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第二百九十六話 欲しい首輪

 










「ふっ……!」


 凄まじい速度で迫りくる石つぶてを、魔剣ハッセルブラードで切り捨てる女。

 メイド服を着た褐色肌の女は、シュヴァルトといった。


 剣を振るったことで、投擲してきた人物の姿を見失う。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 しかし、その人物はおバカのようで、わざわざ大きな声を上げて奇襲してくれた。

 上空から落ちてくる赤いドレスを着た女から飛びずさると、彼女の拳は地面に激突する。


 すると、破砕音と共に地割れが起き、その拳の威力を物語る。


「……相変わらず馬鹿力ですね。おバカは皆馬鹿力なんですか?」

「ふっ……褒めても何にも出ませんわよ?」

「褒めていないです」


 ドヤッと腹立たしい笑みを浮かべているのは、ヴァンピールであった。

 ここでも、『救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバー同士が激突していた。


 その余波は凄まじく、負の感情を増幅させられて正気を失っているはずの多くの魔族たちでさえも、彼女たちの近くには寄ってこないほどである。


「あなたの馬鹿具合には、そろそろ辟易としていたところです。それは、マスターもまた同じでしょう。マスターの奴隷として、主の邪魔となるあなたを排除します」


 シュヴァルトは幸せそうに首元に巻かれた黒光りする輪を撫でて、魔剣を構える。

 ヴァンピールはその言葉にピクリと反応した。


「……そう、ずっと考えていたのですわ。どうして、あなたみたいな下賤な者を奴隷にして、わたくしを奴隷にしてくれないのか……」


 マスターが奴隷なんて求めていないからである。

 とくに、娘のように大切に思っている『救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバーにそんなことを頼まれたら、卒倒してしまうだろう。


 しかし、おバカは斜め上の答えに到達した。


「マスターは、奴隷はわたくしだけでいいのですわ。だから、その首輪を外してわたくしに渡してくださいまし」


 お前がいるから自分に振り向いてくれない。

 メンヘラ上等の思考であった。


「は?殺されても渡しません」


 無論、シュヴァルトがはいどうぞと渡すはずもない。

 これは、何度もおねだりしても頑なに許可してくれなかったマスターに、あれこれと難癖をつけてようやくつけてもらった大切なものである。


 彼女の怒りは魔力となり、これからの戦闘を激しく彩るだろう。


「はぁっ!!」


 ヴァンピールの気合の掛け声と共に、彼女から生み出された眷属が向かう。

 その数は少ないが、それぞれが強大な力を持つ。


 しかし、魔力で作られたものは、シュヴァルトには通用しない。

 魔剣ハッセルブラードの力により、それらを切り捨てて魔力を霧散させた。


「というか、あなたは吸血鬼領の主で真祖でしょう。マスターとはいえ、一人の下に奴隷として傅くのは認められないのでは?」

「わたくしがしたいと言ったらいいのですわ!!」

「まったく……昔は真逆のことを言っていたのに……」


 少しとはいえ昔のヴァンピールを知るシュヴァルトは嘆息する。

 あの時の彼女は誰かの下につくなんてことはありえず、自ら奴隷になるなんてもってのほかだ。


 むしろ、他者を傅かせて頂点に君臨するのがかつてのヴァンピールであったが……。

 マスターに色々と影響されてしまった彼女は、こんな風になってしまった。


 これを、落ちぶれたのか馬鹿になったのか、それとも良くなったのか、どう判断するのかは個人の問題である。


「まあ、どうでもいいですね。あなたの首をマスターに献上する。そうすれば、あの方も喜んでくださるでしょう」

「わたくしが奴隷になった方が、マスターは喜んでくださいますわ。さっさと首を引きちぎって首輪をもらってあげますわ」


 非常に恐ろしいことをのたまい、二人は激しい戦闘を再開した。

 …………今までの会話を全て聞いていたマスターが近くにいたことを知らずに。


「ま、マスター。な、泣かないで……」


 マスターの目にはきらりと光るものがあった。

 それもそうだろう。


 娘のように大切に思っているギルドのメンバーたちが、自分の奴隷になりたい譲らないで割と本気の殺し合いをしているのだから。

 教育……と言っても自主性に任せていたため大したことはしていないのだが、それでも方針が明らかに間違っていたのだと自身を責める。


 クランクハイトはおろおろとマスターの側に寄り添い、彼を慰める。

 彼女の株が、現在急上昇中。計画通りである。


「……今、不快な感じがしました」

「……ええ。なんでしょうか?」


 自分たちをダシにして良い思いをしているギルドメンバーのことに勘づいて、ギョロリとマスターとクランクハイトの方を見る二人。

 マスターを見て性的感情が爆発的に増幅し、そんな彼に寄り添うクランクハイトを見て殺意もまた膨れ上がるという面倒な展開に。


 二人の中では、先にマスターを(性的に)襲うべきか、それともクランクハイトを(物理的に)襲うべきかで激しい葛藤が起きる。

 結果…………。


「ご主人様……」

「マスター!わたくしも奴隷の首輪欲しいですわー!!」


 マスターに二人揃って突撃した。

 愛情が憎しみを上回った瞬間である。美しい。


 凄まじい速度で走り寄る二人を見ても、マスターは笑みを引きつらせることはあっても逃げなかった。

 それは、マスターとクランクハイトが彼女たちの前に出てくる前に話していた作戦のためである。


「ご主人様!」

「マスター!」


 作戦1:まず、マスターがギルドメンバー……ここではシュヴァルトとヴァンピールに押し倒される。


「ご主人様……私、少し暴れすぎてしまいました。奴隷の主として、お仕置きをお願いします」

「マスター!奴隷の首輪が欲しいですわ!わたくしのことをしつけてほしいですわ!!」


 作戦2:ギルドメンバーたちの欲望を受け入れるふりをして油断させる。


 この時、シュヴァルトとヴァンピールの被虐願望に目を逸らしそうになったマスターであったが、なんとか作戦通りにしなければならない。

 了承はせず、あいまいな笑みを浮かべて対応する。


「眠れ」

「ふわぁ……」

「あふぅ……」


 作戦3:マスターに夢中になって注意が散漫している二人に、クランクハイトが幻覚魔法で眠らせる。


 作戦通り、シュヴァルトとヴァンピールはこてんと眠りについてしまった。

 クランクハイトの声がやけに冷たく、そして行使された幻覚魔法も非常に強いものだったが、まあこの二人なら一日も経たないうちに復活するだろう。


 そして、マスターが彼女たちを安全な宿屋に連れて行って防御魔法を過剰なまでにかけて、作戦完了である。


「う、うまくいったわね……」


 クランクハイトの言葉にコクリと頷くマスター。

 ギルドメンバーたちの新たな一面を見て精神的に疲労している彼であるが、今のところ悲劇にならなくて嬉しい。


 さて、とマスターは探索魔法を使う。

 確か、もう一つくらい激しい戦闘が起きている所があったはずだ。


 すると、やはり魔法に引っ掛かるところがあった。

 しかし、逆に言えばそこが最後であり、他のメンバーはここにはいなかったということになる。


 そのことにホッとしながら、マスターはクランクハイトを引きつれてその場に向かうのであった。



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