第二十七話 勇者パーティーとの旅
「ロングマン!」
「おうよ!」
ユウトの掛け声と、それに応じるロングマンの威勢のいい声が森の中で響き渡る。
ロングマンの巨大な盾に、ゴブリンの粗末な武器が当たって儚い音を立てる。
「はぁぁっ!!」
『ギャァァァァッ!!』
攻撃を防がれて硬直状態に陥っているゴブリンを、ユウトが見事な剣筋で切り捨てる。
「アース・バレット!!」
マホがメアリーに襲い掛かろうとしていたゴブリンを、魔法の土で吹き飛ばし。
「ロングマンさん!回復します!」
メアリーが傷ついた仲間たちを癒していく。
流石は、勇者パーティー。
連携がしっかりとなっていて、相手につけいる隙を与えない。
ゴブリン程度が相手なら、難なく乗り越えることができそうだ。
「ふわぁ……。退屈です……」
そして、僕とララディはそんな彼らに守られてぼけーっと突っ立っていた。
ララディは歩くことも面倒になったのか、僕にしがみついてのんきに欠伸をしている。
いや、戦闘が間近で起きているんだから、緊張しようよ。
まあ、ララディくらいの力があれば、ゴブリン程度は警戒する必要すらないんだろうけれど。
それに、退屈だという気持ちは僕にも分かる。
別に、ゴブリンくらいなら守ってもらえなくても充分こちらでも対処できるのだ。
そりゃあ、ドラゴンや悪魔といったとんでもなく強い魔物が相手なら是非とも守ってもらいたいけれど。
しかし、そういった意図を伝えようにも、僕は単なる学者で通している。
多少の護衛術程度ならまだしも、バリバリ戦っているのを見たらおかしく思うだろう。
そんなに心配するほど、僕は戦闘能力が高いわけでもないのだけれど、マホがやけに僕を見て警戒する様子を見せているし、能力をチラチラと見せない方が良いだろう。
「あ、あいつ、危ないです」
なんてことを考えていると、ララディがどうでもいいことを呟くように抑揚のない声を出す。
あいつ?
「きゃぁぁぁぁっ!?」
僕が誰のことだろうかと思うと、耳をつんざくような高い悲鳴が響き渡った。
それは、今にもゴブリンに襲われそうになっているマホのものだった。
一応、今はパーティーを組んでいるんだから、もっと危機感を出してよ、ララディ!
そう思うけれど、僕の顔はニコニコと微笑んだまま。
……ごめん。常に笑顔を心掛けていたら、怒る時もこんな感じになっちゃったんだ。
娘に甘い父親でごめん。
『ギェェェェッ!!』
とりあえず、僕は魔力弾を撃ち出してマホに襲い掛かろうとしていたゴブリンを吹き飛ばした……つもりだったんだけれど……。
ボフっと音を立てて、ゴブリンは完全に消滅してしまった。
……力加減を間違ってしまった。
し、仕方ないじゃないか。戦闘なんて、本当に久しぶりなんだ。
今まで、基本的にはギルドに籠って書類仕事。ちょっと、力を出しすぎちゃっても可愛いミスだろう。
「…………」
だから、そんな愕然とした目で僕を見ないで、マホ。
幸い、ユウトやロングマンはゴブリンの相手が忙しくて見ていなかったようだ。
君が黙ってさえくれれば、僕たちは円満に別れることができるんだよ。
「面倒ですし、ここで全員ララがヤっちゃうですか?」
僕の顔を可愛らしく覗き込みながら、怖いことを言うのはやめよう、ララディ。
ヤっちゃうって、殺っちゃうだよね?
勇者パーティーを皆殺しにしちゃったら、間違いなく戦争になるんだけれど。
それは、どうしようもなくなったときの最終手段にしよう。
「……ありがとう」
「おっ?」
おっ?
小さくお礼の言葉が聞こえて、僕もララディもびっくりする。
というか、ララディの言葉がチンピラみたいだ。
マホを見ると、すでに僕たちから視線を外してゴブリンに魔法を放っていた。
どうやら、さっきのことは黙っていてくれるようだ。
よかった。勇者パーティーの魔法使いが行方不明とかなったら、色々とマズイもんね。
その後、ユウトたちは危なげなくゴブリンを倒したのであった。
◆
「今日はここで一泊しよう。それで、大丈夫ですか?マスターさんとララディ」
「何で呼び捨てですか?お前」
ユウトの言葉にうなずいて、了承の意を伝える。
と同時に、ララディの毒を適当に誤魔化す。
お願い。あと少しでいいから、我慢して。
ふうっと笑顔のまま空を見上げれば、すっかり日が沈んで随分と暗くなっていた。
……まさか、ユウトたちの目指していた村がこんなにも遠かったとは。
ギルドの外で一泊を過ごす羽目になるなんて、思いもしなかった。
他のメンバーたちは心配していないかな?
僕のことはともかく、ララディのことは心配だろう。
何かしらの方法で、連絡を入れないとね。
「ふんふふーん♪」
「あら、ララディさんはご機嫌ですね」
「別に、そんなことないです(ふふ、マスターの独り占め時間が延長ですっ)」
メアリーに話しかけられて、否定するララディ。
嘘だ。
あまり見ることができないくらい、ニコニコと上機嫌である。
何だろう?外でお泊りをするのがワクワクするお年頃なのだろうか?
まあ、それならわからなくもないけれど。
「さて、ご飯にしましょうか」
僕たちはユウトの言葉で、たき火を囲みながら食事をとった。
ユウトは僕とララディにも食糧を分けてくれると言ってくれたが、そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。
それにロングマンは、ララディはともかく、僕にあげるのは嫌なようで顔をしかめていたからね。
どうせ、明日中にはさよならする間柄なんだから、どう思われたっていいんだけれど。
だから、ララディ。人食い植物を召喚しようとしないで。
僕は、ララディが出してくれた美味しそうな木の実を食べて、お腹を満たすことになった。
その木の実は、野生では今ほとんど生き残っていない幻のものらしく、確かに美味しかった。
「こ、こんなことって……」
メアリーも心底驚いていたし、本当に珍しいのだろう。
そんなものを物凄い笑顔でくれるララディに感謝だ。
でも、確かに美味しかったけれども、ララディの蜜の方が美味しかったなぁ。
「はぅ……お求めなら、いつでも出すです……」
「おぉい!二人ってどんな関係だよ!!」
ララディが頬を染めて目を潤ませ、くねくねと身体をひねりながら嬉しいことを言ってくれる。
それから、ララディは嬉しくなったのか、僕に甘えて『あーん』をし出したので、ユウトやメアリーからはほのぼのとした目で、ロングマンからは嫉妬のこもった目で見られることになったのであった。
……いや、ロングマンはダメだよ。
歳はともかく、見た目に差があり過ぎるよ、ララディと。事案だ。
とにもかくにも、僕としては久しぶりの『救世の軍勢』のメンバー以外の人との食事を楽しんだのであった。
「もう、眠たくなってきちゃいました……」
「じゃあ、交替で見張り役を立てて寝ようか」
メアリーが目を擦って言うと、ユウトが頷く。
そういうことならと、僕も見張り役のローテーションに組み込んでくれと伝えたのであった。
何も言わないと、組み込んでくれなさそうだったからね。
「え、でも……」
ユウトは逡巡する様子を見せる。
今まで守ってもらったんだから、これくらいはさせてほしいと伝える。
なに、見張りだけなら(学者ということになっている)僕でもできるさ。
「いいじゃねえか、ユウト。してくれるって言っているんだから、やってもらおうぜ」
ロングマンが援護射撃してくれる。君の図太さが、今はとても嬉しいよ。
ただ、ララディがどうしても彼のことを好かないようで、露骨に顔を歪めてしまっている。
「……じゃあ、お願いします。何かあったら、すぐに呼んでくださいね」
うん、任された。
申し訳なさそうに言ってくるユウトに、コクリと頷く。
うーん……ユウトたちが寝静まってから僕とララディは退散してもいいんだけれど、ロングマンやマホならともかく、ユウトはずっと僕たちのことを気に病んでしまいそうだしなぁ。
やっぱり、村まで同行した方が良いよね。
「ララも、お付き合いするです」
いや、ララディはユウトたちと一緒に寝ていても大丈夫だよ。
そう言ってくれるのは嬉しいけれど、慣れない歩行練習で疲れたんじゃないかな?
「後半はマスターにずっと引っ付いていたので、全然疲れてないです」
うーん……そこまで言ってくれるんだったら、一緒に見張りをしようか。
「はいです!」
ニッコリ笑顔で僕を見上げてくるララディ。
こうして、僕とはララディと一緒に見張り役をすることになったのであった。
「…………」
このとき、僕はじっと見てくるマホに気づくことはなかった。
「ララディちゃん!マスターと見張りなんてしないで、俺と一緒に寝ようぜ!」
「死ね」
ら、ララディー!!




