第二百六十四話 新魔王の就任
ヴァスイル魔王国の首都には、多くの魔族が詰めかけて大変なにぎわいを見せていた。
国中の魔族が集まったかのような数が、首都に押しかけていた。
それもそのはず。今日は新たな魔王が誕生する記念すべき日なのだから。
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』
死んだ目をしながらも微笑みを浮かべたマスターが魔王城のバルコニーに出てくると、待ち受けていた魔族たちが大盛り上がりする。
マスターの装いは普段の質素なものではなく、王にふさわしい絢爛なものであった。
彼はなかなか抵抗を見せたのだが、今日は記念すべき日だからと押し切られたのである。
……そう、マスターは逃げ切ることができなかった。
彼が個人で逃げることはできない。
『救世の軍勢』の面々を残して行くわけにはいかないし、すでに一部とはいえ魔族たちに新たな魔王として認識されていたからだ。
そのため、マスターが最後の砦として見たのは、エヴァン王国の女王たるニーナ。
魔王軍討伐のために戦力を派遣した彼女が魔王の誕生を拒絶すれば、マスターはまだ逃げられると考えていたのである。
しかし残念。ニーナはあっさりと認めてしまった。
まとめ役を失った魔族たちが再び侵攻してくるのも困るし、何よりマスターの人格に信頼を置いていたのである。
その時、王国最強の女騎士と名高いリッターの口添えもあったことは言うまでもない。
しかし、なんにせよエヴァン王国での騒乱があった時にニーナに大きな信頼を与えたマスターの、いい意味での因果応報というものであった。
実際、未だ軋轢があるため人間の観光客はいないものの、エヴァン王国から正式な使者が派遣されており、この祝いの場にも姿を見せている。
『マスター!マスター!マスター!マスター!!』
一斉にマスターコールが始まる。
前魔王であるウロボロスを倒したのがマスターであるということも知れ渡っているため、強者に従う魔族たちは彼のことを受け入れるようだった。
その歓声に応えて手を振っているマスターの目は死んでいるが。
「ふふふっ。マスター、喜んでいると同時に焦っているわね。そういうところも、可愛いわ」
魔族たちが集まっている広場から少し外れた路地裏。
そこから、クーリンは慈しみが含まれた視線をマスターに向けていた。
死んだ目をしている彼も受け入れるということは、彼が何をしても彼女の中の好感度が下がることはないだろう。
そんな彼女に近づく影があった。
「凄い熱気と活気ね」
「ラルディナじゃない。来ていたのね」
それは、クーリンとの戦闘に敗北して彼女の魔物となった元魔王軍四天王の一人、サンダーバードのラルディナであった。
「私だって魔族よ。新たな魔王の誕生を、この目で見ないわけにはいかないわ」
「ふーん」
まあ、ラルディナがここに来た理由なんてどうでもいいやとクーリンは思った。
しかし、彼女が来るほどマスターの注目度が高いとなると、何だか嬉しくなるのであった。
ラルディナは遠くに見えるバルコニーに立つマスターを、目を細めて見た。
「それにしても、まさか人間が新魔王になるとはね」
「なに?あんた、不満とか言うんじゃないでしょうね?」
クーリンはバッと振り返って、鋭く彼女を睨みつける。
うんと頷いたら、すぐに魔物を召喚してラルディナを叩き潰すつもりであった。
しかし、ラルディナは首を横に振る。
「今の私は、物凄く遺憾ながらあなたの魔物よ。あなたの意見に反するようなことはしないわ。……自分のためにもね」
「正しい選択ね」
ボソリとラルディナが最後に付け加えた言葉にうなずくクーリン。
彼女も、このめでたい時にわざわざ死体を増やしたいとは思わない。
それに、彼女は元魔王軍四天王というだけあって、能力的にとても優秀だ。
これから死ぬまでこき使う予定なのだから、こんなところで失いたくはなかった。
「それに、マスターは普通の人間じゃあないわよ」
「へー……そんなに強いの?」
ラルディナは興味を持ったようにクーリンに聞く。
彼女が見たところ、そこそこの強さであるただの人間にしか見られなかった。
これが、魔王ウロボロスとの戦闘を見ていたら印象も変わっていたのだろうが、残念ながらあの場に彼女はいなかった。
「まあ、強さはもちろんだけど……。寿命も人間のものじゃないもの。少なくとも、あんたやあたしより長生きしているわよ」
「えぇ……それで人間って言っているの?」
人間の寿命なんて、たかだか六十くらいだ。
もちろん、強力な魔法使いなどはもっと高齢になっても生きているが、数は少ないし容姿は見た目相応のものである。
マスターの容姿は二十代、頑張って年寄りに見ても三十代である。
その容姿で実年齢がかなりのものだとしたら、魔族以外に考えられないのだが……。
「マスターはね。……そのことを広めておいたから、魔族の反発も少ないのよ」
「あら。その言い方だと、あるにはあったのね?」
「それはそうよ。魔王国を構成する魔族だけで、どれくらいいると思っているのよ。まあ、マスターを否定する奴なんて皆殺しにするんだけど」
大したことのない存在のくせに、素晴らしい存在であるマスターを上に戴くことができるのだ。
どうして、拒絶することがあるのか。
そんな身の程知らずは、生きている価値などない。
クーリン以外の『救世の軍勢』のメンバーは、皆その『処理』を行っているのである。
せっかくマスターが国を支配しても、内憂外患という状態でプレゼントしては『救世の軍勢』の名折れである。
当たり前のように、一切表情を変えずに皆殺しとか言っちゃうクーリンに、ラルディナは一歩引く。
「……魔王も引くくらいの独裁ね」
「独裁もたまには必要よ。それに、いつまでもヴァスイル魔王国だけに留まっておくべき人じゃないからね」
クーリンたちの目的とは、マスターに世界をプレゼントすることである。
ヴァスイル魔王国もなかなかの規模の国だが、一国を上げた程度で彼女たちは満足しない。
ここを基盤として、これから世界に手を伸ばすのである。
「……え?また戦争するの?」
「さあ?でも、いずれしないといけないといけなくなるかもしれないでしょ?その時は、あんたにも馬車馬のように働いてもらうからね」
自分に待ち受けているブラックな職場に、ラルディナは今から気が滅入る。
「……あの時、命を惜しんであんたの配下に加わって正解だったのかしら?」
「なに?今死にたいの?」
「じょ、冗談よ、冗談!私はもう行くわね!」
目が据わり始めたクーリンに危機を素早く察知したラルディナは、すぐにその場を離れる。
スタコラと逃げ出した彼女の背中を、クーリンはつまらなさそうに見送った。
「ふんっ、今は気分が良いから見逃してあげるわ」
クーリンは鼻を鳴らすと、再びバルコニーに立つマスターを見る。
「魔王になったマスター……いいわね」
クーリンはマスターが裏に引っ込むまで、うっとりとした表情で見続けていたのであった。




