第三十三話 聖剣の一撃
突如として現れてロングマンを吹き飛ばしたオーガを見て、勇者パーティーの面々は硬直してしまっていた。
見るからに強そうだし、魔物を見慣れていないはずのマホとユウトは、驚愕と恐怖に身をすくめてしまっても不思議ではない。
しかし、この世界で生まれ育ってきた現地人であるはずのメアリーもまた、身体を固まらせてしまっていた。
彼女の場合は、ユウトやマホと違って知っているからこそ怖いのだ。
この世界にいれば、オーガの強力さや残忍さはよく耳に入ってきてしまう。
「ゴアアアアアアアアアアアッッ!!」
そして、オーガはそんな隙だらけの獲物を見逃すほど優しくはない。
目を見開いているメアリー目がけて大地を踏み鳴らしながら走りだし、大雑把な作りのこん棒を振り下ろしたのであった。
「あ……」
メアリーは動くことさえできないでいた。
もともと、彼女個人は戦闘に特化しているわけではない。
ユウトのように、近距離から繰り出される敵の攻撃を避けたりなど、できるはずもなかった。
「はふぅ……」
ララディはマスターにしがみつきながら、そんな光景をどうでも良さそうに見ていた。
オーガがマスターに襲い掛かっていたらズタズタに引き裂いていたが、他の者なら別にどうなってもいい。
一時パーティーを組んだのに非情だと思われるかもしれないが、そもそもこれ以上に付き合いが段違いに長い『救世の軍勢』のメンバーが相手でさえ常日頃から殺害計画を綿密に立てているのだから、何もおかしくない。
マスターと自分以外は、大した興味対象にならないのである。
しかし、そんな彼女であるが、ふっと身体を動かす人間を視界にとらえた。
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」
恐怖で身を動かせなくなっても仕方がない状況で、オーガとメアリーの間に割り込んだのはユウトであった。
強靭な力で振り下ろされたこん棒を、剣を巧く使って受け流す。
ロングマンのように、馬鹿正直に正面から受けていたら、剣を折られてそのまま叩き潰されていたか、遠くへ吹き飛ばされていただろう。
まだ、未熟であるが、勇者としての力を存分に見せていた。
「(ふー……やっぱり、勇者は成長スピードが半端ないですね。大したことがなかったら、監視から外れることができるんですけど。そして、その余った時間はマスターとの……っ!)」
ララディがギュっとマスターに抱き着きながら頬を染めている間にも、状況は動いていく。
ユウトに受け流されたオーガのこん棒は、獲物ではなく地面に激しく衝突し、盛大に砂煙を上げた。
「メアリー!ロングマンの所に行って、回復させてきてくれ!」
「わ、わかりました!助けてくれて、ありがとうございました!気を付けてくださいね!」
メアリーはユウトの指示を受けて、最初にオーガの攻撃を受けて戦線離脱しているロングマンが吹き飛ばされた場所へと向かう。
こうして、あっという間に勇者パーティーは半分の人員が戦闘から離脱したのであった。
ララディはそんな彼らを見て、『救世の軍勢』とマスターの脅威にはなりえないと判断する。
『勇者担当』は彼女だが、今の実力のままならわざわざ担当を置く必要も感じられない。
しかし、勇者たちの真骨頂は、その成長スピードの異常なまでの速さである。
ふと目を離した隙に一気に成長している可能性もあるので、どうしても担当から外れることは出来なさそうだ。
「マスターさん!すみませんが、手助けをお願いします!」
「はぁっ!?」
ユウトの援護要請に、ララディはふざけるなといった気持ちになる。
マスターを使おうだなんて、不敬にも程があるだろう。
そう怒鳴りつけてやろうとしていたのだが、当のマスターがあっさりと了承してしまう。
まさか、思ってもみなかった結果に、ララディは数瞬の間固まる。
「(ま、マスターはお優しいですからね)」
マスターにしがみつきながら、うんうんと頷くララディ。
自分がマスターと違った判断をしていたことは、これで有耶無耶にしようという魂胆だった。
口にしていないのだから別にいいのではないかとも思うが、心の中でもマスターと違った考えをしていたことは認めたくないのである。
砂煙がふわっと風で流され、オーガの姿が再び露わになる。
「アース・バレット!!」
それと同時に、マホの魔法がオーガ目がけて突き進む。
当たれば間違いなく大きなダメージを与える土の塊は、オーガの振るったこん棒によって見事全弾打ち落とされてしまった。
「嘘……」
信じられないといった様子のマホ。
戦闘経験が少ない異世界から来た少女は、明らかに今までの魔物とは違うオーガに愕然とする。
それを見逃さないオーガは、メアリーのときと同じようにマホに襲い掛かる。
「(よっしゃあ!やっちまえです!)」
マスター以外どうでもいいララディ。
しかも、狙われているのが最近マスターを見る目が変わってきた新たな敵となると、なおさらどうでもよくなる。
というより、むしろ死んでほしい。
「!?」
だが、それは自分がしがみついている愛おしいマスターが防いでしまう。
濃密な魔力が練りこまれた弾を、オーガに放つ。
最初はマホの魔法の時のように打ち落とそうとしていたオーガであったが、その異常なまでに込められた魔力を見て、ゾッと背筋を凍らせる。
即座に先ほどまでの考えを捨て、凄まじい脚力で大ジャンプを披露する。
マスターの放った魔力弾はオーガに当たることなく、木々を粉々にしながら消えて行った。
「…………」
オーガはズシンと地響きを生じさせながら着地し、ニコニコと笑っているマスターをギロリと睨みつける。
オーガはこのパーティーの中で最も危険なのはマスターだと判断したのだ。
だが、その判断はすぐに変更させられる。
マスターを睨みつけてしまったことで、彼に引っ付いているララディが過剰なまでに反応し、オーガを、殺気を込めて睨みつけたのだ。
マスターを睨みつけるなんて、肉片に変えてやる……。
オーガの未来が決まった瞬間だった。
「た、助かったわ。ありがとう」
マホはほっと一息ついて、マスターを見る。
彼は相変わらず優しげに微笑んで、彼女を見返した。
戦闘中だというのに、胸がドキドキと高鳴り始めたので、慌ててオーガに視線を戻す。
そんな彼女を、煩わしそうに見つめるのがララディであった。
「行くぞっ!!」
ユウトの声を皮切りに、再び戦闘が始まる。
彼は身を低くしながら走りだし、横に回り込んで斬りかかる。
オーガも素早く反応し、向かってくる獲物を叩き潰そうとこん棒を振るう。
「おぉっ!!」
ユウトはその攻撃をするりと身体をひねって避け、オーガの身体を斬りつけた。
「か、硬……っ!?」
だが、ユウトの攻撃はオーガの皮を斬った程度のダメージしか与えられなかった。
オーガの皮膚はもともと非常に硬く、半端な攻撃だとあっさりと弾き返してしまう。
平和な異世界から来たユウトが薄皮であろうと斬ることができたのは、強力な聖剣を使っているからに過ぎない。
本来であれば、逆に手や剣にダメージがいっていただろう。
「ゴアアアアッ!!」
「うぐぁっ!!」
オーガは斬りつけられた怒りからか、さらにスピードが上がった。
鼻息荒くこん棒を振るい、ユウトを吹き飛ばす。
この攻撃も避けて直撃こそ負わなかったものの、衝撃で身体を地面に横たわらせる。
ようやく大人しくなった獲物を見て、オーガは獰猛な笑みを浮かべる。
だが、笑みを浮かべたのはユウトもまた同じであった。
「今だ、マホ!!」
「ええ!」
ハッとオーガは、獲物の一人であるマホが魔力を昂らせていることに気が付いた。
ついつい怒りで周りが見えなくなっていたが、マホは先ほどからずっと攻撃するための魔力を集めていたのだ。
「アース・ニードル!!」
オーガが踏みしめていた大地が、面白いくらい簡単に形を変える。
そして、マスターの魔力弾を避けるほどの反射神経を持つオーガが反応できない速さで、土が巨大な棘となって襲い掛かる。
それでも、オーガの身体を貫くことはできなかった。
「本当に硬いわね!だったら、脚を止める……っ!!」
ユウトの持つ聖剣でも大したダメージを与えられなかったのだから、この結果は当然かもしれない。
しかし、すぐにマホは土の棘でオーガを串刺しにしようとする考えを変え、複雑に交差させてオーガを動けなくした。
これには、攻撃が効かなくてニヤニヤと獰猛に笑っていたオーガも面喰う。
「ガァァァァァァァッ!!」
「ひっ……」
強烈な咆哮を上げて、マホを睨みつけるオーガ。
その怒気と圧力に、マホは小さく悲鳴を上げる。
精神力が消耗して、魔法がうまく維持できなくなってしまう。
「マスター……」
だが、そんな彼女の肩にポンと手を置く彼がいた。
マスターは強力な魔物に睨みつけられてもニコニコとした穏やかな笑顔を変えることなく、マホを優しく見下ろしていた。
彼に引っ付いているララディは、うるさそうに耳を塞いでいる。
その、あまりにもいつも通りな二人を見て、マホは怯えている自分が馬鹿らしく思えた。
「大体、あんなうるせえだけのヘンテコ魔物に、怯える必要なんてないですよ。ささっと倒しちゃってくださいです。うるさいです」
「……ふふ、そうね」
これは、ララディなりの応援の言葉だとマホは受け取った。
もちろん、ララディは応援のつもりなんてまったくない。全部本心である。
もし、マホにできないのであれば、自分でオーガを虐殺するつもりであった。
「あんた、さっきからうるさいのよ!」
「ゴァァァァァッ!?」
だが、奮い立ったマホはオーガに向かってアース・バレットを飛ばす。
その土の塊は、巨大な棘に阻まれて自由に動くことのできないオーガの顔面に直撃した。
人間なら一撃で死んでいるはずの威力だが、硬い身体を持つオーガは首を大きく仰け反らせただけで済んだ。
しかし、いくら硬くても目まで硬いというわけではない。
マホの攻撃で、オーガは右目を開くことができないダメージを負っていた。
「グゥゥゥゥゥゥゥ……ッ!!」
恨みと怒りが濃密に込められた視線がマホに向けられる。
その圧にマホは後退してしまいそうになるが、すんでのところでマスターの服を摘まんで踏みとどまる。
「おい、何触ってやがるですか」
今はララディの言葉も無視である。
本来、怖がりなマホならオーガのような強力な魔物に睨みつけられることなんて、進んでしようとはしないだろう。
だが、オーガを倒すための手段となれば、嫌でもするしかない。
「ここまでお膳立てはしたわよ、ユウト」
「うん」
マホが視線を向ける先には、吹き飛ばされたダメージから回復したユウトが立っていた。
聖剣を構え、目を閉じている。
すると、その聖剣が光り輝き、強い魔力を放つ。
オーガもマホから視線を外し、ユウトを凝視する。
「これが、僕の今出せる最高の技だ」
光り輝く聖剣を掲げ、目を開くユウト。
聖剣に纏っている光がその光力をさらに増し、比較的薄暗い森の中が日光に照らされているように明るくなる。
「ガァァァァァァァァァッ!!」
その光を脅威と見て、オーガは猛然と暴れ出す。
逃げなければならない。
その考えだけを元に、動きを妨げる土の棘を次々と破壊していく。
「させないわよっ!!」
しかし、マホもそう簡単に逃がしはしない。
オーガが棘を破壊するスピードよりもさらに速く、棘の量を増やしていく。
オーガが暴れて一つの棘を破壊すると、二つの棘が大地から伸びてくる。
次から次へと壊しても現れる棘に、オーガは激しく怒りを覚える。
「くらえ、魔物!!」
オーガがハッと気づいたときには、もう遅かった。
ユウトの振り下ろした聖剣から、圧倒的な光の粒子が溢れ出す。
「ゴアアアアアアアアアアアア……―――――ッ!!」
オーガは莫大な光の波にのまれていったが、最後まで恨みの叫びを上げ続けていたのであった。




