第二百八十一話 悪魔教の司教
悪魔教に支配されている村の中を歩く。
ほとんどが男で、女の数は非常に少ない。
まあ、欲望のままに行動していいとしている無法組織である悪魔教の中で、一般的に力の弱い女が少なくなるのは当然か。
とはいえ、身体能力で劣っても他の能力で男を凌駕する女も大勢いるのだけれど。
うちのギルドが、まさにそれを示しているよね。
欲望にまみれているため、男たちは通り過ぎる僕たち……詳しく言うとクランクハイトを凄い目で見る。
いやー、これエヴァン王国でしていたら、すぐに警邏が飛んでくるレベルだよ。
流石は悪魔教と言っておこうか。不快だけれど。
しかし、当のクランクハイトが自信満々に胸を張って歩いているから、僕が怒るのも筋違いだろう。
「私たちはどこに連れて行かれるの?」
とはいえ、あまりジロジロ見られすぎるのも嫌なようで、クランクハイトが先導する悪魔教徒に聞く。
「司教のところだよ。まず、悪魔教に入る奴は、司教に許しをもらわなければならねえからな」
悪魔教にも、司教とかいるんだね。
教義もへったくれもないと偏見を持っているから、少し驚かされた。
もし、何かしらの試験みたいなのがあったら、面倒だし厄介だね。
僕がそんなことを考えているのが分かったのか、男は快活に笑った。
「なぁに、心配すんなよ!俺ら悪魔教徒に義務や制約はねえ!自由に生きて、欲望のままに行動する!人間なら誰だって拒絶されることなんてねえよ。実際、悪魔教徒になれなかった奴なんて見たことも聞いたこともねえ」
確かにと頷く。
悪魔教徒になれない人なんて、他者を思いやる心を持った聖人君子くらいだろう。
人間、誰しも欲望は持っているものだから、悪魔教徒になれないというのもおかしな話か。
……男には励まされてしまったが、僕たちって悪魔教を潰すために潜入しているんだよね。
なんだか申し訳ないぞ。
「まあ、テメエらが天使教のスパイだったりすると、話は変わるがな」
ジロリと鋭い目を向けてくる男。
いやー……他宗教絶対に許さないし殺すぞ的な宗教はちょっと……。
「それは大丈夫よ。私たちは天使なんかに服従するつもりもしたことも一切ないから」
「それを聞いて安心したぜ」
これ、アナトが聞いていたらどうなるんだろう。凄く怒りそう。
彼女、天使教が生理的な次元で嫌いだから……。
……僕、一時的にとはいえ悪魔教徒になるんだけれど、嫌われたりしないよね?
「ほら、着いたぜ。ここが、司教の奴がいるところだ」
男が立ち止まったのは、村の中では比較的きれいな建物だった。
この村、大概の建物がボロボロになっているんだよね。
悪魔教徒の巣窟だからって、やりすぎだろ。
冬越せなくなるよ。
「ありがとう、助かったわ」
「なぁに、これから仲間になるんだ。礼なんていらねえよ。だが、どうしてもってんなら……」
クランクハイトが形式的な礼を言うと、ニヤリと笑う男。
言葉だけ聞いていると、優しい好青年という感じなんだけれど……もちろん、悪魔教徒にそんな人がいるわけがない。
クランクハイトの全身を、舐めるように見つめる。
「あんた、この優男とエロい生活を送るんだろ!?だったら、俺にもやらせてくれよ!!」
送らない。
僕がクランクハイトとそのような生活を送らないことは確定しているため、前提条件からして間違っている。
そして、何故自分もその生活に突っ込んでこようとするのか。
流石は悪魔教徒と言った方がいいのだろうか?
「なあ、いいだろ――――――ぶへっ!?」
クランクハイトに迫る男の腹に拳を叩き込む。
この男はそんなに強くないようで、僕程度のパンチであっさりと沈んでくれた。
「マスター、さっき音がボゴォッて鳴っていたわよ」
しかし、この男も豪胆なものだ。
親代わりである僕の前で、娘とエッチなことをやらせろと迫るとは……。
クランクハイトをもらってくれるのはいいけれど、ふしだらは許さない。
「助けてくれてありがとう、マスター」
そう言って、また僕の腕に抱き着くクランクハイト。
最近、抱き着いてくることが多いよね。
もしかして、悪魔教に毒されたとかじゃないよね?
「もしかして、嫉妬してくれた?」
今は嫉妬というより心配の気持ちの方が強いかな?
馬鹿なことを言っていないで入るよー。
「もう、言ってくれてもいいじゃない……」
拗ねたように頬を膨らませながら、それでも離れることなくクランクハイトは付いてくる。
建物の中に入ると、どこからか鼻をつまみたくなるような臭いを感じられた。
うーん……所詮は悪魔教徒の根城。一見マシな建物でも、中は腐っているようだ。
大した家具も置かれていない中にいたのは、一人の男だった。
「何か用か、外から来た人たちよ」
男は枯れた声でそう聞いてくる。
僕はその男の姿に、少しぎょっとした。
まるで、骨と皮しかないかのように痩せた男だったからだ。
正常な人間もしくは魔族の姿ではなかった。
まあ、多少驚いただけで、彼以上の凄まじい容姿の人間や魔族を見たことのある僕の愛想スマイルを崩すことはできない。
「私たち、新しく悪魔教に入信したくて来たら、ここに案内されたの」
「…………そうか」
クランクハイトが答えると、男が再び言葉を話すのに少し時間を要した。
そして、いかにも弱そうな身体なのに反比例してギラリと光る眼が僕たちを捉える。
「私の見る限り、女は強い欲望を秘めているようだが、男は人間とは思えないほど欲望が薄いな」
うっ……。
確かに、僕はあまり欲望とかは持ち合わせていないかもしれない。
無駄に長生きなもので、大体やりたいことはすでにやり終えているのである。
しかし、クランクハイトは強い欲望を持っているのか。
いったい、どのような欲なのだろう?
「ふふ、流石は悪魔教の司教といったところかしら?」
え、ばらしちゃうの?
別の視点から見れば、司教は僕たちを疑っているとも取れる。
そんな中、クランクハイトは余裕の笑みだ。
流石は大人の女……の猫かぶり。演技とはいえ、それは板についていた。
しかし、どのような言い訳をするのだろうか?
下手なことを言えば、処分されちゃいそうだけれど……。
僕はドキドキしながら見ていると、クランクハイトは僕を指さしてこう言った。
「この人は、私以外に対して執着を持ち合わせないの。私に対する欲望が強すぎるためね。だから、あなたは欲望が薄いと思ったのではないかしら?」
えぇ……。
僕は先ほど自慢したポーカーフェイスが、早くも崩れそうになってしまう。
まさか、僕がクランクハイトに首ったけ設定だとは……。
いや、大切なのは事実だよ?この子の……『救世の軍勢』のメンバーのためなら、命すら惜しくない。
でも、淫蕩で退廃的な生活を送るために来た男が女以外に目を向けないほど夢中って……本当に悪魔教徒みたいじゃないか。
い、いや、しかしこの設定は少々苦しいのではないだろうか?
司教ともなれば、この嘘を見破れるかもしれない。
僕は、ばれたら立場がマズくなるのにもかかわらず、何故かばれることを少しだけ望んでいた。
さあ、頼むぞ司教!
「……ほう、なるほどな」
ダメだった。
納得しちゃったかぁ……。
「いいだろう。そもそも、悪魔教は入信しようとする者を拒むような閉ざされた宗教ではないしな。それでは、早速……」
なるほどなぁと思いながら司教を見る僕。
彼はなにやら懐からごそごそと取り出そうとしていた。
「司教!」
そこに、一人の悪魔教徒が飛び込んできたのであった。




