第三百五十七話 マスターvs.アリア2
「ふっ……!!」
アリアは再び高速移動をして、マスターに迫った。
彼女からすれば、彼の身体に触れさえすれば勝ちなのである。
それだけで魔法は発動し、マスターの身体を崩壊させるだろう。
四肢の二つや三つを潰せば、彼を連れ帰ることだって容易なはずだ。
つまり、この戦闘はアリアにとって非常に有利なものとなっていた。
「うーん……じゃあ、これかなぁ?」
マスターはそう呟きながら、両手にそれぞれ武器を召喚する。
片手には竜殺しの槍、『レアンドル』。片手には生命力を食らう魔剣、『クラーラ』。
それぞれ、強力な能力を持っているものの、その使用には想像を絶するほどの魔力消費を必要とすることから、使い手がなかなか現れない代物である。
それを、マスターは同時に二つ使おうというのだ。
「いきます」
触れることはもちろん、近づくことすら魔剣から放たれる圧力で忌避したくなる。
だが、アリアにはそんなことは関係ない。
容赦なく、マスターに拳を突きつける。
「よっ」
マスターはそれを魔剣『クラーラ』で受け止めると、すぐに『レアンドル』で反撃する。
アリアはそれを殴りつけていない手で弾くと、今度は鋭い蹴りを叩き込む。
彼女の魔法は、拳だけに宿るのではない。
アリアの身体ならば、どこにでも展開することができる。
今度は『レアンドル』で受け止めるが……。
「むっ」
ピシッと嫌な音が鳴ったのを聞いて、マスターは蹴りの勢いに逆らわずに後方に飛ぶ。
そこでチラリと『レアンドル』を確認すると、崩壊するまではいかなくともヒビが入っていた。
『クラーラ』よりも細く、拳よりも力の強い蹴りを受け止めたのだから、それも当然かもしれない。
だが、これはただの槍ではなく魔槍である。その頑丈さは、他のものよりも数段上だ。
それを、一撃で使い物にならなくするとは……マスターはアリアに感心してしまう。
「やりました」
アリアはニヤリと笑って、さらにマスターに向かって手を伸ばす。
このまま、一気に押し切ろう。
そう思って彼の身体に手を伸ばし……。
「それは困るかな」
アリアの腕が肘から切り飛ばされた。
マスターは苦笑しながら、『クラーラ』を振ったのであった。
アリアは呆然となくなってしまった腕を見る。
「……今の剣閃、見えませんでした」
「多分、油断していたからじゃないかな?君がその気になっていれば、ちゃんと見えたと思うよ」
それはどうだろうか、とアリアはマスターを見る。
今、剣が動いたことすら見えなかった。
『救世の軍勢』メンバーが思っていたことを、アリアは思い知らされていた。
「……というか、この身体、リミルとかいう女のものですけど、こんなにバッサリと切っちゃって大丈夫なんですか?」
「確かに、リミルの身体を傷つけるのには抵抗があるけれど……。でも、それで君に何もできないでいたら、僕は拉致されちゃうだろうしね。リミルも、分かってくれるんじゃないかな」
確かに、リミルに聞けば『僕じゃないから全然いいよ。でも、ちゃんと治してね』と言うかもしれない。
だが、それなり以上に親しい人を、躊躇なく切り付けられるところに、マスターの異常性が垣間見えた。
これが、『救世の軍勢』メンバーだったら、もしかしたらマスターは攻撃を仕掛けられなかったかもしれない。
ただ、そうなると、彼女たちの中に入り込んだ者は死ぬよりも辛い未来が待ち構えているのだろうが。
「さて、これは僕の勝ち――――――」
「いえ、まだですよ、お兄様」
マスターの言葉を遮るアリア。
訝しげに首を傾げる彼は、ふと腕に違和を感じて……。
「……あれ?いつのまに……」
彼の腕は、歪に曲がって血を流していた。
「腕を切り飛ばされる直前に、ギリギリ手に触れられたようです。相打ちですね」
「……本当に気づかないくらいの接触だったのに、潰されちゃうんだね」
「それが、私の創った魔法ですから」
「うーむ……厄介だ」
アリアは、『救世の軍勢』のメンバーを相手していた時に手加減していた魔法を、全力で行使していた。
だからこそ、掠っただけでもこれだけの重傷を負わせることができたのである。
一方、激痛にさいなまれているはずのマスターは、いつもと変わらない穏やかな態度である。
一応、回復魔法をかけようとするが……。
「おや?」
魔法を行使しようとすると、バチッと拒絶されてしまう。
マスターは腕からポタポタと血を流しながら、不思議そうに首を傾げる。
「不治の力です。私のオリジナル魔法は、二段階なのですよ」
ドヤッと胸を張るアリア。
彼女はこのようなコミカルな動きをしているが、実際にこの魔法は非常に恐ろしいものである。
軽く触れただけでも人体を容易く破壊することができ、さらにその負った傷は回復することができない。
そんな能力を持つ女と、近接戦闘なんてできるだろうか?
「あの子たちには回復魔法が使えたんだけれど……」
「それは、別にそこまでしなくても勝てるからですよ。でも、お兄様は違います。汚い手を使わないと、私がボコボコにされるだけですからね。どんな手段でも使いますとも」
「そっか」
もし、このような力を『救世の軍勢』メンバーに使っていたら、それこそアリアの魂を殺さなければならないところであった。
幸運と彼女の賢明さに、マスターは内心で息を吐いた。
「ですが、これで不利なことはお分かりいただけたでしょう?降参して、私に連れ帰らせてくれますか?」
「うーん……やっぱり、それはできないかなぁ」
なるほど、確かに近接戦闘に分があるのはアリアだろう。
今のマスターは片腕を使うことができなくなった。
一方、腕を斬り飛ばされたアリアは再びくっつけていた。
違和感はあるし先ほどよりは十全に扱えないが、それでも四肢は健在である。
触れることすらできないという非常に厳しい前提条件があり、マスターは不利であった。
「だったら、距離をとって戦おうかな」
しかし、それは近接戦闘での話である。
マスターは一瞬で後方に移動し、魔法陣を展開する。
そこから出てきたのは、灼熱の火球であった。
「じゃあ、やろうか」
マスターの太陽魔法が放たれる。
一瞬で人を飲み込めるほどの大きさにまで成長した火球は、障害物となる全てを焼き尽くす勢いでアリアに迫る。
だが、非常に素早いというわけではない。
アリアはそれを避けるが……。
「きゃっ……!」
太陽魔法を避けても、炸裂した場所から凄まじい熱量と熱風がアリアを襲う。
地面がまるで小規模な隕石が落ちたかのように抉れてクレーターができ、地震が起きる。
この魔法を、彼女は一度見ていた。
「あの真祖の吸血鬼が使っていたような気もしますが……」
「まあ、あの子に教えたのは僕だからね。多少、ヴァンピールよりは強力なんじゃないかなぁ?」
マスターの言葉に、アリアは苦笑する。
多少どころではない。
大して力を溜める時間も必要とせず、ヴァンピール以上の威力の太陽魔法を使うことができるのは、脅威以外の何ものでもない。
「でも……」
ただし、アリアには余裕があった。
太陽魔法が、恐ろしく燃費の悪い魔法だということを知っていたからである。
ヴァンピールが早々にガス欠になったところを見ていた。
だから、そう何発も撃てないと確信して……。
「……え?なんですか、それ」
「なんですかって……」
アリアは目を丸くしてマスターを見る。
彼を囲むように、火球が展開していた。
一つや二つなら、まだ使えることも理解できる。
ただ、その十倍近い数の小さな太陽が、轟々と音を立てて今にも放たれんとして待機していた。
アリアの質問に、マスターは不思議そうに首を傾げて……。
「太陽魔法だけど?」
「その数を聞いているんですよ!」
マスターはその質問に答えず、いくつもの太陽魔法を放ったのであった。




