第四十話 アルラウネ
その植物の大きさは、まさしく異常だった。
確かに、オーガをあっさりと殺してしまった植物をかなり大きかった。
しかし、それは周りの木々の高さをあっさりと超えてしまう今のララディが合体している植物とは、比べものにならない。
「な、何なのそれ!?っていうか、人間じゃないの!?」
マホは目を飛び出させるほどに驚いていた。
そこらの人間よりも圧倒的に愛らしい容姿をしているララディが、以前追い払った魔王軍幹部であり、まさに人外と言える容姿のドスと同じ魔族とは到底思えなかった。
不思議で仕方がないといった様子で聞いてくるマホを、ララディは嘲笑って見下す。
「んん?ララの遥か下の方で何やら虫が騒いでいるようですね。聞こえなくて残念です」
「ふざけんな!聞こえているでしょ!?」
明らかな挑発に、あっさりと乗っかるマホ。
とはいえ、あまりの高低差に迫ることもできずに、悔しさに歯噛みする。
「おい、何のんきに話してやがんだ!」
異様なララディの姿からいち早く立ち直ったグレーギルドのメンバーが、傍から見ればじゃれ合っているようにも見えなくもない様子に、怒鳴り声を上げる。
実際は、ララディは本当にマホを嘲笑い、マホはララディに対して怒っていたのだが、付き合いのない彼がそんなことを知る由もなかった。
「はあ、うるさいですよ、お前。さっさと、養分になるがいいです」
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
ララディはそんな彼をゾッとするほど冷たい目で見降ろすと、指をパチッと可愛らしく鳴らす。
すると、彼の真下からドゴッと花が現れて、彼を花びらで食べてしまった。
「お、俺の脚がぁぁぁぁぁぁっ!?」
それだけではない。
花弁の中では大量の酸が彼を待ち構えており、一瞬でドロドロに下半身をとかしてしまった。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
「助けてぇぇぇぇぇ!!」
「熱い熱い熱いぃぃぃぃぃぃっ!!」
さらに、彼だけでなく大勢の悲鳴が響き渡る。
突然、動き出した木々に尖った枝で全身を貫かれるグレーギルドの者。
口のある植物に追い掛け回される王国騎士。
オーガをも溶かした酸性の液体を全身にかけられて、地面をのた打ち回る者。
いつの間にか、マスターたちを包囲していた円はすっかり壊されており、ただ植物に蹂躙される人間たちがいるだけだった。
「う、嘘だろ……?」
ロングマンはその光景を前に、武器を取ることも逃げることもできず、ただ呆然と突っ立っているだけだった。
彼も、スキルを持っているとはいえ、元は平和な世界で生きていた人間だ。
こんな凄惨な戦闘……いや、戦闘ともいえない一方的な戦いを前にして、適切な判断ができるはずもなかった。
「どうするんですか、ロングマンさん!!呆けている場合ではありません!!早く、異教徒共を皆殺しにしないと!!」
そんな彼を無理やり現実に引き戻したのは、瞳孔を開き切って完全にとんだ目をしているメアリーだった。
頑強なロングマンの身体を揺らすほどの力で、彼の身体を目いっぱい押してくる。
その衝撃で、ハッと意識を覚醒させる。
「そうだ、俺たちにはオーガがいる!!メアリーは軽傷の奴を治していけ!無理そうな奴は、放っておいていい!!」
「わかりました!」
「行け、オーガ!あいつらを皆殺しにしろ!!」
『ゴァァァァァァァァァァァァッ!!』
ロングマンの命令に答えるオーガたちの雄叫びが響き渡る。
最初こそ、見目麗しく愛らしいララディを、殺さずに捕まえて色々と楽しもうと画策していたロングマンであったが、そんな気はすっかりなくなってしまっていた。
それもそうだ。精強であるはずの『王子派閥』の王国騎士に、荒事には慣れているグレーギルドのメンバー。
そんな彼らが、今何もすることができずに、身体を溶かされ、植物に食べられ、命を散らしていくのを目の当たりにしているのだ。
『ゴォォォォォォォォッ!!』
「ははっ!いいぞぉっ!行けぇっ!!」
凄まじい声を張り上げてララディの乗る植物に向かって行くオーガを見て、頼もしさのあまり笑ってしまう。
危険な魔物であるが、今だけはこれ以上ないくらい頼りになる駒だった。
「オーガですか……。もう、お前たちには飽きたですよ」
強力な魔物が複数体迫ってきても、何ら表情を変えないララディ。
彼女の乗る植物の茎から、にょきにょきともう一本の茎が伸びる。
それはみるみるうちに成長していき、一つの大きな実を生らしたのであった。
垂れさがる提灯のような実は、風が吹くたびに重たそうに揺れている。
「あ……」
誰かが呟くと同時に、その身がプチリと茎からはがれて地面へと落ちていく。
それは、ララディに猛然と迫っていたオーガたちの目の前の地面に落ちて、身体を潰した。
その瞬間、バァンと凄まじい破裂音と共に実が炸裂し、中から大量の何かが飛び出してきた。
『ギャァァァァァァァァァァァァッ!!』
オーガの絶叫が森中を走り抜けた。
炸裂の衝撃で吹き飛ばされ、せっかく詰めた距離を一気に引き離されてしまう。
その衝撃はオーガだけではなく、襲い来る食人植物から逃げ惑っていた騎士やグレーギルドのメンバー。さらには、ロングマンやメアリーにも平等に襲い掛かった。
「う……ぐっ……!?な、何が……!?」
ロングマンはなにが起きたのかさっぱりわからず、座り込んでいた身体を起こす。
吹き飛ばされた際に、何かが刺さったようで腕からは血が垂れていた。
「な……っ!?」
フラフラとしながらも周りを見渡すと、衝撃の光景が目に飛び込んできた。
オーガの真っ赤で勇者の攻撃すら大したダメージが入らない強固な身体に、巨大で無骨に削られた棘が突き刺さっていた。
「あ、あのオーガが……こんなあっさり……」
「もうダメだぁっ!俺は逃げるぞぉっ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「お、おい!待てっ!!」
ロングマンが慌てて呼び止めるが、王国騎士もグレーギルドのメンバーも誰一人彼の命令に従おうとしない。
そもそも、ロングマンは彼らの上司でもなければ仲間でもない。
そんな彼の命令に従うことがおかしかった。
ララディたちに背を向けて走り出す男たちであったが、彼らを追いかける植物たちに次々と捕まって血祭りにあげられる。
「うっ……!?く、くそっ……!メアリー、俺に治療を……っ!?」
立ち上がって彼らを追いかけようとするが、腕から血がとめどなく溢れて痛みを訴えかけてくる。
回復魔法の使えないロングマンはメアリーを呼ぶが、彼の目は腹部に巨大な棘が刺さって太い木に縫い付けられている彼女の姿を捉えた。
「うっ……おぇぇっ!!」
勇者パーティーとなってから、様々な経験をしてきた。
その中には、目を背けたくなるようなこともあったのだが、少なからず交流があった仲間の死は、彼の精神に強い負荷をかけた。
地面に膝をつき、ボタボタと腹の中のものを吐き出すロングマン。
「あれ?さっきまでの威勢はどうしたですか?」
そんな彼を見下ろすのは、遥か高みから覗き見るララディだ。
周りを見ると、すでに生きて動いているのはほとんどいない。
マスターたちを囲んでいた王国騎士とグレーギルドのメンバーは、皆無残な最期を迎えていた。
凄惨な大量殺戮現場でも、ニコニコ笑顔を絶やさないマスターと色々と複雑そうな顔をしているマホ。
そして、メアリーの死体を見て顔を蒼白にしているユウト。
最早、あれだけの人がいたこの場で生きているのはロングマンを除けばこれだけしかいない。
皆、自分を見降ろす小さな女の子に殺されてしまった。
「ひ……あ……」
改めて実感する。
自分は、なんて恐ろしいものに手を出してしまったのだ。
がっしりと固められた防具も、あの巨大な植物の前では紙切れのようなものだろう。
命の危機を身近に感じて、彼の下半身はすっかりと濡れてしまっていた。
「ふん、何も話せないですか。まったく、その程度の力しか持たないのなら、マスターに刃向うな……です。いちいち、処理が面倒なんですから」
ララディの言葉と同時に、ズルリと花弁をもたげる植物。
そこには、本来ないはずの口がぽっかりと開いており、早く入ってこいとばかりに牙をガチガチと鳴らす。
「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ロングマンは腕が痛むことなんてすっかり頭の外に放り投げていた。
本来であれば両手で振るうことでしか使うことのできない巨大な剣を、火事場の馬鹿力によって片手で振るった。
その一撃は、彼が異世界に来てまさしく最強の一撃だっただろう。
「残念。ララの植物は、そんな軟じゃねーですよ。リッターくらいの剣士なら別ですけどね」
ロングマンはララディの言葉の中に、どこかで聞いた名前を聞きとった。
確か、リッターとかいうのは王国の……。
そんな彼の思考は、そこで強制的に終わらされる。
ロングマンの攻撃を、剣を粉々に噛み砕くことで防いだ植物が、また大きく口を開けて彼を飲み込んだからである。
こうして、勇者パーティーであるロングマンとメアリーの冒険譚は、闇ギルド『救世の軍勢』によって終わらされることになったのであった。




