第二十八話 マホの慟哭
「すー……すー……」
……やっぱり、疲れて寝ちゃったか。
僕は苦笑しながら、身体にしがみついて寝息を立てるララディの頭を撫でた。
「ふへへ……」
いったい、どんな夢を見ているのだろうか?
よだれを垂らして、非常にだらしない顔をしている。
僕とララディは、見張り役としてユウトたちが眠っている場所から少し離れたところで座り込んでいた。
ララディは早々に眠っちゃったわけだけれど、とくに何も起きる様子はないから寝かせておいてあげよう。
―――――なんて思っていると、ガサガサと近くの茂みが揺れる。
まあ、魔物だったり僕たちに危害を加えようとする山賊だったりではないことは分かっているので、慌てはしないけれど。
どうかしたかい、マホ?
「っ!?」
僕が話しかけると、さらに茂みの揺れる音が大きくなる。
静かになってからしばらくすると、茂みの中から観念したようにマホが現れた。
「……どうしてわかったの?」
何となくかなぁ。
適当にそう返すが、もちろん気配を悟ったのである。
あまり、そういった戦闘系の能力はメンバーに比べれば低いんだけれど、マホくらいの未熟な子の気配なら簡単に判別できる。
もっと彼女が成長したら、わからなくなるだろうなぁ。
それで、どうかしたかい?
「ちょっと、話がしたくって」
話?
僕が聞き返すと、コクリと頷くマホ。
ふーん……まあ、とにかくそんなところに立っていないで、近くに来たらいいよ。
小さいけれど、火も焚いているし。
「うん……」
マホはこちらにトテトテと近寄ってきて、僕と身体二つ分離れた場所に腰を下ろした。
……警戒されているけれど、逆に会って一日もしていない僕に警戒しない方が危なかっしいよね。
「あ、ララディ、寝ているの?」
うん、やっぱり疲れていたんだね。
「ふーん。何か、この子、怖い雰囲気があったんだけど、寝ていると普通の子供みたいね」
マホはくすっと笑いながらララディの寝顔を覗き込む。
おぉ……やっぱり、マホは勘が鋭いようだ。
ロングマンみたいに、簡単に騙されてくれるような単純な人だったら楽なんだけれど。
ララディは視線を感じたのか、くしゃっと顔を歪めて不機嫌そうにする。
寝相でマホを殺されたらたまらないので、ふわふわの髪を撫でてご機嫌取りをする。
すると、まただらしない顔に戻って穏やかな寝息を立てるのであった。
ふー……マホと話すだけでも命がけだな。マホが。
「その……まず、お礼するわ。ありがとう、私を助けてくれて」
マホはぺこりと頭を下げてくる。
いや、いいよ。もう、一度お礼もちゃんと受け取っているし、気にしないでほしい。
基本的に僕とララディは守られていたし、ゴブリン程度、何の問題にもならないのだから。
それにしても、律儀な子だ。
最初は無愛想で気の強そうな子だと思っていたけれど、礼儀とかはしっかりしているんだなぁ。
「それで、その……聞きたいことがあるの」
聞きたいこと?
「マスターって学者なんでしょ?私の知らないこと、色々と知っていると思って……」
あ、あぁ……そういう設定だったね。
まあ、無駄に長生きはしているから、他の人たちよりは知識豊富だと思うよ。
あまり、専門的なことを聞かれたら答えられないかもしれないけれど。
「その……異世界に行く方法って……あると思う……?」
……え?
僕は恐る恐るといった様子で聞いてきたマホに、驚きの目を向ける。
異世界?まさか、マホの口から飛び出してくるとは思ってもおらず、少々面喰ってしまった。
「あっ!いいの。やっぱり、いいわ」
僕が答えようと口を開こうとすると、慌ててマホが手を振って止めた。
あれ?いいの?答えなくても。
もしかして、僕の驚いた顔を見たせいで、何も知らないと判断したのかな?
一応、知識としては持っているんだけれどなぁ。
「あのね、何で私がこんなことを聞いたのかっていうと、私、この世界の人間じゃないの」
ほへー。
「ふふ、驚いた?まあ、私も驚いたわ。世界が二つもあるなんて、思いもよらなかった」
マホはおかしいと微笑み、遠い目をした。
……もしかして、この世界に来たくて来たわけじゃないの?
「そんなわけないでしょ!!」
僕の言葉を聞いた途端、マホはガバッと立ち上がって大声で怒鳴った。
うわぁっ!ララディが起きてしまう!
僕は慌ててララディの耳に手を被せて、彼女が起きないようにした。
「うーん……」と顔をしかめながらも、目を覚ます気配はない。
……ふー。危なかった。マホの死体が出来上がるところだったよ……。
「あ、ごめんなさい……」
僕がしーっとジェスチャーで静かにすることを伝えると、すっと座りなおすマホ。
いや、僕もマズイことを聞いてしまったようだからね。お相子といこう。
「……私、こんな世界に来たいなんて思ったことないわ。いきなり、こんな危ない世界に連れてこられて、ちょっと魔法が使えるからって魔王軍と戦えなんて言うのよ?ふざけているわ……!」
声を静めながらも、その中には果てしないほど大きな怒りが込められていた。
そりゃあ、そうか。
マホの話を聞く限り、拉致されたと思ったら知らない人たちのために命を懸けて戦えなんて言われたんだよね。
それも、相手は強力無比な魔王軍。
マホが力を持っていたからよかったものの、何も力のない子が勇者パーティーに入れられたら三日と持たずに死んでしまうのではないだろうか?
僕だって、『救世の軍勢』のメンバーを守るためなら喜んで命を差し出すが、知らない人たちのために命を懸けて戦えなんて言われたら承服しかねる。
「戦えっていうくせに、サポートはメアリーだけよ?そりゃあ、助かっているけど、一人だけしか助けをよこさないなんておかしいじゃない……っ!!」
マホの話を聞く限り、メアリーだけが僕たちと同じこの世界の住人で、マホやユウト、それにロングマンは異世界から来たということか。
へー。ユウトやマホならともかく、ロングマンはこっちの人間だとばかり思っていたよ。
それにしても、マホたちを呼び出した王国は酷いな。
本当に、魔王軍に勝つ気があるのだろうか……?
「他の奴らもおかしいわよ。ロングマンなんてもうこの世界で生きていくことを決めているみたいだし、ユウトはお人よしすぎ。皆、元の世界に帰りたいって思わないの?思っているのって、私だけなの……?」
ついに、マホがその大きな目からポロポロと涙を零してしまう。
うぅん……僕はどうすればいいのだろうか?
いつも、『救世の軍勢』のメンバーが落ち込んだ時にすることをしてもいいのだろうか?
いつまでも、しくしくと近くで泣いているマホをそのままにしておくわけにもいかない。
「あっ……」
とはいえ、マホの気持ちがいまいち理解できない僕が、知ったように彼女に同調してはいけないだろう。
だから、僕はマホの頭を優しく撫でて、笑顔を浮かべることにした。
ごまかしである。
マホはぼーっと僕の顔を仰ぎ見て、目をパチクリとさせていた。
その……元気出してね。
「ぷっ……ふふ……」
しばらくそうしていると、マホが不意に頬を膨らませて笑い出した。
えぇ……。どこに笑う要素が……?
「お礼を言いに来たのに、愚痴になっちゃったわね。でも、聞いてくれてありがとう。もう、大丈夫よ」
マホは僕の手を掴んで、優しく頭から退けた。
そうか。元気になったんだったら、よかったよ。
……それにしても、いつまで僕の手を触っているの?
「べ、別に深い意味はないわよ」
僕が聞くと、慌てて手を離すマホ。
僕の手に触れていた方の手を、片手で覆い隠して胸に抱いている。
「じゃ、じゃあ、私はもう寝るわ。見張り役も後少しだから、頑張ってね」
うん、おやすみ。
マホはそそくさと僕から離れて、ユウトたちが眠っている場所に戻っていくのであった。




