第一話 一人ぼっちのアルラウネ
自分がいつからここにいるのか、そのアルラウネはいまいち分かっていなかった。
ふと物心がついたときから、一度も移動したことがない。
そもそも、月日の経過すら定かではない。ここには、カレンダーなどの日付を明らかにするようなものがないのだから。
それでも、誰か他にコミュニケーションをとることができるような存在がいるのであれば、そういったことにも関心を向けることができていたのかもしれない。
だが、彼女はずっとここに一人ぼっち。誰と会話することもない。
天敵もいない。だが、友好的な存在もいない。
「はぁ……」
深いため息を吐くアルラウネ。
自分はいったい、何のために生きているのだろうか?
生きる意味とは、いったいなんなのだろうか?
彼女には、そのことすら理解することができなかった。
「ああっ、もう! 暇で仕方ねーです!!」
という、何だかシリアスだった雰囲気をぶち壊すように、アルラウネは爆発した。
その愛らしい顔は、憤怒に歪んでいた。
「なーんでこんな所にいるですか!? 何にもねーじゃねーですか! 普通、少なくとも両親がいるんじゃねーんですか!? 物心ついていないときから育児放棄ですか!? ぶっ殺すぞ!」
激しく怒りをぶちまけるアルラウネ。
確かに、彼女の周りには本当に誰も存在せず、両親と言えるものも存在していなかった。
多くの生物には、当然両親というものが存在しているはずである。
ただし、このアルラウネは知らないことかもしれないが、魔族というのは少し変わっている。
多くの魔族は普通の生殖行為によってその数を増やすのだが、ごく一部の魔族はそういった両親を必要とせず、文字通り無から生まれるものも存在する。
そういった魔族は、概して一般の魔族よりも特殊性を持つ。
このアルラウネは、その無から生まれた部類に該当するのであった。
「ちっ! 何で一人なんですか……!」
悪態をついている彼女は、そんなことまったく知りもしないが。
「せめて、移動することができればよかったですが……自力で動くことが……」
アルラウネは恨めしそうに自身の足元……というより、根元を覗き込む。
そもそも、アルラウネという種族はどういうものだろうか?
彼女たちは、美しい容姿を持っており、人間の男を可愛らしく誘惑する。
その見た目はまるで人形のように整っており、その危険性を知らなければホイホイと付いて行ってしまう者がほとんどだろう。
だが、それは、上半身に限る。
下半身はガッツリと花に飲み込まれており、その花は地面に深く根ざしている。
人間の上半身と植物の下半身を持つのが、アルラウネという種族であった。
そして、このアルラウネという種族は足も存在していないため、自力で移動することはできない。
下半身が植物なのだから、当たり前かもしれないが。
人が無理やり彼女たちを動かすことも可能だが、地に植物を根ざしていないと、アルラウネはみるみるうちに衰弱してしまう。
それでも、その見目麗しい姿と彼女たちのもう一つの秘密という魅力によって、多くのアルラウネが乱獲されたという過去もある。
そのせいで、現在ほとんど見ることができないほど数を減らしているのだが、森の奥深くで独りぼっちの彼女にはまったく関係のない話であった。
「頑張ったら動くこともできそーなんですが……力が足りない感じがするです」
忌々しそうに天を見上げるアルラウネ。
晴れ晴れとした空が恨めしい。
あぁ……一度くらい、自由に世界を歩き回ってみたいものだ。
「……その前に、誰か一人くらい話せる奴が来ねーですか!!」
アルラウネは怒りの怒号を張り上げるのであった。
バサバサと鳥が木々から飛び立つが……鳥たちもあまり驚いていなかった。
彼女が騒がしいのは、毎日のことだからである。彼らも慣れた。
アルラウネだって、声を張り上げて事態が好転するなんて微塵も考えていない。
ただ、そうしないとむしゃくしゃする気持ちをこらえきることができなくなってしまいそうだから、声を張り上げているのだ。
そんな風に自分の存在がここにあると大声で主張しても、何も変わらない。
ここには、彼女以外誰も存在しないのだから。
だから、アルラウネもまたこれをして何かが変わるなんてことは微塵も考えていなかった。
また、いつも通り一人ぼっちのつまらない一日が始まる。
そう、思っていたのだが……。
「っ!?」
ガサガサと茂みが揺れる音がして、アルラウネはビクッと身体を震わせた。
風? いや、そんな茂みを揺らすほどの強い風は吹いていない。
では、やはり何かがそこに存在しているということである。
「だ、誰ですか……?」
ごくりと喉を鳴らして尋ねるアルラウネ。
もしかしたら、初めて自分とコミュニケーションをとることができる存在かもしれない。
出来る限り、敵対的な関係にはなりたくなかった。
それくらい、彼女も孤独を感じていたのである。
ドキドキと薄い胸の奥で、心臓が高鳴る。
どんな存在だろうか? できれば自分と同じ魔族がいいが……この際、人間でも文句は言わない。
さあ、楽しく話そうじゃないか。カモン!
そんな感じでキラキラとした目を茂みに向けてうずうずとするアルラウネ。
彼女のそんな期待に応えるように、その存在は茂みから現れて……。
「ギギ?」
くすんだ汚らしい緑の肌、吊り上った目に立派な鷲鼻。
小さな背丈にまったく手入れのされていない短剣を持つ。
そう、アルラウネの求める魔族であった。
ただし、人どころか魔族ともコミュニケーションのとれないゴブリンであった。
「ご、ゴブリンかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! です!!!!」
アルラウネの悲しき声が空に響き渡るのであった。
お久しぶりです!
5月10日に書籍の第2巻が発売されるということもありまして、少しだけ番外編を投稿したいと思います。
今回はララディの過去編です。
書籍の方もよろしくお願いします!




