第五十一話 お出かけの裏側
ソルグロスにとって、マスターと二人きりのお出かけにたどり着くまでの道のりは、決して簡単なものではなかった。
マスター至上主義を掲げ、隙あらばマスターにすり寄ろうとする『救世の軍勢』のメンバーが、そう簡単に自分以外のメンバーがマスターとイチャイチャすることを許すはずもない。
考えられるありとあらゆる妨害工作を画策し、実行するだろう。
ソルグロスは自分だったら確実にしていることなので、他のメンバーのこともよく分かっていた。
だから、マスターと二人きりで外出なんて、今まで不可能だったのである。
だが、その『救世の軍勢』の中だけで通じる常識は、ある時あっさりと打ち砕かれた。
それを成したのは、未だに上手く歩くことができないと嘘をつき、マスターにべたべたと引っ付いて不愉快極まりないロリアルラウネ、ララディである。
彼女は、最初に仕事を終わらせ、たまたまギルド本部にメンバーがいないという偶然……というか奇跡が重なったこともあり、なんとマスターと二人きりで外出をしやがったのだ。
とはいえ、すぐに勇者パーティーが乱入したので、純粋に二人きりだったというわけではなかったが。
それでいい。もし、本当の意味で二人きりになり、ララディが暴走でもしてマスターに色々な意味で襲い掛かっていたら……。
「(暗殺でござる)」
ソルグロスは目を怪しく光らせながら、心の中で呟いた。
ララディはギルドの仲間なのに、その意思は本気だった。
『救世の軍勢』に仲間意識などあってないようなものだから、この考えもある意味当然かもしれない。
実は、ララディが拉致監禁という斜め上の考えを持っていたとは、流石のソルグロスも知らなかった。
ララディのマスター連れ去り事件は彼女に猛烈な腹立たしさと忌々しさを与えたが、悪いことばかりではなかった。
あれによって、マスターを外に連れ出すという前例ができたのだ。
つまり、不可能であったマスターとイチャイチャデートが、ソルグロスにも実行可能だということになったのだった。
「そんなの、認められるわけねーじゃないですか!!」
そのことを伝えると、目の前の少女――――ララディは緑色のふわふわとした髪を振り乱しながら拒絶してきた。
その誰もが愛らしいと思える顔を憤怒に歪め、ソルグロスを殺気と共に睨みつけてきた。
頬に描かれている大きな闇ギルドの紋章が特徴的な、『救世の軍勢』に所属するギルドメンバーだ。
大体、他のメンバーとも仲は悪いが、とくにララディとは合わないのがソルグロスであった。
「いやいや、ララディ殿もマスターを連れ去ったではござらんか」
「あれは!ララが誰よりも早く、スマートにお仕事を終えたからじゃねーですか。ララの功績の正当な対価です」
ふふんと、ない胸に手を当てて自慢げに笑うララディ。
貧乳にコンプレックスを持っているくせに、どうして胸に目がいくようなことをするのだろうかと、普乳のソルグロスは首を傾げる。
「正当な対価なら、ソルグロスも受ける資格がある」
「なっ……!?」
二人の会話に割り込んでくる少女を見て、ララディは信じられないと目を見開く。
黒い髪を短く切りそろえた、騎士風の装備を身に着けた少女――――リッターが、無表情で話に入ってきたのだ。
「ば、馬鹿な……!マスターに発情した雌猫のように、常時引っ付きたがるリッターがソルグロスを援護するなんて……っ!?」
くわっと目を見開くララディ。
いや、お前も似たようなものだろとソルグロスは心の中で突っ込んでおいた。
しかし、ソルグロスからしてもリッターが援護してくれることは意外だった。
「どうしたでござるか、リッター殿。あまりにも想像できないので、少々気持ちが悪いですな」
「勇者パーティーだけじゃなく、グレーギルドも王国騎士も一度に集められたのはソルグロスの力が大きい。私はそれを認めているだけ」
「ほほう……。まあ、ありがたいでござるが」
リッターはマスターの前以外ではほとんど表情を変えないため、ソルグロスでもその意図を読み取ることはできなかった。
まあ、今はその好意を受けておいた方がいいだろう。
「うぐぐぐぐ……っ!で、でも、他のメンバーがそう簡単に認めるとは限らねーです!」
意地の悪いララディの言葉に、ソルグロスはとどめの一言をくれてやる。
確かに、感情が豊かなヴァンピールやクーリン。そして、不機嫌になるとむっつりと黙り込むシュヴァルトからは散々文句を言われた。
しかし……。
「アナト殿からもすでに許可は得ているでござる」
「なにぃっ!?……です」
(一応)メンバーのまとめ役となっているアナトからの許可を得たという事実に、ララディは今度こそ打ちのめされる。
アナトに唯々諾々と従うつもりは毛頭ないが、彼女の決定は色々な思惑はあれど過半数のメンバーが同意したものである。
つまり、ソルグロスがマスターと二人きりで過ごすことも、多くのメンバーが認めたということになる。
「ば、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたですが、ここにいる奴らはマスターとララ以外、救いようのないほどの馬鹿だったようです……。あぁ、マスター。ララが……ララが馬鹿どもから必ずお助けするです……」
「本当に、ララディ殿は酷いでござるなぁ……」
がっくりと膝をつき、細い指を絡み合わせながら天を仰ぎ見るララディ。
天井には、マスターの引きつった笑みが浮かんでいた。
「おっと。リッター殿、庇ってくれて助かったでござる。あのままだったら、ララディ殿は絶対に納得してくれていなかったでござる」
ふらふらーっと、ララディとソルグロスに対する興味をなくしたように出て行こうとするリッターに、ソルグロスは礼を言う。
建前だ。心の底から感謝なんてしているわけがない。
「……いい。私の時は、よろしく」
「…………」
ほら見たことか……とソルグロスは布に隠された口元を苦々しげに歪める。
リッターが……というより『救世の軍勢』の面々が善意で仲間を助けるなんてことはありえない。
何かしら、自身の利益にならなければ絶対に手を出さないだろう。
それこそ、いざこざの末にどちらかのメンバーが死んだとしても。
リッターの場合は、ソルグロスと似たような状況になった時、彼女の側に立てと要求してきているのである。
「……了解でござる」
ソルグロスは一応コクリと頷いておいた。
確かに、今はリッターの援護があって助かった。
別に、リッターの時に必ずしも自分が彼女を助けるつもりはなかった。
「さて、拙者もそろそろ行くでござるか」
リッターが出て行った後、ソルグロスもマスターの所に向かうことにした。
膝をついてブツブツと言っているララディをその場に置き、彼女もこの場を去ったのであった。
◆
ソルグロスは普段からは考えられないほど上機嫌であった。
これほど機嫌がいいのは、一日中マスターを陰から見守っていたとき並である。
それもそのはず、これからマスターと二人きりで外出ができるのだ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら上機嫌に廊下を歩いていると……。
「……ちっ」
激しく不快な気配を察知した。
それは、そりがまったく合わないララディよりも腹立たしい気配であった。
ソルグロスは衝動的に、その気配がした方向に苦無を投げつける。
「わっ!びっくりするなぁ、もう……」
期待した肉を裂く音は聞こえず、耳にずっと残るような清涼感のある声が戻ってきた。
聞くだけで幸せになれるような魅力的な声だったが、それはソルグロスに一切通用しない。
「……『救世の軍勢』でもない者が、ギルド本部に紛れ込んでいたら攻撃は当然でござるよ」
「僕だって分かっていたくせにー」
「うぅ……尚更でござる」
このこのーっと気安く近寄ってきて、肘でぐいぐいと身体を押してくるリミルのペースに飲み込まれてしまう。
このパーソナルスペース何それおいしいのという接し方もあるが、やはりその信じられないほど整った容姿も大きな要因の一つであろう。
清純さを表すような、長くて綺麗な黒い髪。
サラサラと彼女が動くたびに揺れるそれは、同性でさえも魅了するようなものだった。ソルグロスは引きちぎりたいと思っていたが。
目はクリクリと大きく、表情もコロコロと変わって非常に愛らしい。
ララディも(マスターの前では)表情を可愛らしく変えるが、リミルは彼女にはない大人っぽさも入っていた。
そして、目を引き付けられるのはララディやクランクハイトが見れば発狂しかねない……というかリミルを見るたびにもぎ取りにかかる豊満な乳房である。
大して乳房の大きさにこだわりを持たないソルグロスでさえも、少し嫉妬に駆られてしまうほどの見事な胸。
それは、『救世の軍勢』屈指の大きさを誇るクーリンをも凌駕していた。
それで、不自然ではなくスタイルが整っているのも腹立たしい。
「ん?どうしたの?もしかして、マスターの他に僕にも興味を持ってくれたり?」
「拙者の頭はマスターでいっぱいでござる」
「ですよねー」
知ってたと言いながら、ケラケラと笑うリミル。
「で?どうしてリミル殿がここにいるでござるか?ギルドメンバー以外は入ってはいけないでござるよ。次見つけたら殺すって言っておいたでござるよね?」
「えへへ。また、マスターの所に遊びに来たんだよ。やっぱり、マスターって凄いよねぇ。面白くて暖かいし」
「ふふん!そうでござろう、そうでござろう!マスターは偉大でござる」
殺すと宣言していたが、リミルがマスターを褒め称えたので一気に機嫌がよくなるソルグロス。
両手いっぱいに持っていた苦無をどこかに収納し、陶酔しきった目でいかにマスターが素晴らしいかを語りだす。
「じゃあ、またマスターの所に遊びに来るねー」
「――――――というところもまた素晴らしいものでござって!でも、やはり拙者が一番おすすめするのはマスターの逞しい後ろ姿でござる。背中を陰から見ているだけで、圧倒的な安心感が与えられ、何からでも守ってくれそうな――――――」
リミルはヘラっと笑って一瞬で姿を消した。
ソルグロス以外のメンバーも、そろそろ彼女の気配に気づきかねないからである。
ソルグロスは誰も聞く者がいないマスター自慢を、数時間続けるのであった。




