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第二百七十三話 汚部屋

 










「ど、どうしてあんなことを言ってしまったの……」


 銀髪の女、クランクハイトは両手を地面につき、がっくりとうなだれていた。

 ここは、魔王城に備え付けられた彼女の私室。


 普段、決して誰も入れることのないこの部屋に、訪問客が来ることが決定していた。

 その客とは、彼女が依存しているマスターである。


 彼から無理やり入室を迫られたわけではなく、クランクハイトの方から誘ったのである。

 平時では、『救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバーが互いに互いを監視し合っているため、マスターと二人きりで……しかも密室に入ろうとすることなどほぼ不可能。


 そのことを考えると、彼を誘うことができたのは僥倖だと言えるだろう。

 しかし、大人の女性の演技に自分も浸っていたクランクハイトは、すっかり忘れていた。


「こ、こんな部屋、み、見せられないわよぉ……」


 彼女の部屋は、汚部屋であったことを。

 地面はまだ踏む場所は残されているのだが、それでも多くの場所が埋まっている。


 衣服やゴミが散乱している。

 そして、最も多いのが本だった。


 もともと、とある事情によって昔から読書家であったのだが、マスターから『傾国の悪魔』という本をもらってからさらに加速した。

 結果、本棚から溢れかえるほどの本を保有することになったのである。


 さらに、最近では自身で本を執筆することもあり、そのゴミなども散らばっていた。


「の、呪いの書になった原因って、こ、この部屋の汚さじゃないでしょうね……」


 もしそうならば、大掃除も辞さない。

 ただし、そうでないならば面倒なのでしたくない。


「い、今はそんなことを考えている場合じゃないわね。ま、マスターが来る前に片付けないと……」


 演技にのめりこみすぎてしまって、後先考えずにマスターを誘惑してしまったことを反省するのは後だ。

 悪魔に襲われて、魔王城に戻ってからすぐに部屋に来てと言ってしまったものだから、大急ぎで掃除をしなければならない。


 演技もほどほどにするべきだろうかと、クランクハイトは考えながら掃除をする。

 しばらく、せっせとゴミを片していたのだが……。


「お、終わらない……」


 絶望の表情を浮かべるクランクハイト。

 確かに、ごみは減ったのだが、大局的に見れば大して変わっていない。


 つまり、それほどクランクハイトの部屋が汚かったというわけなのだが……。

 このような片付けのできないという正体を、マスターに知られるわけにはいかない。


 あんな演技をしておいて、部屋がこんな汚部屋だということがばれれば、失笑されること間違いなし!


「い、いっそのこと、り、リースを呼んできてブレスでも吐かせようかしら……」


 黒龍を掃除のために使おうとするクランクハイトの度胸はなかなかのものだ。

 凄まじい荒業で掃除を完遂しようと画策していると……。


「ま、まままままマスター!?」


 コンコンと扉をノックされ、外からマスターの声が聞こえた。

 クランクハイトとの約束を守り、城に戻ってきてからすぐにやってきたのだ。


 その優しさは嬉しいのだが、今回に限っては遅く来てほしかった。


「ど、どどどどうしよう……!?」


 身体を震えさせるクランクハイト。

 部屋を見回せば、ろくに片付いていない。


 こんな部屋を見られたら、マスターにどんな顔をされるだろうか……。

 久しく見ていない笑顔以外の表情を浮かべるかもしれない。


「い、居留守を使おうかしら……!?」


 もう、最悪の手段として知らんぷりを画策するクランクハイト。

 自分から呼びつける約束をしておいてそれを反故にするというのはなかなかマズイことだが、この汚部屋を見られるよりはマシだ。


 優しいマスターなら、笑って許してくれるかもしれない。


「で、でも、そ、それでき、ききき嫌われたら……!」


 最悪の未来を想像するクランクハイト。

 そんなことになったら、生きていけない。


 マスター以外の『救世の軍勢(イェルクチラ)』のメンバーに超強力な幻覚魔法をかけて道連れにして死ぬ。

 まあ、なかなか幻覚魔法が効きづらそうなのもいるのだが。


 しかし、自分が死んだ後にマスターと他のメンバーがイチャイチャするというのも納得できないので、おそらくそうなった場合はするだろう。


「ど、どうしよう……!」


 結局、最初の悩みに戻ってくる。

 これ以上、悩む時間はない。


 マスターはすでに部屋の外に来ているのだし、居留守をしないのであればこれ以上時間をかけるのは彼に失礼だ。

 あわわわわ、とうろたえていると……。


「ふぎゃっ!?」


 地面に置いてあった紙に脚を取られ、すっころんでしまう。

 さらに、何かに掴もうと手を伸ばした先にあったのは、積み上げられた本の山。


 ぐらぐらと微妙なバランスで保たれていた山は力を加えられて……。


「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ……っ!!」


 クランクハイトの身体に雪崩したのであった。










 ◆



 クランクハイトがなかなか出てこないので、外で待っていたマスターは彼女がいないのかと考えていた。

 そこに、彼女の悲鳴とドサドサとした重たい音が聞こえてきた。


 さて、どうするべきか。

 今すぐ安全を確認したいのだが、この中はクランクハイトの私室。


 見られたらマズイものでもあるかもしれない。

 それを見てしまい、嫌われたらショックである。


 マスターとクランクハイトは、このような考えすぎというところで似ていた。

 しかし、もし本当に彼女に切羽詰った何かがあるのだとしたら、こんなところでのんびりと待っているわけにはいかない。


 この考えを数瞬で終わらせたマスターは、もう一度ノックをして入室することを伝えてから扉を開けた。


 ――――――おぉ……。


 思わず、マスターはそんな言葉を口にしていた。

 それは、部屋のごちゃごちゃさにあった。


 地面を埋め尽くすような数の本と、何かを書きなぐったような紙。

 その紙からは、もう少し力を込めれば呪いの書となれるだけのものが秘められていることが分かった。


 クランクハイトの書いた本が呪いの書になることに納得のいったマスターは苦笑する。

 さて、とマスターは視線をめぐらせてクランクハイトを探す。


 しかし、なかなかその姿が目に入らない。

 ときおり、下着らしきものも無造作に置かれてあったりするのだが、そこは目を逸らす。


 そんな優しさも発揮しながら探していると……。


「んんんんっ、んんんん……!」


 クランクハイトの唸る声が聞こえてきた。

 その声に導かれてマスターは脚を進ませると……。


 ――――――!?


 いた。確かに、あれはクランクハイトだろう。

 しかし、まさかの状況にマスターは驚愕を隠せない。


「んんんん~~~~!!」


 何故なら、クランクハイトの声音で唸り声を上げているのは、上半身がすっかり見えなくなってしまっていたからである。

 代わりに見えるのは、彼女の下半身だけ。


 どうやら、本の雪崩に巻き込まれたクランクハイトは、上半身をそれに飲み込まれてしまって身動きが取れていない状況のようだ。

 しかし、これだけならマスターは驚愕しない。


 ドジだなぁと苦笑しながら、彼女を引っ張り出すだろう。

 マスターを驚愕させた理由。それは、マスターに向かってお尻を突き出すようになっており、さらに言えば彼女が大体いつも着ているスカートがめくれあがっているというものである。


 真っ白な、日焼けもしたことがないような美しい肌。

 そして、ない乳の代わりと言ってはなんだが意外に下半身の肉付きがいい。


 ララディが知ればブチ切れそうだ。

 そして、大切な場所を庇護する布は、なんと黒。


 普段のおどおどとしたクランクハイトからは想像もできないほど、色気のあるパンツであった。

 完全にはめくれあがってはいないものの、ちらちらと見える黒色がマスターの視界に入る。


「~~~~!?~~~~!!」


 クランクハイトは背後にマスターの気配があることに気づいたのだろう。

 見ないでくれとばかりに、バタバタと脚を動かす。


 しかし、それは明らかに逆効果であった。

 まだギリギリ隠せていたスカートがどんどんとめくれあがっていく!


 マスターは必死にクランクハイトに呼び掛けて脚を動かさないように言うが、汚部屋を見られただけに飽き足らずお尻を突き出して見せつけてしまうという耐えがたい羞恥を味わっている今の彼女に、マスターの声でも届かなかった。


 結果、マスターの前に、黒いパンツに覆われたプリンとした臀部が露わになったのであった。

 マスターが天を仰ぐ。


 ――――――どうすればいいんだ、これ。


 クランクハイトはマスターに助け出されたのち、しばらく引きこもってしまったのは余談である。




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