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第三百五話 最悪の予兆

 










 アナトの提案があってから、数週間ほどが経った。

 なんだかんだ言って、書類仕事はなくならなかった。


 あの時終わらせたのは悪魔による騒動の書類であって、それ以外の通常業務の書類はどんどんと溜まっていったんだよね……。

 それを、つい先ほどようやく終わらせることができた。


 クランクハイトは以前に言ってくれたように手伝ってくれたから、とても助かったよ。


「マスター!暇ですの!?」


 バンっと強く扉を開けて乱入してきたのは、真祖の吸血鬼であるヴァンピールだった。

 うん、暇だけれど……。


 君はもう少し女性らしさを身に着けた方がいいかもね……。


「……?わたくし、そこそこ胸はありますわよ?」


 そうじゃない。

 どうしてスタイルの良さで女らしさを強調しようとするんだ。


「あー、お説教は聞きませんわ!」


 両手で耳を塞ぎ、あーあーと声を上げるヴァンピール。子供か。

 おバカなのは分かっていたけれども、もうこの子も数百年生きているんだから、もっと大人らしい態度をとってほしいものだ。


 なかなか嫁に行かないんだから……。

 あぁ……そのことを考えると、もっと言った方がいいかもしれない。


「そ、それよりも、マスター!暇なら、わたくしと外を出歩きませんこと?」


 僕の顔を見て何かしら嫌な予感でもしたのだろうか、汗を垂らしながら慌ててそんなことを提案してくる。

 いつも笑顔の僕の顔を見てそう察知できるのは凄いことだけれども……僕は思わずじとっとした目を向けてしまう。


 しかし、仕事が終わったのも事実。

 一度、どれほど復興したのか王都の様子も見てみたいと思っていたし、行こうか。


「やりましたわ!他のメンバーを出し抜いた甲斐があったというものですわね」


 ヴァンピールはグイグイと僕の腕を引っ張る。現金な子だなぁ。


「さっ、行きましょう、マスター!」


 とはいえ、この子が元気に笑ってくれていると、僕も笑顔になれる。

 悲しんでいるよりも、楽しそうにしてくれている方がいいよね。


 僕はヴァンピールに腕を引っ張られながら、そんなことを考えていた。











 ◆


 王都の出店が出ている市場を回っていると、大勢の人がいることがわかった。

 大分、復興できているねー。活気が戻ってきている。


 このあたりは最優先で復興したから、その甲斐があったというものだ。


「そうなんですの?」


 復興ってなに?とばかりに首を傾げるヴァンピール。

 いや、君も割と破壊しちゃったんだから、興味は持っておいてよ……。


「うーん……でも、マスター以外のことは割とどうでもいいですし……」


 てへへっと微笑むヴァンピール。

 はは。…………吸血鬼領の領主がこんな子で大丈夫なのだろうか。不安だ……。


 僕が魔王になってから、旧魔王軍とは敵対的だった吸血鬼領とも非常に友好的な関係を築けている。

 もはや、同盟とも言えるほどではないだろうか。


 まあ、トップ同士が闇ギルドの構成員だからスムーズだったんだけど。

 そのことを考えると、ヴァンピールが吸血鬼領の領主になってくれたことは良かったんだけれどね。


「さっ、マスター。そんなことを気にするより、何か出店で買って行った方が下々のためになりますわ!何か買いましょう」


 そう言うヴァンピールの目は、出店の美味しそうな果物に注がれていた。

 なるほど、確かにそうかもしれない。まあ、自分が食べたいだけなのかもしれないけれどね。


 僕は苦笑しながらも、その出店の店主に声をかけるのであった。


「らっしゃい!……おっ、魔王様じゃねえか!」


 僕の顔を見て笑ってくれる店主。

 一応、僕は魔族ではないのだけれども、彼はそんなことは気にしないようだ。


 僕は少し嬉しく思いながら、業績は回復してきたかと尋ねてみる。

 この出店は、以前の混乱の際に壊されてしまったものの一つである。


 壊したのは、この店主の奥さん。

 どうやら、店主の浮気を知っていたようで、それに対する恨みを増幅させられて大暴れしたらしい。


 コブをたくさん作って助けを求めてきた彼は、少し悲惨だった。


「えぇ!魔王様と幹部の皆さんのおかげで、何とか持ち直せていますよ!俺らのために私財まで投げ打ってくれたとか……感謝してもしきれねぇっ!」

「ふふん、そうですわね!」


 自慢げに胸を張るヴァンピール。

 今回の混乱の補償には、国庫だけでなく『救世の軍勢(イェルクチラ)』の財産も少し解放している。


 そのことを、アナトあたりが上手いこと噂を流して忠誠心でも高めてくれたのだろう。

 少しむず痒いが、ギルドの子たちが慕われるのは嬉しいことだ。


 ……まあ、ぶっちゃけ王都の破壊の七割方は『救世の軍勢(イェルクチラ)』メンバー同士の戦闘によるものなので、何もしないわけにはいかなかったんだよね。

 このことは、内緒にしておこう。


「あの騒動も、魔王様がどうにかしてくれたって話だ!俺ぁ、感動しちまうぜ!」


 溢れる涙を腕で拭う店主。

 ……僕のことも広めたのか、アナト。


 正直、サタニキアの精神汚染は非常に不快だったので、さっさと忘れたかったんだよね。

 人の記憶を無礼にも覗き見ようとするんだもの、困ったよ。


「ふふふふふん!」


 そして、ヴァンピールがさらに背を反りかえして自慢する。

 どんな自慢の仕方なの……?


「魔王様なら、金はいただくわけにはいかねえな!これ、持って行ってくれ!」


 店主はいくつかの果物を袋に入れると、僕に突き出してきた。

 えっ、いやそういうわけには……。


 ちゃんと代価を払わなければ、僕の気が済まない。


「いいんだ!俺の気がこれで済むからよ!ヴァンピール様と、仲良く食ってくれや!」


 しかし、店主はぐいっと僕に押し付けると、もう返品は受け付けないとばかりに腕を組んだ。

 そ、そっか。それなら、ありがたく……。


 あまり断り続けるのも失礼なのかもしれないし……。


「店主!あなた、なかなか分かっていますわね!吸血鬼領に来たときは、優遇させますわ!」

「ありがとうございやす!!」


 ヴァンピールと店主が笑い合う。

 しかし、復興はそれなりに進んでいるようだ。


 他の店も見て回らないとわからないけれど、少なくともこの店ではそう判断することができた。

 さて、違う所に移動しようかと考えていると……。


「もう、お父さん!」

「うぉっ!?」


 店主の背中をバシンと叩く女の子が現れた。

 ララディよりも少し年上と言う感じの見た目だ。


 まあ、彼女は見た目よりもちゃっかり年齢はとっているのだけれども。

 元気そうな子だね。娘さんかな?


 そう聞くと、店主はばつが悪そうに頭をかく。


「は、はい。喧しい娘でして……」

「喧しいって何よ!お客さんにお金をもらわずに商品をホイホイ上げちゃダメだって言っているでしょ!」

「あー、すまんすまん」


 娘さんの忠言も右から左といった状態で聞き流す店主。

 どうやら、彼は今まで何度もこのようなことをしていたらしい。


 商売あがったりじゃないのか……とも思うが、これだけ気前のいい店主のいる店なら繁盛してもおかしくないね。

 もうっと頬を膨らませている娘さんも満更でもなさそうなので、このような性格の父親が好きなのだろう。


 仲の良さそうな家族のじゃれ合いを見て、僕は暖かい気持ちになってしまう。


「ほら、見ろ。魔王様がわざわざ来てくださったんだぞ?お金をもらおうだなんて、失礼だろ?」


 あっ、僕をダシにして逃げる気だな、このオヤジ。

 何度もたたかれているからって、僕をダシにするとは……。


 まあ、果物ももらっているし、これくらい我慢してあげようか。


「へっ?」


 キョトンとした様子でこちらを見てきた少女に、僕は笑顔で挨拶をする。

 しかし、ポカンとした少女は反応してくれない。


 うーむ、寂しい。やはり、魔王とはいえ警戒されているのかな?

 子供なんだし、いきなり知らない大人に愛想よくしろと言われても無理な話か。


「…………マスター様」


 そう考えていると、少女がポツリと呟いた。

 …………うん?


 マスターと呼ばれるのは珍しい。

 この国では、僕は魔王として知られており、マスターという名で呼ぶのは『救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバーか魔王になる前に知り合った子たちだけである。


 ……何だか、嫌な予感がしてきたぞ。

 そして、その予感はすぐ当たることになる。


 なんと、少女が敬意を表すかのように片膝をついたのであった。



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