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第三百三十三話 空からの光

 










「あ、あぁ……」

「そんな……天使様のお力が……破られた?」

「う、嘘だ!ありえない!!」


 デニスが押し負け、地面に落ちる姿を目の当たりにした天使教徒たちは、阿鼻叫喚といった状況に陥っていた。

 教皇が敗北するということは、すなわち天使教が敗北したということ。


 しかも、聖具……つまりは天使の力を惜しみなく使って負けたということは、天使という存在を上回られたことになる。

 天使至上主義を掲げる彼らからすれば、それは受け入れがたいことであった。


「ほぉらぁ。そろそろあなたたちも起きなさい~。マスター教徒ならぁ、いつまでも天使風情の力で眠らされているんじゃないわよぉ?」


 そんな天使教徒の様子を満足そうに眺めていたアナトは、パチパチと緩く手を叩いて意識を失っているマスター教徒たちに語りかける。


「ん、んん……?」

「何で俺たち眠って……?」


 すると、続々と頭を抑えながら意識を取り戻していく。

 命を吸い取るほど強力な聖具であった『スカリオーネ』の波動を受けて、これだけ早く意識を取り戻すのは驚異的である。


 これは、彼らが人間よりも頑丈な魔族だからか、それともマスター教徒だからなのか……。


「あっ!教皇が倒れているぞ!?」

「い、いつの間に……!?」

「こ、これはいったい……大シスター様!!」


 起き上がった彼らは、地面に倒れるデニスの姿を見て大いに驚く。

 自分たちが眠っている間に、いったい何が起きたのか。


 彼らは指導者であるアナトに答えを求める。

 アナトは彼らをゆっくりと見まわして、時間をとってから口を開いた。


「マスター様のお力よぉ」


 ――――――!?


 こいつ、何を言ってやがる!?

 マスターの笑顔が凍りつく。


 デニスとの戦いでは、自分は何もやっていない。アナトが一人でボコボコにしていた。

 その戦果を、自分に押し付けてきた!?


「おぉっ!!」

「流石はマスター様だ!!」

「不甲斐無い私たちに代わって……なんて慈悲深いお方なの!!」


 ――――――!?


 さらに、マスター教徒たちの反応を見てマスターは戦慄する。

 なんて素直な子たちなんだ。迷惑だ。


「ふふ~。これでぇ、マスターへの忠誠心がマシマシねぇ」


 ニヤリと笑うアナト。

 明らかに、マスターの評価を上げるために、自身の功績を押し付けている。


 辞められるのであれば今すぐ魔王を辞めたいくらいのマスターからすれば、高い忠誠心は有難迷惑なのだが……。


「さぁてぇ……今から天使教徒たちを皆殺しにしましょうねぇ」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!』


 アナトはマスターの必死の笑顔の抗議を受けても意に介さず、次の行動を支持する。

 すなわち、マスター教が大陸を席巻するために障害となる最大の敵である天使教の撲滅。


 ここには、ゼルニケ教皇国に住んでいる者や、わざわざ他国から義勇兵としてやってきた信仰心の篤い天使教徒たちが集まっている。

 それらを皆殺しにすれば、間違いなく天使教は衰退するだろう。


 マスター教徒たちは威勢よく襲い掛かろうとして……。


「ま、待ってください……」


 そんな彼らに待ったの声をかけたのは、ボロボロになりながらもなんとか立ち上がった教皇デニスであった。

 聖具を複数使ったことや、アナトの『ファンデルフ』によって心身ともにひどく耗弱しているはずなのに、信徒たちの危機と知って身体に鞭を打って立ち上がったのであった。


「あらぁ、まだ生きていたのねぇ」


 そんな彼を見ても、アナトの冷めた目は変わらない。

 天使を信仰する者は、どのような聖人でもゴミと同じなのだ。


「ど、どうか信徒たちを許してあげてくださりませんか……?わ、私の首一つでなんとか……」


 デニスの申し出にぎょっとしたのは、マスターたちではなく天使教徒たちであった。


「デニス教皇!?」

「そんな……っ!私たちはあなたを犠牲にしてまで生き残りたくありません!!」


 悲痛な叫びがデニスの耳に聞こえてくる。

 信徒たちに模範的な天使教徒であると尊敬されていたデニスを犠牲にすることは、彼らにとってかなり難しいことだった。


 彼はそんな声を嬉しく思いながらも、首を横に振る。


「いえ、これが最も良い手段なのです。誰かが生き残り、天使教を存続させなければなりません。そのためには、最も価値のある私の首で事を治めてもらうほかないのです。理解してください」

「デニス教皇……!!」


 穏やかに微笑むデニスを見て、感動したように声を上げる天使教徒たち。

 そんな姿を冷めた目で見ていたのは、アナトたちである。


「いやぁ……どっちにしろ皆殺しは決まって……あらぁ?マスター?」


 非情な宣告をしようとしていたアナトを、マスターが唐突に抱き寄せる。

 いつも通り余裕のありそうな声音だが、実際彼女の胸はドキドキである。


 まさか、ついにマスターが自分を……?

 それにしても、こんな所でなんて……と勝手に盛り上がっていやいやと身体をひねるアナト。


 しかし、マスターはそんな彼女を見ずに、微笑みながら空を見上げていた。


「うん?これは……」

「マスターの防壁ですね」

「何かあるのかしら?」


 そして、自分より少し離れて抱き寄せることができなかった『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーの頭上には、マスターがかなり頑張って魔力を込めた強固な魔力壁が現れた。

 何か異常事態でも起きたのかと思う彼女たちであったが、マスターの防壁に守られているため絶対的な安心感があった。


 マスターが彼女たちの安全を確保した、次の瞬間だった。


「――――――!?」


 空から、光が落ちてきた。

 それは、優しくて温かいものなどではなく、冷たく人の命を奪う攻撃的なものであった。


 その光が、何条も空から降り注ぐ。

 それらが地面に激突すると、大きな爆発を発生させた。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「そ、空から何かが……うわぁぁぁっ!!」


 被害にあっているのは、マスター教徒だけ天使教徒だけというわけではなく、この戦場にいる全ての人々だった。

 爆発に吹き飛ばされる人間や魔族。まさに、天災がここにだけ襲い掛かってきているようだった。


「うぐぅっ!?こ、これは……!?」


 デニスも吹き飛ばされながら、天を見上げる。

 彼には、心当たりが一つだけあった。


「マスター……」


 一方、マスターの防壁によって守られている『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーには、何の被害もなかった。

 うっとりとした目で見つめてくるアナトを見返し、無事でよかったと微笑むマスター。


 ギルドメンバーの安全を確認した彼は、目を魔王軍に向ける。


「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 一人の魔族が、何かに躓いてこけてしまう。

 そこを狙うように、光が降り注いできた。


 もうダメだと、彼が目を瞑る。

 だが、いつまでたっても吹き飛ばされたりしないので、不思議に思って目を開けると、彼を覆うように巨大な魔力の壁が出来上がっていた。


 いや、彼だけではない。

 必死に逃げ惑っていた魔族たちを覆い包むように、強固な魔力壁が大展開されていたのであった。


「こ、この壁は……!」

「マスター様よ!マスター様が、私たちを助けてくれたの!!」

「おぉぉっ!!」


 感謝の念を送ってくる魔族たちに、マスターは優しく微笑む。

 最優先されるのは『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバーなのだが、余裕があったので魔王として彼らを助けたのであった。


 しばらくすると、その光も収束していった。

 もう大丈夫であることを確認して、マスターは魔力壁を解除する。


 膨大な魔力量を持つ彼でも、流石に広大な範囲強力な攻撃を防ぐほどの魔力壁を展開するのは、少々疲れてしまった。

 ふーっとため息を一つ吐く。


「なに?あんたたち、自爆技でも使ったの?」


 マスターに頬を染めながらお礼を言った後、クーリンはデニスに問いただす。

 気持ちは分からないでもない。きっと、自分も追い詰められてマスターの危機になったのであれば、似たようなことをするだろうから。


 しかし、デニスは信徒たちを、信徒たちはデニスを、ひどく信頼し合っていたように見えたため、このように天使教徒も犠牲になるようなことをするとは思わなかった。


「ち、違います……これは……!!」

「……ちっ」


 その問いかけを、デニスは否定する。

 そして、マスターに助けられながらこの攻撃を見ていたアナトは、小さく舌打ちをした。


「ふむ。どうやら、あまり減らすことはできなかったようだな」


 そんな美しい声が聞こえた。

 声を聞くだけで、自然と幸福感が生まれるような美しさだ。


 それは、空から聞こえてきた。

 戦場にいた全ての人々が、空を見上げる。


 そこには、白い翼を持つ神々しい青年がいた。


「天使様!!」


 そして、デニスはその存在の名を呼ぶのであった。



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