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第二百八十二話 黒い布

 










「なんだ?今、新たな信者を迎え入れようとしているところだが……」


 煩わしそうに入ってきた男を見る司教。


「あ、そうなの?まあ、すぐに用は済むから許してくれよ。ちょっと聞きたいことがあるだけだからさ」

「はぁ……なんだ?」


 男は軽薄そうな笑みを浮かべていた。

 どうやら、急ぎの用というわけでもないらしい。


 司教は面倒くさそうに尋ねた。


「ほら、捕まえた女がいただろ?あれ、いつ俺たちの好きにしていいんだ?」

「ああ、そのことか」


 男の言葉に、僕は心の中でこっそりと反応した。

 捕まえた女……もしかして、オディロンの奥さんのことではないだろうか。


 ここに連れられてくるまで目線をばれないように動かして探していたのだけれど、模範的悪魔教徒しかいなかったからどこかに監禁されているのかと思っていたのだけれど……。

 まあ、好き勝手に弄ばれていなくてホッとしていたけれどね。


 僕はいつも通りの笑みを浮かべながらも、凄く聞き耳を立てていた。


「あのペド野郎なんて、もう発狂しちまいそうだぜ?ギャアギャアとうるさくて仕方ねえよ」


 ぺ、ペド……?もしかして、悪魔教徒には小さな子供にまで欲情する者がいるの?

 悪魔教って、本当に何してもいいんだね……。


「今夜まで待て。ギリギリまで焦らした方が、強い感情が生まれるからな」


 司教は自分のことだけでなく、悪魔のことも考えているようだ。

 言っていることは最低なんだけれど、悪魔にとっては都合のいい魔族なのかもしれないね。


「へいへい、悪魔様に捧げねえといけねえからだろ?まったく、んなこと気にしなくてもいいじゃねえか」

「馬鹿め。私は司教だぞ」

「へーい、大変だね、司教様も」


 男は見た目通りの軽薄な態度をとって、建物から出て行った。

 ……本当に、大した用事ではなかったようだ。


 しかし、僕たちにとってはとても重要な情報を手に入れることができた。

 少なくとも、限りなくグレーに近かった拉致事件は、悪魔教徒が起こしたものだということが分かったのだから。


「待たせてしまってすまなかったな」


 いや、別にいいけれど……。

 捕まえた女って、どこにいるの?


 僕は早速、そのようなことを聞いてみた。

 これに答えればよし。答えなかったら、クランクハイトに頼んで幻覚魔法をかけてもらい、情報を吐かせよう。


 やはり、僕が聞くと訝しく思ったようだったけれど、すぐに卑屈な笑みを浮かべた。


「ん?お前、この女がいるのに他の女も気になるのか?……くくっ、先ほどは欲が薄いと言ったが、あれはどうやら間違いのようだな。立派な色狂いだ」


 失礼な。もともと、クランクハイトを女として見ることなんておかしいんだからね。

 しかし、こちらに都合の良いように勝手に納得してくれているので、わざわざ認識を変えようとはしない。


 どうせ、短い付き合いだし。


「いずれ、私だけに夢中にさせるからいいのよ」


 クランクハイトもむっとしながら何を言っているんだ。

 まさか、司教の言うことを信じちゃったとかじゃないだろうね。


「ああ、質問だったな。以前から何人かの女を悪魔教徒が捕らえていてな。悪魔教徒らしく、すぐに欲望を発散させようとしていたが、より上質で強い感情を生まれさせるために焦らしているのだよ」


 盛大に勘違いしてくれている司教は、ペラペラと話してくれた。

 うん、これで確定だね。


 流石に、その監禁場所を言うことはなかったけれど、男がわざわざこの建物にやってきたということと司教が一番高い地位にいるであろうという推測から、どこにいるのかは簡単に予想できる。

 探索魔法を使ってみると、案の定この建物の地下にいくつかの反応があることが分かった。


 誰とも会ったことがないから誰がいるのかはわからなかったが、隠されているように地下にいることからほぼ間違いなく正解だろう。


「さて、あいつのせいで少し話が逸れてしまったが、再び手続きの話をしよう」


 司教が言うと同時に、僕は魔法を解除する。

 もう、今すぐ司教を倒して助けに行ってもいいのだけれど、タイミングはどうしようか……。


 もし、近くに悪魔教徒がいたら、物音や悲鳴があれば寄ってくるかもしれない。

 僕はともかくクランクハイトなら大丈夫だろうけれど、なるべく危険は避けるべきだろう。


「と言っても、大したものはない。ただ、悪魔教徒はこれを身体の一部に付ける必要がある」

「これは……?」


 司教がそう言って差し出したのは、黒い布だった。

 とりあえず、クランクハイトと共に受け取るけれど……なんだろう、この嫌な感じは。


「名前も何もない、ただの黒布だ。ただし、悪魔教徒とはっきりと分かるように、そういう布を配布している。それをつければ、お前たちも立派な悪魔教徒だ」

「ふーん……」


 なるほど、確かにこの村に来てから見る人々、つまりは悪魔教徒の連中は皆どこかしらに黒い布を巻いていたと思う。

 僕たちを案内してくれた男はバンダナにしていたし、先ほどやってきた男は腕に巻いていた。


 そして、このことは別に不可解なものではない。

 集団がまとまるために、何かしら共通のものを身につけたりすることはよくある。


 たとえば、騎士団とかは同じ色と形の甲冑をつけるものだ。

 まあ、リッターやエヴァン王国騎士団長であるテルドルフなどのレベルの力と地位があれば少し変化も認められるだろうけれど、大半は共通のものだ。


 だから、悪魔教が統一性を持たせるために黒い布を身に着けていることは分かるのだけれど……。

 しかし、それほどわかりやすい特徴があるのに、どうして長生きしている僕はそのことを知らなかったんだ?


 このことが、心に突っかかってどうしても布を身につけようとは思えなかった。

 一方、僕よりも警戒心が強いはずのクランクハイトはあっさりと黒い布を身に着けていて……。


 あ、クランクハイト。ちょっと待って……。


「…………ッ!!」


 僕の制止も空しく、黒い布を身に着けたクランクハイトは身体をビクンと大きく震わせるのであった。

 ……何でそんな不用意なんだ。




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