第四十九話 次の獲物は
「さぁて、ララディの弾劾裁判を始めるわぁ」
「……なんですか、これ」
『救世の軍勢』のギルド本部。
いつも、定例会議が開かれている食堂の模様替えが行われ、さながら裁判所のような作りへと変わっていた。
被告人席には当然、ララディが縛り付けられていた。
一際高い場所に席を置く裁判長の座る場所には、マスター教シスターであるアナトがニコニコ笑顔で座っていた。
「シュヴァルト、罪状を教えてあげてぇ」
「はい。ララディさんは自分が楽な仕事をさっさと終えたことをいいことに、絶対防衛対象であるマスターを勝手に外に連れ出した挙句、一日以上連れまわしました。裁判長、死刑を」
「おい、お前の願望が入っているですよ」
アナトに言われて、メイド服を着た褐色の少女が淡々と読み上げる。
ナチュラルに極刑を求めるシュヴァルトに、ララディのツッコミが入る。
「異議なし」
「お前の意見は聞いてねえですよ、リッター」
「異議なしですわ!」
「うるせー」
少々露出が多い騎士の衣服を着た黒髪の少女、リッターが無表情のまま賛同を示す。
無表情とはいえ、ララディを見る目には苛立たしさと羨望が混じっていた。
それに続いて、真紅のドレスを着たヴァンピールが元気に声を上げる。
どちらも、ララディが鬱陶しそうに反応した。
いつまで、この茶番を続けるのだろうか?
そろそろ面倒になってきたし、巨大な植物でも召喚しようか。
「はぁ……もういいだろ?」
そんな危険な考えをしていたララディを止めるように、凛々しい声が上がる。
頭が痛そうに手を置いて彼女に近づいてくるのは、立派な角が二本生えたリースだった。
「そもそも、最初に仕事を終えた奴がマスターと一緒に過ごせるって決めたのは私たちじゃないか」
リースはそう言いながら、ララディを縛り付けていた縄を手で軽く引きちぎった。
「(……腕力だけでどうにかなるほど緩く縛られていたわけじゃねーんですけど)」
ララディは助けてもらいながらも、リースの腕力に軽く引いていた。
まあ、彼女は抜け出そうと思えばいつでも自力で抜け出せていたのだが。
「それに、結果的にララディはマスターへのプレゼントの障害となりそうだった勇者パーティーを壊滅させたじゃないか。それで、チャラだろ」
リースが周りを見渡して言うと、誰も言い返すことができなかった。
確かに、ララディはマスターとの二人きりデートという許しがたい大罪を犯したが、『救世の軍勢』の監視対象の一つであった『勇者』を処理した。
ただ、マスターにかまけていただけだったら徹底的に攻撃を仕掛けることができていたのだが、やることはやっているのできつく言うこともできなかった。
そんな反応を見て、ララディはふふんと自慢げにない胸を張る。
「っていうか、あんたじゃなくてマスターの力のおかげでしょ。あんた、最後はオーガなんて雑魚い魔物に追い詰められていたじゃない」
それに対抗するように、豊かな赤い髪と乳房を持つクーリンが胸を張る。
ばるんと信じられない擬音を立てる胸を、殺人鬼の目で睨みつけるララディ。
さらに、ぷふーっとムカつく笑い方をしているクーリンに腹が立つ。
「ふっざけんじゃねーです!あのオーガ、お前が細工したです!」
「あら、そんなことしていないわよ。証拠でもあるの?」
「そんなこと言っているやつは、大体やっているですよぉぉぉぉっ!!」
ふっと挑発的に笑うクーリンに、ララディの怒りが限界突破。
両者から凄まじい魔力と殺気が溢れ出し、一触即発の事態である。
他のメンバーは、よくある事態で慣れているため、マスターにばれないように軽く殺気を放って相殺していた。
「ほらほらぁ、こんなところでやり合ったらぁ、マスターにご迷惑がかかるでしょぉ?他所でやりなさぁい」
アナトがペチペチと手を叩いて言うと、二人は盛大に舌打ちをかましながら座る。
もちろん、ララディとクーリンはアナトの指示に従ったわけではなく、マスターに迷惑がかかるという言葉で鎮静化した。
アナトも、別の場所で二人が戦ってどちらかが死ねばいいのに……などとシスターにあるまじきことは考えていない。大丈夫だ。
「で、でででも、こここれでプレゼント大作戦の壁が一つ減ったわ」
「ふふん、そうです。ララのおかげで、マスターにプレゼントする計画が一歩前に進んだですよ。感謝しろです」
「ひ、ひひひ一言多いわね……」
灰色の髪をクルクルとロールさせているクランクハイトは、淡々と事実を告げる。
気持ちが完全にオフなので、口調もそのままだ。
思わぬところから援護を受けたララディは、ひどく上機嫌になる。
「それにぃ……。ララは『勇者担当』でしたが、もうお役目ごめんです。お前たちがあくせく外を駆け回っている間、ララはマスターとしっぽりいかせてもらうです」
「はぁぁぁぁぁぁっ!?」
艶っぽくため息を吐くララディであったが、そんな色気に誤魔化される者はこの場にいない。
ヴァンピールは絶叫して真っ赤な目を見開く。
「ずるい」
「おい、ララディ。それは……」
リッターは静かに憤り、先ほどララディを庇ったリースも納得いかないようなシブい顔を見せる。
明らかに彼女に対して反対の意思を持っていた。
他の面々から濃厚な殺気が飛んできても、ひょうひょうとそれを相殺するララディ。
「アナトさん」
「ええ……残念ながらぁ、それは認められないわぁ」
シュヴァルトが冷徹な目でアナトを見ると、アナトはコクリと頷いてララディに宣告する。
反対されることが目に見えていた彼女は、そう言われても動揺を見せない。
「どうしてですか?これ以上、ララに何かをやらせるですか?ということは、プレゼントするときのMVPはララになってしまうですね。お前たちはおこぼれでも預かっているがいいです」
「はぁっ!?ふざけんじゃないわよ!いいわよ!どうせ、あんたみたいなロリ体型なんて、マスターに相手されないんだから!」
「この牛乳、言ってはならないことを……っ!!」
とにかく煽りまくるララディ。
実際、いくつもある監視対象を文字通り無力化させたのは、今のところ彼女だけだからである。
それは、今まで情報を集めるためやこちら側の情報を遮断するために、ララディのように監視対象と明確に対立することができなかったことが大きな理由である。
気の短いクーリンがそれに噛みついたため、激しいにらみ合いがまた勃発する。
「もしぃ、ララディが単独で監視対象である勇者を倒していたらお役御免だったけどぉ、共同で倒したとなるとまだ働いてもらわないと困るわぁ」
「……?だから、マスターは」
「違うわぁ。あなたと共同で勇者を倒したのはぁ―――――」
アナトがまた屁理屈を言っていると思い込み、いい加減にしろと呆れた表情を浮かべるララディ。
しかし、それに首を振って彼女はある場所に目を向ける。
「―――――拙者でござる、ララディ殿」
そこには、姿勢よく椅子に座り、ぴんと腕を伸ばす忍者姿の少女、ソルグロスがいた。
「なっ……!?で、でも、このストーカーはあの場にいなかったはずですよ!?」
「ストーカーとは、酷い言いぐさでござるな」
「(い、いいいや……そそそれは否定できないかも……)」
ララディは信じられないと声を荒げる。
ソルグロスは彼女の悪意が込められまくった愛称にやれやれと首を振るが、クランクハイトは心の中でそんなことを考えていた。
「ソルグロスさんはグレーギルドに潜伏し、ララディさんの情報を王国騎士やグレーギルドに渡していたんですよ。だから、あのようにクズを一気に集めることができ、処理することができたんです」
「ナチュラルにギルドメンバーの情報を売っているんじゃねえですよ、ストーカー」
シュヴァルトの淡々とした説明を聞いて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるララディ。
相変わらず、マスター以外の前では表情が変わらないなとララディはシュヴァルトを見て思ったが、感情を露わにされても鬱陶しいだけなのですぐにその思考は忘却した。
「いやー、ララディ殿が死んでいてくれたらもっといい結末だったでござるのになぁ」
「マスターと添い遂げるまではぜえったいに死なねーです」
ははっと笑いながら腹黒を全開にしているソルグロス。
まあ、他のメンバーも似たようなことを考えているため、お互い様である。
「そういうことでぇ、ララディには他の仕事を色々としてもらうわぁ。あなたのアルラウネとしての力は、便利だからぁ」
「……仕方ねえですね」
アナトの最終確認に、ララディは渋々頷く。
この場では従っていた方がいいだろう。
また、自分以外のメンバーが似たような状況になったとき、この時のことを持ち出すことができる。
それに、今他のメンバー全員を敵に回すのは良い考えとは言えない。
まあ、潜在的にはすでに敵対しているが。
「あ、そういえばアナト殿。何やら、『鉄くず』がきな臭い動きをしているでござる」
「あらぁ?あの闇ギルドがぁ?」
ぽんと手を合わせてアナトに報告するソルグロス。
『鉄くず』というだけで伝わるギルド。
それは、『救世の軍勢』と共に数少ない闇ギルドと認定されている『鉄の女王』のことだった。
世間一般には、表舞台に立たずに情報統制が厳しい前者よりも、派手に暴れまわっている後者の方が有名だろう。
「王子が『鉄くず』を飼っている」
「あまりよく知らないが、確か王国は派閥争いが酷いらしいな。闇ギルドを囲うなんて、王国も落ちたな。……いや、今も昔も変わらないな」
リッターの数少ない言葉に、長い時を生きているリースがぽつりとつぶやく。
『救世の軍勢』創設初期からいる彼女の言葉に、何人かがババアと思ったが口にすると殺されかねないので黙り込む。
「そう言えば、あそこはしょっちゅうあたしたちに喧嘩を吹っかけてくるわよね。いい加減、鬱陶しいわ」
「そうねぇ……」
真っ赤な髪がクーリンの怒りに合わせるように、ゆらゆらと蠢きだす。
それを横目で見ながら、アナトは考える。
「ララディが勇者を倒してしまったしぃ、作戦を実行し始めてもいいかもしれないわねぇ」
「だったら、まずは拙者の担当する『ギルド』にすればいいでござる。情報は、おそらく一番集まっているかと……」
「……確かに、そういったこそこそとすることはソルグロスさんが得意ですものね」
「また、拙者に毒が……」
アナトの呟きに、一瞬で反応するソルグロス。
シュヴァルトは彼女がララディと似たような欲望を持って自推していることを悟って、無表情で毒を放つ。
まあ、ソルグロスに毒なんてほとんど効かないだろうが。
「そうねぇ。じゃあ、始めましょうかぁ」
クスクスと楽しそうに笑い始めるアナト。
大きな声では決してなかったのに、ギャアギャアと色々なところで喧嘩をおっぱじめていた他のメンバーがシンと静かになる。
全員、それぞれの笑顔を浮かべてアナトを見ていた。
「『マスターに世界をプレゼント大作戦』。第一の障害であった『勇者』は消滅ぅ。次の標的はぁ――――――」
「―――――『闇ギルド』よぉ」
第三章、終わりました!




