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【書籍化】闇ギルドのマスターは今日も微笑む  作者: 溝上 良
第三章 勇者パーティー編
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第四十四話 帰るべき場所

 









「えぇっ!?そ、そんなことできるの!?」


 マホは鼻息を荒くして、僕に迫ってくる。

 ちょっと引きそうになるが、元の世界に帰りたいと強く主張しており、あの夜泣いていた彼女からするとここまで必死になるくらい大切なことなのだ。


 僕は慌てて彼女に頷き返す。

 のんびりと答えていたら捕まって肩をブンブンと振られそうな勢いだった。


「う、嘘……。だ、だって、王国の魔法使いたちはできないって言っていたのに……」

「ふん!マスターほどになれば、世界の間くらい簡単に移動できるです。たかが、王国の魔法使い程度と比べることすらおこがましいです」

「あんたも驚いていたじゃない」

「う、うるせぇです!」


 僕のことなのに、何故か自信満々にない胸を張るララディに、マホの指摘が突き刺さる。

 そっかー。ララディにも、異世界に行ける魔法があるってことは教えてなかったっけ。

 とにかく、王国の人たちがどうしてできないのかは知らないけれど、異世界に転移させるくらいならそれほど難しい魔法を使わずともできる。


「ふわぁ……」


 信じられないし、ありえないといった表情のマホ。

 いや、本当に転移くらいならそれほど難しくないんだ。


 多分、魔法の才能があるマホなら、それなりに練習をすれば使えるようになると思うよ。

 転生させるってなると、また話は別だけれどね。


「ほ、本当に僕たちは帰られる……?」


 ユウトが聞いてくる。

 え、嘘だと思っているの?いくらなんでも、そんな悪質な嘘はつかないよ。


「や、やったー!」


 ユウトがガバッと両手を空に向けて、大喜びする。

 おぉっ。勇者として立派に役目を果たしていたユウトが、これほど元の世界に戻りたがっているとは思わなかったよ。


 確かに、ユウトも見た目からしてまだ十代だ。

 勇者という立場があるから口には出さないだけで、色々と甘えたりわがままを言ったりもしたかっただろう。


「…………」


 しかし、もっと意外だったのは、マホがそれほど喜ばなかったことである。

 あの夜、僕に強烈な不安と不満をぶちまけた様子から考えると、ユウトと同じ……いや、それ以上の喜びを見せても不思議ではないと思うんだけれど。

 だが、マホは嬉しいような残念なような、複雑な表情を浮かべていた。


「おら、よかったですね、魔法使い。帰りたがっていた世界に戻れるですよ」


 そして、何故か俄然機嫌をよくしたララディ。

 ニヤニヤと厭らしく笑いながら、マホの顔を覗き込んでいる。

 うわぁ……。僕でも引いてしまうような凄い笑顔だ……。


「私は……」


 そう呟いて、僕の顔を見上げるマホ。

 何だか捨てられた子犬のようなうるうるとした目で見てくるので、凄く心が痛い。


 何も、悪いことはしていないんだけれどね。

 しかし、娘のように思っており、気難しい子が何人もいる僕としては、彼女がどうしてこのような目をしているのかは簡単に分かってしまう。


 おそらく、寂しいのだ。

 こっちで過ごしたことも、嫌な思い出ばかりというわけではないだろう。


 そんな世界と別れるのが、悲しいに違いない。

 なに、大丈夫だ。僕は、アフターケアもバッチリできるからね。

 僕は、赤い宝石の入ったペンダントをマホに渡す。


「え、これって……?」

「あぁっ!?」


 マホはどうして僕がこんなものを渡すのかわからない様子だが、それでも離さないようにペンダントを大事そうに抱きしめている。

 悲鳴のような声を上げたのはララディだ。

 ……分かった。君にも後で何か上げるか、してあげるかするから、今は大人しくしていてね。


「わはー!」


 今度はもろ手を挙げて喜ぶララディ。

 反応が忙しいな。


 とにかく、ララディを抑えた僕はそのペンダントを説明することにした。

 そのペンダントがあれば、魔法という概念がない世界でも魔法を使うことができるようになる。


 さらに、魔力量の増大やら魔法の効率化など、色々便利な機能が盛りだくさん。

 マホは魔法の才能があるから、訓練さえ繰り返せば異世界転移の魔法はいつか必ず習得できるだろう。


 どれくらい遅くなっても僕は気長に待っているから、また戻っておいでよ。

 君のことは、そのペンダントが助けてくれるはずだから。


「……うん!」


 マホは強い表情のまま、コクリと頷いたのであった。

 僕個人としては、是非マホにはギルドに入ってほしかった。


 うちのギルドはマスターである僕を入れても10人しかいないし、ララディと楽しそうに接することのできる彼女なら他の奇抜なメンバーともうまくやっていけるだろう。

 しかし、無理強いすることはできない。


 マホには、彼女の帰還を待ち望んでいるであろう家族が元の世界で待っているのだ。

 家族はよっぽどの事情がない限り、一緒にいた方がいいに決まっている。


 家族のいない僕は、余計強くそう思うのだ。

 まあ、僕にも一応『妹分』と言える子はいるんだけれどね……。


「うぐぐぐぐぐ……っ!マスターにそこまで言ってもらえるなんて……!マスター!ララも異世界に行くです!」


 何を言っているんだ、この子は。

 僕は苦笑しながら、彼女のふわふわ髪を撫でまわしてやった。












 ◆



 僕の目の前には、マホとユウトの二人が立っていた。

 今から、二人は僕の魔法で元の世界に戻るのだ。

 まず、ユウトが僕とララディの前に立った。


「この世界で経験したことは、良いことばかりだったとは言えません。でも、忘れたいとも思いません」


 少し悲しみを秘めた、穏やかな目で僕を見た。

 そうか。まあ、ユウトならどんな世界でもうまくやるだろう。


 他人に優しい彼の元には、これからもたくさんの、そして色々な人々が集まっていくに違いない。

 僕はララディたちがいるから君たちの世界に行くことはできないけれど、応援しているよ。

 僕の言葉に穏やかに微笑むユウトと代わるように、マホが一歩前に出てくる。


「私、あなたに逢えたことは忘れないわ。マスターと逢えたことは、この世界に来て一番幸せだったことだと断言できるもの」


 マホが僕を見上げて、満面の笑みを見せてくれる。

 その手には、大事そうに僕が上げたペンダントを持っていた。


 そこまで言ってくれると、嬉しいよりも気恥ずかしさが生まれる。

 それよりも、マホの笑みはとても魅力的だった。


 ……しかし、何だかマホの目がどこかで見かけたことがあるように、ドロリと濁っている。

 な、何だろう。背中にゾクゾクと走るものがあった。凄く不安だ。


 僕はそれを振り払うように、意識を魔法に切り替える。

 さて、それじゃあ、そろそろ君たちを異世界に送るよ。


「はい」

「ええ」


 僕の言葉にうなずく二人。

 マホの目も、いつも通りである意思の強そうなキリッとした目だ。


 やっぱり、僕の気のせいだったか……。

 こっそりホッとしながら、僕がマホとユウトに魔法をかけようとした時だった。


「ちょっと待ってもらってよろしいですかぁ?」


 ふんわりとのんびりとした声が、僕たちに届いたのであった。





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