第三十八話 勇者パーティーの崩壊
「そんな……」
マホは目の前が真っ暗になるような絶望を味わっていた。
今まで苦楽を共にしてきたロングマンとメアリー。
自分の気持ちを救ってくれたマスターとララディ。
どちらもマホにとって大事な―――ロングマンはそれほどでもないが―――仲間たちである。
そんな彼らが、今まさに殺し合いを繰り広げようとしているのだ。
「ふふっ」
そんな中、鈴を転がすような聞き取りやすい笑い声が響いた。
それは、どこが妖艶に微笑むララディが発した声だった。
「マスターの指示だから従っていたですが、ようやく鬱陶しいお前たちを殺せるですか。うーん……スッキリするですっ」
ララディは平常運転であった。
そもそも、勇者パーティーのことなど微塵も仲間だと思っていなかったので、裏切られたとも思っていない。
「おいおい、ララディちゃん。この人数相手に勝てるとでも思っているのかよ?俺の女になってくれるんだったら、王様に掛け合ってやってもいいんだぜ?」
「雑魚が束になったところで、何も変わらないです。というか、お前の女になる物好きな奴なんていないですよ。馬鹿ですか?」
圧倒的優位に立っていることから、あのオーガを倒したララディ相手でも強気に出ることができるロングマン。
少しロリ体型であるが、見た目は美少女であるララディに欲望丸出しの提案をするが、すげなく断られる。
「(まだ、マスターの子種ももらっていないのに、お前なんか眼中にねーです)」
へっと荒んだ顔を見せるララディ。
その後、敵対を明言しているロングマンとメアリーは見ずに、未だあやふやな立場のマホとユウトを見る。
「で?お前たちは結局どっちにつくですか?もちろん、あっち側ですよね?よし、殺すです……あ痛っ!?……です」
問答無用でロングマン陣営に二人を押し付けようとするララディ。
面倒だし、ここで勇者たちを皆殺しにすれば監視も解かれる。
となると、『救世の軍勢』のメンバーの中でフリーとなるのは彼女だけとなり、合法的にマスターと二人きりでイチャイチャできる時間が作れるのだ。
当然、妨害は行われるだろうが、イチャイチャというご褒美を目の前にしたララディは誰にも止められないだろう。
そんな気持ちだったのだが、マスターにビシッと頭をチョップされるララディ。
彼女たちに甘いマスターが痛いようにはしないことは当然だが、それよりもマスターに叱られたということで精神的に猛烈なダメージを受ける。
ズーンと沈むララディをよそに、マスターが話す。
―――――マホは、本当に僕たちの敵になるのか?
「て、敵って……マスターの……」
―――――僕は、君とユウトのことが好きだ。死なせたくないと思う。でも、ララディの敵になるというのなら、僕の敵でもある。
「す、好き……」
「ましゅたー!ララもだいしゅきです!!」
緊張感が一気に吹き飛んでしまうような光景。
マホは先ほどの絶望していた顔からコロリと頬を染めた乙女の顔になり、ララディは「でへへへへ!」と笑いながらよだれを垂らしている。
マスターの笑顔も、どこか陰りを見せている。
―――――別に、僕たちの味方になれと言っているわけじゃない。ただ、敵にならないでほしいだけだ。
マスターの言葉はとても真摯に訴えかけてくるものがあった。
彼はマホとユウトが敵になることが厄介だと思って言っているのではないということが伝わってくる。
心の底から、彼女たちを心配しているのだと分かった。
マホだって、ほのかな想いを持ち始めているマスターと戦いたくはない。
それに、ララディのオーガを殺した手管を見て、彼女と殺し合う気にまったくなれなかった。
ドロドロに溶かされるのが、オーガから自分に代わるだけのようにしか考えられない。
さらに、もともと信用できなかったロングマンや、豹変して本性を表したメアリー。
それに、マスターたちを追い詰めるために、何の罪もない本来の村人たちを虐殺した王国騎士やグレーギルドの面々よりも、マスターたちの味方をしたいと思っていた。
「ユウトは……」
「うぅ……」
チラリと彼を見ると、心優しく誰かをいつも思いやることのできるユウトは酷く悩む様子を見せていた。
大切な仲間をとるか、短い期間とはいえ一緒に旅をしたマスターたちをとるか。
普通であれば前者をためらいもなくとるだろうが、ユウトは勇者だ。
どちらの命を見捨てるかなんて、考えることもできなかった。
その優柔不断さに時折イライラとさせられていたマホだったが、今だけは憐憫のまなざしで彼を見つめていた。
―――――メアリーがそんなユウトを突き飛ばしたのは、そんな時だった。
「えっ……?」
突き飛ばされたユウトはもちろん、それを見ていたマホも何が起きたのかさっぱりわからないといった様子だった。
メアリーは顔を伏せていて、表情が分からない。
「何言ってんだよ。ユウトとマホは、あっち側だろ?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!まだ、私もユウトも、何も言っていないじゃない!」
ニヤニヤと笑うロングマンに怒鳴る。
「あぁ?そうだっけか?でも、お前らはマスターと仲良くやっていたじゃねえか。そっちの方がいいんじゃねえの?」
マホには、ロングマンが何を言っているのかわからなかった。
どうして、そこまで自分たちを敵にしようとするのか?
「ロングマン……どうして……」
「鬱陶しいんだよ」
ユウトがフラフラと歩み寄りながら聞くと、ロングマンは突き放すように辛辣な言葉を吐き出す。
ようやく言えるといった表情で、随分スッキリとした顔をしているロングマン。
「勇者パーティー、勇者パーティーってよ。いつも、話の先頭に出てくるのはお前だ、ユウト。それが、鬱陶しくて仕方ねえ!この異世界で!主人公は俺だろうがよ!お前みてえなガキが、何で俺より目立ってんだよ!うぜえんだよ!」
ロングマンはこの世界に召喚されたユウトとマホの三人の中で、最も早く順応した男だ。
それは、彼がつらいことばかりの現実を憎んで、空想の物語にのめりこんでいたことにある。
そういった物語の中で異世界に召喚されるということはよくあることであり、自分が同じ場面に遭遇したときにあっさりと受け入れることができた。
本来彼が望むとすれば、召喚されるのは主人公であるロングマン自分だけでいい。
だが、残念なことに召喚されたのは自分だけでなく、二人の子供もいるではないか。
最初こそ腹が立ったロングマンであったが、そのすぐ後には逆に良い方向へと考え始めていた。
主人公は自分であることに間違いないのだから、この二人の子供を助けてやればいい。
そうすれば、そんな優しい自分を見て異世界のヒロインたちが寄ってくるに違いない。
子供のうちの一人は―――マホのことであるが―――、気は強そうだが案外整った顔をしている。
何なら、こいつを自分のハーレムに入れてやってもいい。
そんなことを考えていたロングマンであったが、その慢心はすぐに打ち崩されることになる。
召喚後の能力確認で、聖剣を扱うことのできる勇者はユウトであることが分かったのだ。
それに比べて、ロングマンはまさに脇役というイメージが彼にとって強くあった前衛のタンク能力。
華々しく勇者として活躍する妄想をしていたロングマンは酷く打ちのめされた。
ちょうど、彼が落ち込んでいるときにユウトがちやほやと褒めそやされていたことも、彼をさらに追い込んだ。
「俺は、ずっとお前が嫌いだったぜぇ、ユウト」
「ロングマン……」
ショックを受けた様子のユウトを見て、せいせいとするロングマンは大きく笑う。
そうだ。ユウトが召喚されなければ、自分が勇者となっていただろう。
もし、そうなっていたら、マホやメアリーを好きにすることもできていたかもしれないし、勇者パーティーの一員としては絶対にしてはいけない黒い貴族とのつながりを持たなかったかもしれない。
奴隷や立場の弱い女を片っ端から犯すような犯罪行為に手を染めることはなかったかもしれない。
「全部、お前のせいだぜ、ユウト」
ロングマンの言に正当性はまったくない。
全部、自分の責任をユウトに押し付けただけである。
だが、仲間だと思っていたロングマンに裏切られたユウトは、その言葉で何かが折れてしまった。
ガクリと肩を落とし、目はうつろを見ている。
ユウトを打ちのめして満足気に鼻息を荒くするロングマンは、次にマホを見る。
「お前も鬱陶しかったぜ、マホ」
「わ、私……?」
ビクッと身体を震わせるマホ。
「ああ。いつもいつも、帰りたい帰りたいってピーピー泣きやがってよ。うるさくてしかたなかったぜ」
「そ、それは!帰りたいって思うのは普通じゃないの!」
「うるせえ!そういうところだって言ってんだろうがっ!!」
マホの反論を大声でかき消すロングマン。
あちらの世界でロングマンは平凡で退屈、そしてつまらない日常を送っていた。
そのことに、彼は酷く不満を覚えたものだ。
マホもまた、あちらの世界では平均的な学生生活を送っていたが、ロングマンのように不満だったり退屈だったりと思ったことは一度もない。
あの平凡な日常が、彼女にとって幸せだったのである。
ならば、帰りたいと強く願っていてもおかしくもなんともない。
だが、ロングマンには自分だけ良ければいいという考えがあるので、マホの事情など一切顧みなかった。
「ついでだ。お前らも、ここで闇ギルド諸共殺してやる」
「きゃっ……!?」
ロングマンは隣にいたグレーギルドの男から斧を借りると、それをマホのすぐ近くの地面に投げつけた。
ザクッと深くまで突き刺さった斧を見て、ロングマンが本気なのだと確信するマホ。
「―――――はぁ……どうでもいい内輪もめは、もういいですか?」




