第四十八話 もう一つの闇ギルド
「くそっ!また失敗かっ!!」
報告を受けた男は、苛立たしげに机をたたく。
その報告の内容とは、闇ギルド『救世の軍勢』討伐の失敗と、討伐隊の全滅。
そして、勇者パーティーの壊滅だった。
「くそっ!ロングマンめ、使えないやつだ!あいつだけ死ぬのならまだしも、勇者パーティー全員を道連れにするなど……ふざけおって!!」
男はこの世界に召喚され、勇者パーティーの前衛を勤めていた男――――ロングマンを思い出す。
確かに、『救世の軍勢』のことをほのめかしたのは男だったが、まさか盛大な自爆をするとは思いもよらなかった。
「あひゃひゃっ!そりゃあ、相手は王国やギルドから超危険視されているおっかねえ闇ギルドですよ。雑魚がいくら寄ってたかったって、ボコボコにされるだけですわ」
「黙れ!!」
生理的に受け付けないような笑い声をあげて、怒る男に話しかける男がいた。
彼は机をたたいた男を心配するどころか、その反応を面白そうに見ていた。
怒鳴られても、彼の言葉は止まらない。
「グレーギルドのメンバーが死んだことは押しつぶせるし、王国騎士もあなたの派閥だから大丈夫でしょう。でもぉ、勇者パーティーはだめっすねぇ。あれは、あなたじゃなくて王国の駒だった。王様がいくら馬鹿といっても、これに対して処罰なしとはいかないでしょうねぇ。いくら、あなたが王子様といっても」
「黙れと言っている!!」
ギロッと鋭い眼光で睨みつけられても、ヘラヘラと笑っている男。
髪をガシガシとかきながら激怒する男は、王国の第一王位継承権を持つ王子だった。
「分かっている、分かっているのだ!私がこのままではマズイことも……っ!!」
「いやいやぁ、そうでもないですって」
「な、なに……!?」
打って変わって、男は王子に希望の光を差し込ませる。
別に、彼がこのまま苦しんでいるのを見て楽しむこともいいのだが、まだ潰れてもらっては困るのだ。
「今回の件は、適当な奴に押し付けてしまえばいいんすよ。ほら、口うるさい貴族どもがいたじゃないですか」
「そ、そいつらにこの罪を……?」
「そうです!あなたは王子なんですから、ゴリ押しすれば馬鹿な王様は絶対に気づかないですって。まあ、あの賢い王女様は別でしょうけどね」
ゲタゲタと下品に笑いながら王子を唆す男。
王子はその笑い声を不快に思いながらも、その案は受け入れる価値があると感じていた。
「ふん!奴は所詮、私よりも王位継承権が低い。この王城内では、私の方が力を持っている。奴の疑念など、簡単に押しつぶすことができる」
「おー!さっすが王子!下種いっすね!」
いずれ国のトップとなる者が決して言ってはならないことを言うが、この言葉を聞く者はヘラヘラと笑っている男だけだ。
それに、もしこの男が今の言葉を言い広めたとしても、誰も信じるまい。
この男の職業はギルドに所属する冒険者だが、彼はまったく他人から信用されないのだから。
「そういや、何で王子は『救世の軍勢』を目の仇にしているんですか?いや、全然こっちはありがたいんすけどね」
あの悪名高い闇ギルドを敵に回しても、望むところだと笑う男。
その気持ち悪さに軽く身震いしながらも、王子は答えてやる。
「私がお前たちを雇っているように、奴も『救世の軍勢』を囲い込まないとは限らんからな。あのギルドが敵に付けば、面倒極まりない」
「いやー、政治のドロドロって怖いわー!でも、それだったら『救世の軍勢』を味方に引き込めばいいじゃないっすか」
「そうすると、お前たちが敵対するだろうが」
「いやー!仰る通り!」
王子ははあっとため息を吐く。
男は先ほど王子が『救世の軍勢』を目の仇にしていると言っていたが、実際は逆である。
男の方が、『救世の軍勢』を目の仇にしているのだ。
「やっぱり、俺たちの方が強くて冷酷なギルドだからさぁ!」
「国民の間では、表に出てこない『救世の軍勢』よりもお前たちのギルドの方が有名だろう」
「それだけじゃあ、ダメなんですって!貴族みたいに地位の高い人は、俺たちよりも『救世の軍勢』の方を恐れている奴らが多いでしょ!?それが、我慢できねんですよ!!」
ほとんど表の世界に出てこず、そう言った知識のない一般国民はその存在すら知らない闇ギルド『救世の軍勢』。
しかし、王国や正規ギルドの上層部は、皆その闇ギルドを恐れている。
それは、『救世の軍勢』のギルドマスターが原因らしいが、そのことは上層部でも知っている者はいないのではないかと王子は睨んでいた。
何故なら、誰もそのギルドマスターの脅威を語ろうとしないからである。
おそらく、今よりずっと昔、自分たちの何代も前の人々が、そのギルドマスターの悪意と脅威にさらされていたのだろう。
王国は人類の国なので、当然百年もすれば皆死ぬ。
そのギルドマスターの力を目の当たりにした人はすでにこの世界には存在せず、口伝えで脈々と受け継がれてきた情報しかないのだ。
そのことから、王子は『救世の軍勢』を討伐するのは容易いことだと考えていたが……実際は、何度も送り込まれた討伐隊は全滅である。
「はぁ……。お前がどう思っているかは知らないが、『救世の軍勢』の対処は……」
「それこそ、俺たちの番だろ!何のために俺たちを雇ったんだよ。鬱陶しい奴らを殺すためでしょ?じゃあ、今がその時じゃねえですか!」
やはり、予想していた通りの答えを男が言ってくる。
出来れば、避けたい手であった。
しかし、最早『救世の軍勢』に対抗できるのはこの男たちしかいないだろう。
自分は、必ずこの国の王とならなければならないのだ。
「わかった。お前たちに依頼を出す」
「おぉっ!さっすが、王子!もし、断ったりしていたら、あんたを殺していたかもしれねえ!」
とんでもないことを平気でのたまう男。
しかし、王子も慣れたもので平然としている。
そもそも、この男の事情を考えれば、この密室で二人きりになっている時点で相当危ないのだから。
さらに付け加えれば、王子も簡単に殺されるような弱者ではないのである。
「闇ギルド『救世の軍勢』の討伐依頼を、お前たち闇ギルド『鉄の女王』に出す」
「受け取ったぁっ!!」
王子は慣れた手つきでスラスラと依頼書を書き、男に手渡す。
男は乱暴な手つきでそれを受けとる。
「あひゃひゃひゃ!!どっちのギルドが本当に強いのかぁ……楽しみだなぁっ!!」
男が気持ち悪い笑い声をあげるのを、王子は不快そうに眺めているのであった。




