕たちの反応を見ずに、苦笑しながらそう言った。

 まあ、僕はいつもニコニコ笑顔だし、ソルグロスも目だけしか露出していないから表情なんて読もうと思っても読めやしない。


 彼も不思議に思われるのは分かっていたのだろう。

 何故なら、ギルドは最低でも5人以上構成員がいないと、ギルドとして認められないのだ。


 うちも闇ギルドで数はかなり少ない方だが、それでも僕を含めて10人いる。

 それが、アポロたちのギルドはギリギリの5人。超零細ギルドだ。


「本当はもう一人いるんだ。そいつを合わせて5人なんだが……」

「大丈夫でござる。それは分かっているので」


 僕たちは4人しか見ていないから、ギルドとして成り立っていないのではと思われてはたまらないとアポロは弁明を始めるが、ソルグロスがそれを断ち切ってしまう。

 まあ、気配で分かっているから余計な説明はいらないよね。


「それよりも、ここまでついてきてやったのだから、さっさと話してほしいでござる」

「……ああ。その前に、最後のメンバーを見てほしいんだ」


 ソルグロスが少々図々しく思えるほどグイグイと迫っていくと、ルシルが決意した表情でそう提案してきた。

 最後のメンバー……ということは、あの扉の先にある気配の持ち主かな?


 でも、少しその気配には違和感を覚えていた。

 これは、あまりにも……。


「おい、いいのか?」

「ああ。助けてもらうのに、隠し事なんてできねえだろ?それに、あいつを見せないと話ができねえしな」


 ヘロロがルシルの肩を掴み、確かめるように問いかける。

 その表情には心配という感情しか浮かんでおらず、彼が優しい男だということが分かる。

 そんな彼にコクリと強い表情で頷くルシル。


「こっちに付いてきてくれ」


 ルシルが僕とソルグロスを誘導したのは、やはりあの気配がする扉。

 僕が感じた違和からすると、おそらく危険はないだろう。

 そのように判断してルシルの後に付いていく。


「驚くだろうけど、できればそれを表には出さないでほしい。お願いできるか?」


 真剣な目で僕を覗き込むルシル。

 ……なるほど。あの気配から察すると、この扉の先にいるのは……。


 僕はコクリと頷いた。

 もしかしたら、僕も何かしら手助けをできるかもしれない。


 ソルグロスも「主様にお願い事が多すぎるでござる……」とブツブツと言っていたが、彼女も頷いてルシルに肯定の意思を示した。

 僕たちの反応を見てルシルは一瞬嬉しそうに微笑むと、また表情を引き締めなおした。


「……じゃあ、中に入ってくれ」


 彼はそう言って、ギイッと扉を開けた。

 中は、古い彼らのギルド本部とは思えないほど、清潔に整えられていた。


 しかし、やはりギルド自体が貧しいようで、家具などは非常に少なく殺風景なものだった。

 簡素なベッドと、その近くに小さな棚が置かれてあるくらいである。


 そのベッドの上には、一人の少女が仰向けで寝ていた。

 彼女の容姿はルシルと非常によく似ており、その長い髪が短ければルシルにそっくりだった。


 おそらく、彼と彼女は兄妹だろう。

 それだけだったら、別に何の変哲もない光景である。


「うぅ……」


 異常な点は、その少女が苦しそうにうめき声をあげ、脂汗を顔中に浮かばせながら眠っていること。

 そして、彼女の左の顔には、おぞましさを感じさせる歪な文様が浮かび上がっていることだった。


「主様、この者……」


 ソルグロスも気づいたようで、僕に小さく耳打ちしてくる。

 うん、そうだね。


 ―――――この子は、呪いをかけられている。





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