第三十二話 魔物の正体
村の人たちに頼まれて魔物を討伐することになった勇者パーティー。
そして、それに引っ付いている僕とララディ。
本当なら、村まで同行という話だったんだから付き合う必要はないのだけれど、まあ魔物討伐くらいならお返しとしてお手伝いしたい。
それでも、ララディが嫌がれば断らせてもらうつもりだったけれど、嫌がるどころか嬉しそうだからユウトたちに付いてきたというわけだ。
そんな勇者パーティーと闇ギルドの混合チームは、魔物が出るという村の近くの森の中を歩いていた。
村の人たちを困らせる魔物はこの森に住みついており、近くの道に人が通ると森から現れて襲い掛かってくるらしい。
「すみません。オークに続いて、また巻き込んでしまって……」
いや、大丈夫だよ……多分。
やっぱり、どのような魔物かわからないというのは、少し懸念要素だけれど。
まあ、僕はともかくララディがいれば万が一のこともないさ。
これは、勇者パーティーであるユウトたちは知らないことだけれどね。
僕は申し訳なさそうに謝るユウトに、笑顔を向ける。
ほらー、怒っていないよー?
「ふんふふーん♪」
僕にしがみついているララディはとてもご機嫌な様子だ。
耳元で、楽しげで可愛らしい鼻歌が聞こえてくる。
ララディがイライラしていたらあれだったけれど、こんなに機嫌が良さそうだから僕から言うことは何もないよ。
「別れるの、延びちゃったわね」
僕の隣で歩いているマホが、見上げてきながらそう言ってくる。
その声が少し弾んでいるのは、僕の気のせいだろうか?
僕も頷いて笑顔を浮かべていると、何故かララディが過剰なまでに反応する。
「はんっ!お前とマスターが別れるのは確定事項です。後少し、マスターと一緒に過ごせるという栄誉を、せいぜい楽しむがいいです」
「ええ、そうするわ」
僕にしがみついているため、マホを見下ろすことができている小さな身体のララディ。
彼女は視線だけでなく声音でもマホを見下しながら、攻撃的に言ってのける。
ララディ、やけにマホに対して棘があるけれど、何かあったの?
深く考えるとまた僕の胃が痛くなりそうなので、別のことを考える。
それにしても、勇者パーティーと闇ギルドの混成パーティーかぁ……夢の協力だね。知られていたら、絶対にできないチームだけれど。
何も知らない村人たちや、僕たちを目の仇にしている王国が見たら驚くだろうなぁ。
まさか、勇者と一緒に行動しているのが、懸賞金がかけられて討伐隊が送られてくることもある闇ギルドだっただなんて。
下手をしたら、村の人たちが王国にとっ捕まっちゃうことだって有り得る。
……僕たちの素性を誰にも言うつもりはもとよりなかったけれど、余計そういった気持ちがなくなった。
「マホぉ……。まだ、索敵魔法に引っ掛からねえのかよぉ……」
「まだよ。魔物の反応はないし、もっと歩くことになりそうね」
「マジかよぉ……」
けだるそうに聞いてくるロングマンに、マホはピシャリと返事をする。
ロングマンは前衛で、しかもユウトと違って攻撃を受けるタンクの役である。
敵の攻撃を速さで翻弄して避けるのではなく、強固な防御で攻撃を受け止めることが彼の仕事だ。
そうして、敵が怯んだ隙にユウトが攻撃を加えるというのが彼らの戦術なのだけれど、そのためロングマンの装備はどうしても重装備となってしまい、舗装されていない森を歩くには向いていない。
このチームの中で、一番疲労が激しそうなのがロングマンである。
ララディも歩くことが苦手なので、あまり体力がなさそうだけれど、僕にしがみついているから何の問題もない。
……娘みたいに思っていて可愛いから口に出さないけれど、結構キツイ……。
一方、ユウトは前衛ながら動きやすさを重視した軽い装備なので、ロングマンよりも断然動きやすそうだ。
「はぁ、はぁ……。どこにいるんだよ、その魔物って。しんどいし、もう帰りてぇ……」
ロングマンが面倒くさそうに言った、その時だった。
「―――――ッ!?ロングマン、避けて!!」
「あん?」
マホが声を張り上げてロングマンの名を呼んだ。
彼は疲れている上に怒鳴られて、煩わしそうに彼女を見た。
「……気づくの、遅いですね」
僕の耳元で、ララディが呆れたような色を込めながらも、のんびりとした口調でそう呟いた。
そのすぐ後、ドッドッドッドッと重たげな腹の奥底まで響いてくるような音と共に、軽い地響きが起こる。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
そうして、耳が張り裂けてしまいそうな雄叫びと共に、その魔物は木々をなぎ倒しながら姿を現した。
その魔物は持っていた無骨なこん棒を、現れた近くにいたロングマン目がけて猛烈な勢いで薙ぎ払った。
「うおおおおおああああああっ!?」
そこらの人間なら何も反応できないであっさりと殺されていたような攻撃。
だが、ロングマンも女の子にだらしないことはさておき、流石は勇者パーティーでタンク役を務める男。
その攻撃は不意打ちであったが、何とか巨大な剣を持ち上げ、猛然と迫りくるこん棒に当てて直撃を回避する。
だが、力自慢のロングマンでもその攻撃の威力を完全に受け止めることはできなかった。
その勢いのまま、森の奥へと吹き飛ばされてしまった。
「やったですか!?」
ララディ、ロングマンは味方だから。
それに、そんなことを言ったら間違いなく無事だよ。僕の経験則上はね。
吹き飛ばされはしたが、ロングマンはダメージこそ負っていても致命傷まではいかないだろう。
ちゃんと攻撃は防いでいたし、衝撃は吹き飛ばされたことでうまく分散してくれたはずだ。
僕はロングマンを心配するよりも、悠然と立っている魔物を見る。
「そ、そんな……。まさか、この魔物がこんな場所にいるだなんて……」
異世界から召喚された者で構成されている勇者パーティーの、唯一のこの世界の人間であるメアリーが、目を見開いて絶望を露わにする。
あー、確かに。こんなところで見るような魔物ではないよね。
僕も久しぶりに見たよ。まあ、引きこもっているから野生のゴブリンやオークを見るのも久しぶりだったわけだけれど。
その魔物は、ほんの少しオークと姿が似ていた。
だが、じっくりと観察するとやはり見た目も強さも別次元の魔物であることがハッキリと分かる。
真っ赤な皮膚は、同じ赤でも燃えるようで暖かいクーリンの髪と違って、鈍い色を放って毒々しい。
ぬぼっとした顔つきをしたオークと違って、鬼のように鋭い顔をしている。
目は血走っているし、牙はオークよりも尖っていて非常に危なっかしい。
肥満体系なオークと対照的に、魔物の筋骨は隆々としており、がっちりとしたロングマンをあっさりと吹き飛ばしたことからもその力の強さが分かる。
「ゴアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
再び、魔物が猛々しい雄叫びを上げる。
この魔物の名は、オーガ。
数多く存在する魔物の中でも相当強力だとされる魔物が、僕たちの前に現れたのであった。




