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第五十二話 他の冒険者パーティー

 









「くっ……リミル殿……!拙者を惑わし、その隙に見事逃げおおせるとは……。流石は、ギルド本部に何度も不法侵入してきている猛者でござるな……!」


 ソルグロスは立派な木の枝に乗り、マスターを誘う前のことを思い出して悔しそうに歯噛みしていた。

 世界でもトップクラスの実力を誇るメンバーがそろっている『救世の軍勢(イェルクチラ)』のギルド本部に侵入できる者など、リミル以外に存在しないだろう。


 それも、複数回ともなればまさに神業である。

 もちろん、ギルド側もやられてばかりではなく、見つけ次第殺せというサーチ&デストロイ作戦を立てているのだが、うまい具合にいつも逃げられてしまうのである。


 今回に限ればソルグロスの自爆のように考えられるが、自分のことはすでにすっかりと棚に上げている。

 そして、リミルのことを考えていた思考はすぐに放棄される。


「はぁぁ……マスター……!」


 ソルグロスが目をドロドロに蕩けさせて見る視線の先には、愛おしくてたまらない『救世の軍勢(イェルクチラ)』のマスターがいた。

 彼は背中をこちらに向けて、リザードマンと凛々しく戦っている。

 その逞しい背中に、ソルグロスの女が強く刺激される。


「マスターの戦い方、とっても素晴らしいでござる。全ての敵を一撃で屠るその技量、拙者も感服でござる……!」


 暴力的な魔力を込めた弾を次々と撃ち、リザードマンを屠っていくマスターに男らしさを感じるソルグロス。

 力を振るうだけだったら、男らしい男としてソルグロスはここまで乱れることはなかったかもしれない。


 しかし、マスターの表情は戦闘中にも関わらず穏やかな笑顔を浮かべていた。

 その余裕に、またソルグロスはキュンと胸と下腹部がうずくのであった。


「あぁ……あの笑顔もたまらないでござる……!正面から見てみたい気もかなり強いでござるが……っ!!」


 だが、ソルグロスは動こうとはせず、マスターの背後を維持し続けていた。

 彼女の身体能力なら、木々の間を飛び移ることは何ら難しいことでもないし、望むのであればすぐにでもマスターの顔を正面から拝むことができるだろう。

 それをしないのは、生物の弱点である真後ろを守るため……ということも勿論あったが、一番はソルグロスの性癖であった。


「はぁぁ……マスター。陰からずっと……ずぅっと見守りしているでござるぅ……!」


 ソルグロスは、マスターを陰からじっと観察することが大好きな、ストーカー気質の女だった。

 マスターと直接正面に向かい合って話をするのも、非常に心が満たされて気持ちがよくなる。


 しかし、それ以上に自分の存在に気づいていないマスターを、後ろからじーっと見続けることがもっと彼女を興奮させた。

 最早、生粋にして完全のストーカーと成り果てているのがソルグロスであった。


 いつでも、どこでもマスターを見守っている。

 彼女も他のメンバーと一緒で『監視対象』があるので、四六時中マスターを見ていることはできない。

 だが、それでもソルグロスは『とある方法』を開発して、マスターの観察に成功していた。


「ふふっ。後ろから見ているのが一番好きでござるが、やはり色々な角度からマスターを見るのもいいでござるなぁ」


 ソルグロスは片目に手を当てて、不気味に微笑む。

 よく見ると、彼女の右の手首から先がすっかりとなくなっていた。


 リザードマンと近接格闘をしていないソルグロスは、もちろん彼らに斬りおとされたというわけではない。

 自分から、切り離したのである。


 ソルグロスがどうしてもマスターを一日中観察しておきたいということから編み出された『とある方法』とは、分裂である。

 自身の身体の一部分を斬り離し、そこから得られる情報を本体であるソルグロスに送らせるのである。


「右から見るマスターもなかなか……。おぉっ!今は左からの方がいいでござるな!!」


 今も、ソルグロスはマスターの四方に右手を分裂させたものを配置して、マスターをありとあらゆる角度から観察していた。

 頬を紅く染まらせ、うへへへっとよだれを垂らしていそうな笑みを浮かべる。

 幸い、布で隠されているから、まだ分かりづらかった。


「おっと。その方向から行かれてはマスターも少々お困りになるでござるなぁ」


 しかし、ソルグロスはただマスター呆けしているというわけではなかった。

 過剰な量の集まってきたリザードマンや、マスターが対処しづらそうな方向から襲い掛かろうとしているリザードマンは全て見逃さずに察知して、未然に処理する。


 今も、背後からマスターに忍び寄ろうとしていたリザードマンに苦無を投げて仕留める。

 まず、両目に苦無を突き刺して、視力を失って声を上げる喉にとどめの苦無である。

 少々やり過ぎな気もするが、マスターを狙ったのだから仕方がない。


「っ!?」


 一仕事を終えてふーっとため息を吐くソルグロスを、マスターが魔力弾を撃ちながら横目で見る。

 穏やかな弧を描いている口元が、ありがとうと形を変える。


「……ふう」


 ソルグロスは身体をしばし硬直させた後、息を吐き出した。

 やけに穏やかな声だった。


「おぉ、マスター、またリザードマンを全滅させたでござるな。流石でござる」


 酷くスッキリとしたソルグロスは、冷静にマスターを見ることができた。

 彼の周りにはリザードマンの死体は、全身が綺麗に残っているのはそれほど多くない。


 マスターの魔力弾に当たったものは、大概がその部分を消滅させているからである。

 ゆえに、リザードマンだと死体を見ただけで分かるのは、やたらと苦無が突き刺さっている個体だけだった。


「これで、討伐数は稼げたでござるな。……残りの時間は、マスターとどう過ごせばよいか……」


 今回の討伐依頼を受けたのは、第一にマスターがギルド本部に閉じこもっていて気を滅入らせていたため、それを発散してもらうため。

 そして、第二にソルグロスがマスターの戦う姿を背後から観察したかったからである。


 この二つは、もう十分に満たされただろう。

 残りの時間は、マスターとのんびりと街を見まわるのも良し、何とかしてマスターを誘惑して宿屋に連れ込むのも良し。


 おそらく、何人かのメンバーは何らかの手段を用いて自分たちを監視しているだろうが、『救世の軍勢(イェルクチラ)』で最も隠密の分野に特化しているのはソルグロスである。

 撒くことなんてたやすいことだ。


「うへへへへ……。マスター……」


 何とも危ない笑みを浮かべるソルグロス。

 頭の中はピンク色の妄想でいっぱいだった。

 そのせいで、ソルグロスは自分とマスター以外の気配が近くにいたことに気づくのが遅れてしまった。


「し、しまったでござる……っ!!」


 気配の数は四。どれもこれも取るに足らない力しか感じず、彼女の戦闘力からすると非常に格下の四人組だった。

 そのことにほっと安堵する。


 もし、敵対の意思を見せてきたとしても、この四人ならマスターに一切の危害を加えさせる前に処分することができそうだ。

 マスターも近づいてくる者の気配に気づいたようで、その方向を見る。


「うわっとぉ!」


 茂みをガサガサとかき分けてやって来たのは、ソルグロスが察知したように四人組の男たちだった。

 全員武器や防具を身に着けており、どこかのギルドに所属している冒険者だと判断できる。

 その四人の中で先頭に立っていたのは、赤い髪を持つ少年だった。


「あんた……っ!」


 彼はそんなことを言って、ズカズカとマスターに近づいていく。

 どこか鬼気迫る表情をしていて、マスターも困惑気味な笑みを浮かべている。


 ―――――それは、ダメだろう。


「ちょっと、待つでござる」


 ソルグロスは潜伏していたマスターの背後の木から飛び降り、一瞬で少年の背後につく。

 そして、苦無を首元にくっつけて、これ以上勝手に動くと首を掻き切ると意思表示する。


「うわっ!?」

「ルシル!!」


 少年―――ルシルは、突然背後から苦無を首元に突き付けられて、驚きと恐怖が入り混じった悲鳴を上げる。

 彼と一緒に行動していた青年が、どうしようもなく彼の名前を呼ぶ。


 今すぐにでも助けに行きたいのはやまやまなのだが、あんなにソルグロスが密着していたら助けられるはずもない。

 一歩踏み出した時点で、ソルグロスはルシルの首を切り裂くだろう。


「少年も貴殿たちも、勝手に動かないよう警告するでござる」

「いっ……!?」


 ソルグロスはほんの少し手に力を入れると、鋭く砥がれた苦無は小さく少年の首に傷をつけた。

 すっと赤い線が入り、小さく血液が浮かび上がる。


「ち、違うんだ!俺たちはあんたたちに危害を加えようとしているんじゃない!」

「いやいや。あんな顔で主殿に迫ってそんなことを言われても信じられないでござる」


 四人組の中で一番歳を取っていそうな男が、切羽詰った表情で誤解を解こうとする。

 だが、もとよりマスター以外の言葉に聞く耳持たないソルグロスには届かない。

 彼女の中では、すでにこの四人組の処理は確定事項だった。


「待って!本当に違うんだ!」


 今度はルシルが声を上げる。

 もちろん、いくら距離が近いからといってもソルグロスの耳には届かない。

 さて、とりあえずこの子の首を掻き切ろうと彼女が力を入れようとした時。


「む、了解でござる」


 マスターがソルグロスを制止した。

 男やルシルの大声にはまったく耳を貸さなかった彼女だが、マスターの指示にはすぐに従って苦無を外す。

 そして、また一瞬でマスターの後ろに移動する。


「は、速い……」


 四人組の中で今まで話していなかった線の細い青年が、目を大きくさせる。

 ルシルも目を白黒とさせていたが、ようやく死の恐怖から解放されて大きく息を吐く。


「あ、おう!」


 それで、どうして近づいてきたのかとマスターが優しく話しかける。

 その寛大さに、ソルグロスの忠誠心がぐんとアップする。


 そもそも、よっぽどのことがない限り街の外で冒険者同士はなるべく近寄らないようにするが常識である。

 街の外にいるということは何らかの依頼を受けているのであり、近づいていくと邪魔をしてしまうことにもつながるからである。


 だから、どうしても助けが必要な時以外は離れて行動する。

 もしくは、街の外に出ている冒険者を襲って金品を強奪するようなグレーギルドか……。


 その時は、一分もしないうちの四人組を皆殺しにするつもりのソルグロスであった。

 ……が、彼女の意気込みはいきなり挫かれることになるのであった。


「頼む!俺たちを助けてくれ!」


 ルシルがガバッと頭を下げて、そう乞うてきたのであった。





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