第三十話 別れは遠く
「はふぅ……」
ララディの眠たげな吐息を聞いて、僕は思わず苦笑する。
彼女は昨日、随分遅くまで起きて僕に付き合ってくれた。
その代償が、今の眠たそうなララディを見れば分かる。
そんな彼女に、不慣れな歩行をさせるわけにもいかないので、僕が彼女を背負って歩いていた。
ララディは驚くほど軽いので、まったく苦にはならなかった。
道も村が近いためか、大分歩きやすいので脚も疲れない。
「んん~……マスターの匂いを嗅ぎたいという気持ちと寝たいという気持ち。どちらを取るべきでしょうか……」
あれ?結構、余裕かな、ララディ。
それなら歩いてくれてもいいんだけれど……それを直接言えないのが、僕がギルドメンバーに甘いことを如実に語っている。
仕方ない。可愛い子は甘えても許されるのだ。
「……結構余裕なんじゃない、この子?」
マホがそんな風に話しかけてきて、僕は苦笑してしまう。
あの夜に彼女の本心をぶつけられてから、マホは僕との壁を少し薄くしてくれたようだった。
朝の挨拶も返してくれたし、食事をとる時も露骨に距離を取らないでくれた。
その変化にユウトやロングマンたちは驚いていたし、ララディなんて何故かスッと冷たくした目でマホを見ていた。
いや、せっかく仲良くしてくれようとしているんだから、威嚇したらダメでしょ。
まあ、ララディは色々と思うところがあるようだけれど、ギスギスとした空気にはなっていないので、穏やかな旅を楽しめていた。
「ふーん……。あんた、ララディに甘いのね」
僕が、ララディは疲れているからこのままおんぶすると伝えると、マホは目を細めて僕を見てきた。
な、何だか、時折『救世の軍勢』のメンバー同士が放ちあうようなオーラが彼女から見えたぞ……?
「ふん、当然です。ララとマスターのつながりは、オリハルコンよりも固く、神よりも煌めいているのです」
いったい、どんなつながりなんだ……?
思わず、戦慄を覚えてしまうほどのララディのドヤ顔付き説明に、僕は顔を引くつらせてしまう。
でも、慕ってくれていることは伝わってきた。嬉しい。
「今更ポッと出てきてマスターにすり寄ろうなんて、片腹痛いのです。もう、あいつらだけでお腹いっぱいです」
「す、すり寄る……!?そ、そんなんじゃないし……っ!」
へっと荒んだ顔で吐き捨てるララディと、顔を赤くするマホ。
マホはチラチラと僕を見てくる。
うん?確かに、マホはすり寄ってきていない。
すり寄ってきているのは、どちらかというとマホではなくララディである。
今も、微妙に身体を揺らしながらすりすりと身体をこすり付けてきているし。
最初こそ不思議に思っていたけれど、随分と長い間続けられたら疑問にも思わなくなった。
それに、何か聞いたらダメな気がするし……。
「あっ、見えてきた。村だ!」
僕にしがみついているララディと、それを見上げながら睨みつけるマホとの間に緊張が走って僕の胃が痛み始めていたその時、ユウトの声が響き渡った。
ナイス、ユウト!この悪い流れを、よくぞ断ち切ってくれた!
ユウトの声につられて前を見ると、ちらほらと家が立ち並ぶ小さな村が見えてきた。
僕とララディの、勇者パーティーとの短い旅が終わりを告げようとしていた。
◆
ここまで、僕とララディを連れてきてくれてありがとう。
随分と、楽に旅をすることができたよ。
「いえ!もともと、僕たちがオークを逃がしちゃったことが悪いんですから!」
僕が微笑みながらお礼を言うと、ユウトはとんでもないと手を振ってくる。
いやー、本当に礼儀正しくて優しい子だね、ユウトは。
彼が勇者だということがよく分かるよ。
「俺としては、もっとララディちゃんと一緒に旅がしたかったんだけどなぁ。なんだったら、勇者パーティーに入ってくれてもいいんだぜ!?」
「笑わせるなです」
ロングマンも相変わらずの様子でなによりだ。
僕のことを完全に度外視で、ララディにだけ話しかけている。
まあ、当の本人からは辛辣すぎる対応を受けているけれど。
ララディは、ロングマンと離れることができてほっとしているようで、どこか表情も穏やかだ。
「巻き込んでしまって、すみませんでした」
ペコリと謝るのは、天使教のシスターであるメアリーだった。
この子も優しいね。
いつまでも、オークと僕たちが出会ってしまったことを謝り続けている。
でも、今一瞬だけ目の色が変わったね。
……何か、あるのかな?
やっぱり、僕って宗教家は苦手なのかもしれない。
「…………」
そして、最後はこの前の夜で一気に親密さを増したマホである。
ジッと僕を見上げてくる。
今日まで、短い間だったけれど、世話になったね。ありがとう。
「そんなこと……!私の方が、色々助けられたわ……」
僕がお礼を伝えると、スッと表情を落とすマホ。
「ゴブリンから助けられたことも、思っていたことを受け止めてくれたことも……凄く、感謝しているの……」
いやいや、僕は何も大したことはしていないよ。
ゴブリン程度なら戦いともいえないほど一方的なものだったし、マホが言いたいことを僕にぶつけてくれただけじゃないか。
特に、後者は頼られて嬉しかったりしたんだ。
最近、『救世の軍勢』の皆はあまり頼ってくれないからね。
「本当なら、マスターにも勇者パーティーに入ってほしいんだけど……」
「はぁ?それならララディちゃんだろ、常識的に考えて」
マホの言葉に反論するロングマン。
君って本当……自重しないよね……。
しかし、マホにそこまで言ってもらえるのは嬉しんだけれど、それは無理かなぁ。
僕、闇ギルドのマスターだし。
正義ってイメージのある勇者パーティーに、悪の親玉が入りこんでいたらまずいでしょ?
ユウトやマホのためにもならないから、受け入れるわけにはいかないなぁ。
「……わかっているわよ。マスターにも、やることがあるんでしょ」
やること……?
まあ、闇ギルドの運営かな。
書類仕事は、僕がいないと回らなくなるだろうし……。
それくらいでしか、存在感が出せないとも言えるから悲しくなってくる。
「お別れね……」
寂しそうに言ってくるマホに、僕も少し感傷に浸ってしまう。
なに、別に今生の別れというわけでもないんだし、いつか逢うことができるさ。
……それが、敵としてじゃなかったらいいんだけれど。
「……そうね。また、会いましょう」
僕の言葉に、コクリと頷くマホ。
その顔は、少し寂しげな笑顔だった。
……また、書類仕事をきっちりと終わらせてから、会いに行こう。
「(ふへっ、ざまあです!お前が勇者パーティーにいる以上、マスターはララのものです!)」
僕の隣でララディがやけにあくどい笑みを浮かべていたけれど、いったい何を考えていたのだろうか。
とにもかくにも、ここで僕たちと勇者パーティーの旅はおしまいである。
最初は面倒なことになってしまったと思っていたけれど、悪くない旅となっていた。
さて、そろそろ帰ろうか、ララディ。
ギルドの皆も心配しているだろうし。
「はっ!そうです。このまま帰れば、もうマスターとのイチャイチャは終わっちゃうですね……。儚い夢でした……」
僕が帰還を促すと、一気にテンションが下がってしまう。
……イチャイチャって……。
僕はララディに苦笑しながら、最後に勇者パーティーの皆を見る。
一人一人の顔を見ていき、最後はマホを見た。
彼女は、放っておくと消えてしまいそうな笑顔を浮かべて、こちらに手を振っていた。
……じゃあね。
僕とララディが勇者パーティーと別れようとした、その時だった。
「あ、あの……皆さまは勇者御一行様でしょうか……?」
僕たちに話しかけてくる一人の男がいた。
ボロボロの衣服を着ているが、恰幅の良いおじさんだ。
「そうですけど……あなたは?」
「俺は、この村の長です」
ユウトが怪訝そうに聞くと、おじさんが答える。
その後、すぐにおじさんがガバッと勢いよく頭を下げた。
「お願いします、勇者様!俺たちを、救ってください!!」
何やら不穏そうな言葉を吐くおじさん。
……これは、マホたちと別れるのは少し後回しになっちゃうのかな?
「(ナイスです、おじさん!ララとマスターのデートを長引かせてくれて!)」
まあ、ララディは一気に上機嫌になったのでいいだろう。




