第二百七十六話 強固な意思
「あらあらぁ?拒絶が早くありませんかぁ?」
目をパチクリとさせて、残念そうに顔を曇らせるアナト。
考えるまでもなかったことだったからね。
マスター教。アナトが作り出した新興宗教である。
その崇める対象とは、名にある通り僕。
こんなもの、僕が認めるはずがなかった。
アナトが信仰しているだけでも僕の精神をゴリゴリと削っていくのに、これが国教となって数多くの人に信仰されるようになったら……僕の胃は確実に逝く。
それに、こんなカルトを魔族は認めるはずもないだろう。
もし、強制的に信仰を強いれば、反乱も起きかねない。
こういう話はデリケートなのだ。
せっかく戦争が敗北したとはいえ終わったのに、内乱なんて冗談ではないだろう。
「いえいえ~。少なくともぉ、魔王城の近くにいた魔族たちはぁ、マスターのお力を目の当たりにしているわけですからぁ、私に任せてもらえればマスター教を受け入れさせることも可能ですしぃ、神格化することもできますぅ」
そんなことを聞いて、僕が許可をすると思うのかな?
むしろ、認めないという気持ちがより強固になったよ。
神格化って……それは、『あいつ』をしてやればいいんじゃないかな?
この大陸では、まったく信仰されていないみたいだし。
「でもぉ、マスター教は良い宗教なんですよぉ?」
ダメ。
懇願するように見上げてくるアナトに、僕はそっけなくそう答えた。
普段なら、可愛い『救世の軍勢』のメンバーのお願いは、ほいほいと聞いてしまう。
しかし、今回に限ってはダメだ。
僕は、僕を崇める宗教なんて認めない。
アナトは僕の頑固な姿勢にも、諦めずに説得しようとしてくる。
「どれだけ祈っても助けてくれない羽虫のような天使どもを崇める天使教やぁ、己の欲望のためなら何でもしてもよいという馬鹿みたいな悪魔教とはぁ、比べ物にならないほど良いんですよぉ?」
いや、僕も全ての人を助けるなんてことできないし。
せいぜい、僕の手の届く範囲内で、大切な人だけだよ。
それは、基本的に『救世の軍勢』という一つのギルドで完結しているんだよね。
だから、僕が一国を預かるというのも納得できないし……。
国を一つ治める人格を持つ者でないとふさわしくない。
たとえば、エヴァン王国のニーナ女王とかね。
「そう言ってくれるのは嬉しいですよぉ。でもぉ、マスターの大きな器で『救世の軍勢』のメンバーだけだったらぁ、余ってしまって勿体ないですわぁ。それならぁ、相応の量を中に入れさせていただきたいのですけどぉ」
僕は苦笑してアナトの言葉に首を横に振る。
この子は僕のことを評価してくれているようだ。
それは嬉しいのだけれども、これは間違いなく過大評価というものだ。
僕の小さな手では、『救世の軍勢』だけでいっぱいだ。
ほら、クランクハイトも言ってあげて。
「で、でも、あ、アナトの言うことにも一理あるような気がするわ……」
な、なにぃっ!?まさか、味方だと思っていた子から窮地に陥るような言葉が飛び出してくるとは……。
僕が助けを乞う目から逃れるように、顔を僕の腹に潜らせるクランクハイト。
……あれ?なんだかアナトの笑顔が怖いぞ?
僕はこの何だか嫌な空気を換えるために、アナトの提案をぶり返す。
マスター教はともかくとして、国民の心の隙間を埋めるために宗教を使う、か。
これで、悪魔の入り込む余地をなくせるのだろうか。
「そうよぉ。宗教は人を一つにすることができるものなのですわぁ」
僕が疑問に思っていたことを表情で悟ったのか、アナトが説明を始めてくれる。
「何かぁ、大勢の人が一つのものに熱中するとぉ、連帯感が生まれますよねぇ?それはぁ、国家にとって良いことですわぁ」
ふーむ……国民が一丸となって国家目標に突き進むというものだろうか。
なんだろう……これ、独裁国家にありがちなような気がするんだけれど……。
新しい魔王の適正がある者が生まれたらすぐに交替してもらおうと考えている僕にとっては、都合の悪いものなのかもしれないね。
僕がそんなことを考えていることを知らないアナトは、話を続けてくれる。
「何もない状態から始められるのがぁ、宗教の良いところなんですよぉ。しかもぉ、天使教や悪魔教のようなカルトと違ってぇ、マスター教は素晴らしい宗教ですしぃ」
いや、それは違う。
初期投資が必要ないというところは分かったけれども、マスター教が素晴らしい宗教だとは思わない。
まあ、天使教も悪魔教もそれぞれどっこいどっこいなのだけれども、マスター教よりはマシだろう。
……多分。
とにかく、これ以上アナトが説明してくれても、僕がマスター教を国教化するということを認めることはないだろう。
「うーむむむ……。マスターは頑固ですねぇ」
「こ、これ以上マスターが嫌がることは許さないわよ……」
うーんと悩むアナトに、ようやくクランクハイトが助け船を出してくれた。
「分かっているわぁ。でもぉ、私はマスター教の国教化を諦めないしぃ、その必要性は確信しているわぁ。マスターのお気持ちが変わるまでぇ、説得は続けますからねぇ。私とマスターの根競べですよぉ」
うぅ……また胃が痛くなるような話を繰り返すの?
そこまで言うんだったら、マスター教以外の宗教を国教化するとかは……。
宗教が有効だということは分かったから。
「うふふ~。それは、一番ありえないですわぁ」
僕の案はアナトのニッコリ笑顔にすげなく拒絶されてしまった。
……これは、長い戦いになりそうだぞ。
「が、頑張って……」
クランクハイトの応援が身に染みるよ。
この時の僕は、ニヤリと何かを企むように口を歪めていたアナトの真意を読み取ることができなかった。
もし、分かっていればあんなことにはならなかっただろうなぁ……。




