第三十六話 帰ってきたロングマン
「あ……あ……」
マホは愕然としていた。
魔王軍の幹部であるドスを撃退した自分たち勇者パーティーは、それなりに強いと自負していた。
だが、オーガは自分たちの簡単に上をいく化け物で、もう誰も勝てないのではないかと錯覚したほどだ。
それを、いかにも自分よりも弱そうな緑色のふわふわした髪に花を乗せているのが特徴的な少女が、見るも無残な方法で虐殺した。
そう、戦闘ではない。
何故なら、ララディはただの一度もオーガの攻撃を受けていないからである。
「な、何なの、この子……」
マホはララディに恐怖していた。
オーガを簡単に殺害する実力もそうだが、ドロドロと溶けていくトラウマ不可避の死に行く過程を、何の感慨もなくじっと見つめていた精神が、最も恐ろしかった。
「ひっ……」
そんな恐怖の対象であるララディが、くるりと振り返る。
マホは味方であるはずなのに、小さく悲鳴を上げた。
ララディはこちらによちよちと歩み寄ってくる。
もしかしたら、自分もあのような残酷な方法で殺されてしまうのではないだろうか。
実際、ララディは同じギルドの仲間を殺したいと考えて色々と策を練っているのだから、あながち被害妄想というわけではない。
どんどんと近づいてくるララディに、キュッと目を閉じるマホ。
「マスター!ララの戦い、どうでしたか?うまくできていたですか?褒めてくれるですか?」
「……え?」
ララディの目には、すでにマホなんて入っていなかった。
ただ、マスターのイケメンフェイスだけが入っていた。
ララディはマスターにしがみついていた鬱陶しいマホを突き飛ばし、マスターに抱き着いてグリグリと身体を押し付ける。
目をキラキラとさせて、『褒めて褒めて』と言外にアピールする。
「あふぅ……。たかが、オーガを殺す程度でこんなに褒められたら、ララ、オーガを絶滅させちゃいそうです……」
マスターが優しく頭を撫でて褒め言葉を贈ると、恐ろしい計画を口走るララディ。
この時、全オーガが何の根拠もない不安に襲われたという。
マホは、頬を染めてマスターの身体に未熟な肢体を押し付けまくっているララディを見て唖然とする。
自分はいったい、この女のどこに怖がっていたのか。
いつも通りの、マスター狂い少女ではないか。
キャッキャッとマスターにじゃれついているララディを見て、ため息を吐く。
「それにしても、あんたっていったい何者なの?本当に、マスターの弟子なの?」
マホはマスターとララディに疑いの目を向ける。
前から思っていたことだが、マスターもララディも、学者とは思えないほどの戦闘力を持っている気がしてならない。
実際、戦闘が専門であるはずの勇者パーティーが全滅しても倒せなかったオーガを、ララディは一人で虐殺してしまったのだ。
本当に、彼らは知を求める学者だろうか?
「ふんっ。まあ、『愛』を前に付けるのであれば、あっているかもですね」
「はいはい」
ない胸を張ってふんぞり返るララディを見て、マホは苦笑する。
マスターを見上げるが、あまり話したくなさそうに曖昧な笑みを浮かべている。
彼らが何者かは分からないが、マホは正直どうでもいいかと思っていた。
ララディはムカつくが助けてくれたし、マスターが何者であろうと自分を助けてくれたことには変わりない。
そう、思っていたところに……。
「いやいや、俺は知っているぞ。こいつらの正体をな!」
「ロングマン?」
オーガの不意打ちを食らってさっさと戦線離脱していたロングマンが、木々の間を抜けながらやって来た。
彼を回復させたメアリーも戻ってきており、地面に倒れていたユウトの治療を行っている。
「こいつ、役立たずのくせに何をかっこつけて言っているですか?」
「うるせえ!オーガが思っていたより強かったんだよ!」
ララディが、やれやれといったジェスチャーをして嘲笑うと、ロングマンが激しく言い返す。
マホも、同じようなことを考えていたので、グッと口を閉じた。
だが、彼の言葉に引っ掛かりを覚えたマホは口を開いて疑問を形にする。
「ちょっと待ってよ。あんたの口ぶりだと、討伐の魔物がオーガだって知っていたように聞こえるんだけど」
「おう、その通りだ。俺は、ここにオーガが出るって知っていたぞ」
マホの疑問にあっさりと答えるロングマン。
そんな彼の言葉に、ますますわけがわからなくなるマホ。
少量の怒りと、多量の困惑を乗せて言葉を発する。
「あんた、馬鹿なの?知っているなら、どうして私たちに教えないのよ。こっちは、あんたがいない間大変だったのよ!」
自分たちの攻撃がほとんど効かないオーガを前にしたときの絶望感を、ロングマンは知らないだろう。
あっさりと退場していたのだから、当然だ。
あの恐怖を味わったマホの怒りは大きい。
「はっ!仕方ねえだろ。こいつらの化けの皮を剥ぐための罠だったんだからなぁっ!」
ロングマンはビシッと指をさして言う。
その指の先には、ニコニコと笑っているマスターとくだらなさそうに見ているララディがいた。
「ちょ、ちょっと!あんた、さっきから何言っているの!?」
「まあ、お前とユウトには教えていなかったから、わからなくても無理ねえわな」
「だから、何の話よ!」
自分の知らない話がどんどんと進んでいくことに、怒りが湧き上がるマホ。
全てを知っているように話をするロングマンが、ムカついて仕方がない。
もともと、性格の相性もよくないため、なおさらだ。
そんな彼女に対して、もったいぶってからロングマンは言う。
「それだったら、こいつらに話をしてもらおうぜ。なぁっ!闇ギルド『救世の軍勢』のお二人さんよぉっ!!」
「や、闇ギルド……?」
ロングマンが勝ち誇ったように暴露し、マホが振り返って二人の顔を覗き見る。
その顔は、いつも通りのニコニコ笑顔とつまらなさそうな顔だった。




