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第三百十八話 使節団の末路

 










 ぐちゃり……ぐちゃり……。

 そんな粘っこい音と共に、僕の目の前では凄惨な殺人事件が現在進行形で行われていた。


 一方的に攻撃を受け続けているのはムラトフ。ゼルニケ教皇国から派遣された使者なんだけれど、いきなり襲い掛かってきたので僕たちと戦闘になった。

 ……まあ、戦闘と言えるものだったのかは疑問だけれども。


 そして、一方的に攻撃をしているのはアナトである。

 楽しそうに笑いながら、シスター服を返り血で染めながら金砕棒を振るっている。


 バイオレンスシスター、やり過ぎである。

 何度も金砕棒で殴りつけられ、ムラトフの顔面は血で真っ赤になってしまっている。


 顔はまだマシで、身体……とくに下半身などは見られたものではない。

 もう……ぐっちゃぐちゃである。


 幸い、ここにいるメンバーの中でグロ耐性がない子はいなく、皆この拷問を平然とした顔で見ていたけれど……僕が少々気持ち悪くなるほどだ。


「ひっ……ひっ……!」


 あ、一人いた。僕とソルグロス、シュヴァルトではない。もちろん、ニコニコ笑顔で金砕棒を振り続けているアナトでもない。

 ゼルニケ教皇国から派遣された使者団の中で唯一生き残っている、異端審問官の少女である。


 彼女は僕に襲い掛かってきてアナトに殴り飛ばされてから、鼻血を垂らしながら壁にもたれかかったままだ。

 ……まあ、仲間をこんな風に惨殺されれば、怯える気持ちも分かる。


 といっても、何の負い目も感じていないけれども。

 最初は悲鳴を上げていたムラトフであるが、もはや何の声も漏らさない。


 ただ、目元の涙の痕だけが、彼の味わった苦痛を証明していた。

 アナトが回復魔法をかけているとはいえ、それは全快を目的としたものではない。


 ゆっくりと回復していたところを、また傷つけられるのである。

 その苦痛といったら、僕の想像をはるかに上回ることだろう。


 彼は、天使教に対して非常に忠誠心が高いように見えた。普段もしっかりと教義を遂行していたのだろう。

 そんなムラトフが、このように拷問すら生ぬるいような仕打ちを受けているのを見て、いくら頭のぶっ飛んでいる天使教徒とはいえ、少女が怯えないはずがなかった。


「あらぁ?あまり反応しなくなったわねぇ。……もういいわぁ」


 アナトは振るっていた金砕棒を止めて、残念そうに頬に手を当てる。

 そこにも血が付いているから怖い。


 それにしても、ようやく終わるのか。

 あのあたり、血で凄いことになっている。……掃除、できるのだろうか?


「――――――…………」

「はい~?何か言ったかしらぁ?」


 アナトはそう言って耳をムラトフの口元に近づけていく。

 ここからではまったく聞こえなかったけれど、彼が何かを言ったのだろう。


 あまり不用意に近づくのは危険だと思うけれども……まあ、ここまでされて反撃できるはずもないか。


「……こ……ろ、せ……」


 ムラトフのかすれた声が聞こえてきた。

 悲鳴を上げる際に絶叫しすぎたため、喉も潰れているようだ。


 あまりの苦痛に、もはやこれ以上生きることはできないと考えているのか。

 うーん……この所業は闇ギルドらしいけれど……。


「殺してほしいのぉ?」

「…………」


 アナトはつまらなさそうな顔から一転、ニコニコと笑い出してムラトフに問いかける。

 うわー……こんなシスター嫌だ……。


 彼女はムラトフにぐっと顔を近づけて、クスリと微笑む。


「だぁめぇ」


 えぇ……まだこれ以上何かするの……?

 一切表情を変えることのないムラトフが、一瞬ピクリと動いたような気がした。


「これから戦争になるんだものぉ。あなたの言いようだとぉ、ゼルニケ教皇国は戦争の準備も始めているんじゃない~?それを知るためにもぉ……ソルグロスぅ」

「おっ、ようやく出番でござるか」


 僕の身体に密着していたソルグロスが、アナトに呼ばれてウキウキとした様子で歩いていく。

 彼女もムラトフの側にかがむ。


「これから、拙者の指をムラトフ殿の耳から脳みそに直接突っ込むでござる。そこから、ムラトフ殿の持つ情報を無理やりいただくでござるよ」

「…………っ」


 ソルグロスの言葉に、ムラトフの目に光が灯る。

 明らかな怯えの色もあるけれど、それよりも焦りの色の方が濃かった。


 自分のことよりも、天使教のことを考えたのだろう。

 本当、天使教徒って狂信的なまでに天使教に尽くそうという人が多いよね。


 ……それが、カルトじゃなかったらもっと良かったのに……。


「ゃ……ゃめ……」

「ダメでござる。はーい、ぐちゃぐちゃー」

「あがっ!?あっ、あっがががががががががっがががががががが……っ」


 ムラトフの制止の声なんて、ソルグロスが聞くはずもない。

 彼女の手がぐにょりと変形し、スライム状の手がぬりゅりと彼の耳の中に入っていった。


 すると、まるで壊れてしまったからくり人形のように、ムラトフは白目をむいて口を開け、ガクガクと震えだした。

 うわぁ……。


 チラリと視線を向けると、異端審問官の少女がガクガクと震えていた。

 次は、自分の番だと思っているのだろう。


 自分の仲間を、生き地獄のように痛めつけられた後にこの拷問だもんね。怖くないはずがない。


「ふぅ……頑張りましたぁ」


 アナトは汗を拭くように気楽な感じで返り血を拭いて、ニッコリと笑いかけてくる。

 ……これは、褒めてくれと暗に言っているのだろうか?


「えへへぇ……久しぶりのナデナデは嬉しいですねぇ」


 褒められることではない。

 世間の皆様に見せれば、多くの人が顔を背けるようなことだ。


 ……でも、ギルドメンバーに期待するような目を向けられたら、僕は断れないんだよなぁ。

 がたっ……と音がした。


「おやぁ?」


 音を出してしまった異端審問官の少女の方を、アナトはぐるりと首を動かして見る。

 ムラトフを徹底的に痛めつけたシスターが、ニッコリと微笑みながらじっくりと見てくるのである。


 少女の恐怖はいかほどのものだろうか。


「そうねぇ。まだ生き残りがいたわねぇ」

「こっ、殺しなさい!私もムラトフ様と一緒!天使様のために死ねるなら、ほ、本望よ!」


 ゆっくりと近づいてきて、ついに正面にアナトが立つと涙を目にいっぱい溜める少女。

 しかし、恐怖の象徴が目前に迫っても、その気丈さは未だ保たれていた。


 ……本当、天使教徒って尽くす人が多いよね。

 天使教がカルトでなかったら、美しい忠誠だと僕も拍手できるというのに……。


「いいえ~……あなたは殺さないわぁ」


 アナトの言ったことに、少女も僕も目を丸くする。

 おや、遠慮なく殺すと思っていたのに……僕としてはアナトが人を殺さないことは嬉しいのだけれども。


「アナト……」


 シュヴァルトが非難するような目でアナトを見る。


「もちろん~、この子がマスターに襲い掛かったことは許されることではないわぁ。でもぉ、この先の戦争のためにこの子は利用できるのぉ」


 利用……?

 ……というか、もうゼルニケ教皇国との戦争は決定事項なんだね。


 ヴァスイル魔王国の国民は、戦争を認めるかなぁ……?

 僕としては、認めてほしくないのだけれど。


 そんなことを考えていると、アナトがニッコリと少女に微笑みかける。


「あなたにはぁ、天使教からマスター教に改宗してもらうわぁ。そこでぇ、擦り切れるまでマスターのために尽くすことがあなたの贖罪よぉ」

「ば、馬鹿にするな!私が尽くすのは天使様のみ!わけのわからない魔王などに、私の信仰は捧げられない!」


 少女はキリッとした顔つきで強く反発した。

 うんうん、君みたいな子が、いつかマスター教をどうにかしてくれることを願うよ。


 異端審問官にまで上り詰めただけあって、少女はまだ年若そうだけれど天使教への信仰の深さはなかなかのものだ。

 アナトは無理やり彼女をマスター教徒に仕立て上げようとしているようだけれども、そう簡単にいくかな?


 ……しかし、アナトはどうしてこの子をマスター教徒にしようとしているのか。

 戦争のために役立てる、と言っていたけれども、この子を使って何かをしようとしているのだろうか。


 うーむ……わからない。


「ふふ~。いつまでその健気な姿勢を保つことができるかしらぁ?」

「ひっ……!」


 アナトはララディを洗脳するという前科がある。

 さらに、勇者パーティーの魔法使いであったマホを引きずり込んだこともあり、そのマインドコントロール能力はなかなかのものだ。


 いくら、強い信仰心を持っている天使教徒とはいえ……。


「じゃあ~、行きましょうかぁ」

「ひっ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ずりずりとアナトに引きずられていく異端審問官の少女を、僕は見送ることしかできなかった。

 頑張って!マスター教の思想に取り込まれないようにしないといけないよ!



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