第二百六十一話 魔王の最期
『な、なんだそれは……!?』
魔王は目を見張って、その光をも飲み込んでしまいそうな闇を凝視する。
マスターから発生した闇は、ゆっくりと、しかし確実にその規模を拡大させていく。
『こ、こっちに来るなぁぁぁっ!!』
魔王は火炎の蛇と紫電をマスターに向かって放つ。
しかし、それはどんどんと広がる闇に、まるで吸い込まれるようにして消滅した。
『ば、馬鹿な……っ!?』
あれほど圧倒していたというのに、こんなにあっけなくウロボロスの魔法が無力化されてしまうのか。
『なんなんだ、それは……答えろ!マスター!!』
ウロボロスに睨まれても、マスターは答えない。
うっすらと微笑むだけである。
ぶっちゃけ、これが何なのかはいまいちわからないからである。
ただ、力の使い方は分かる。
『むぅぅぅっ!?』
ぐあっと迫りくる闇。
それは意外と速度があり、ウロボロスという種族が戦闘で動き回ることを想定していない種族であることもあって魔王は逃げることができなかった。
しかし、魔王には幾分か余裕があった。
その理由は、彼の持つスキルである不死である。
このスキルがある限り、彼が死ぬことはない……はずだった。
『がはっ……!?』
闇に飲まれた身体の半分。ウロボロスの尻尾の部分が、まるで最初からなかったかのように消滅した。
しかし、これは先ほどの魔法攻撃の無力化を見ていれば想定の範囲内である。
激痛をこらえながらも、すぐにもう一つのスキルである再生を行使して復活しようとするが……。
『な、何故だ!?何故私の身体が回復しない!?』
いつまでたっても、失われた身体が元に戻ることはなかった。
スキルは確かに発動している。しかし、一向に再生しないのだ。
困惑している魔王を、クーリンはマスターの腕の中で見ていた。
ウロボロスが身体を失ってのた打ち回っているという凄惨な光景を目の当たりにしながらも、彼女はどうしてこうなったかを簡単に導き出していた。
つまり、マスターの闇はウロボロスのスキルである再生を凌駕したのだ。
ただ、それだけの話。
たとえ、天使教の祝福を受けた不死殺しの武器で傷つけられても再生し、聖の魔法で浄化されても復活するウロボロス。
しかし、全てを飲み込む闇に覆われてしまったものは、決して再生することができない。
「凄いわ……」
圧倒的な力を持つ者は、その力の強大さ故に拒絶されることがある。
しかし、クーリンに限っては違う。
マスターが異質で強力過ぎる力を持っていても、その勇姿に見惚れるだけだ。
元からマックスだった好感度が振り切れたくらいである。
ちなみに、これは遠くから状況を窺っている『救世の軍勢』メンバー全員に言えることである。
『ぐぅっ、うぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
魔王はプロミネンスと紫電を使って闇を近づけまいとする。
その威力は、生半可な力しか持たない人間や魔族を、この世から完全に消滅させるほどのものだった。
しかし、それだけのウロボロスの攻撃でもその闇は勢いを止めない。
怯む様子も一切なく、ただ淡々と魔王に迫る。
『……ここまでか』
魔王はそう小さく呟いた。
もはや、これ以上の抵抗は無意味。
何をしたところで、闇は確実に迫ってきて、彼の全身を飲み込んで消滅させてしまうだろう。
『だが、悔いはない』
強敵と……マスターと死力を尽くして戦えた。
たとえ、マスターが力を出したのは一部だけとはいえ、マスターが監禁状態から解禁されてからは誰も成し遂げることができなかった本気を出させることができたのである。
これは、魔王ウロボロスの偉業といっていいだろう。
『……いや、心残りがあるとすれば、お前の全力を私では引き出せなかったことだ、マスター』
魔王は怒りも恨みも籠っていない、羨望のまなざしをマスターに向ける。
彼と同じくらいの強大な力を持ち、しのぎを削って戦いたかった。
魔王の唯一の心残りがそれであった。
『さて、地獄からお前の活躍を見させてもらうとしよう、マスター。……もし、生まれ変われたら、今度は――――――』
――――――魔王としてではなく、私個人としてお前と勝負をしたいものだ。
魔王ウロボロスは最期にそう言い残し、闇に飲まれたのであった。
◆
僕は魔王ウロボロスがその姿を消滅させたのを確認すると、一息吐いてから展開していた闇を解除した。
いやー、強かったなぁ、魔王。流石は魔族最強。
昔のことを入れずに最近の敵の中では最も強かった。
僕も力の一部を出さざるを得なくなってしまったし……。
しかし、それでも僕の名前を聞き取れないのだったら、僕が全力で相手をする必要はないということである。
少し調子に乗っているようだけれども、とくにギルドの子たちが近くにいる所では本気を出すことなんてできない。
しかし、生まれ変わったら……か。
魔王は、代々生まれるものである。
そして、魔王の念と呼ばれるものも代々受け継がれていくのだ。
それは、人間への怒りや恨みといった怨念のようなものである。
だからこそ、代々魔王は人類に対して大規模な侵略を、毎回懲りることもなく仕掛けてくるのだ。
ウロボロスの彼も、その怨念に囚われてしまった一人なのだろう。
……うん、彼が生まれ変わったら、また正々堂々と戦ってみたいものだ。
「マスター、お疲れ様ね」
僕の腕の中から、クーリンが労ってくれる。
ありがとう……おっと、いつまでも抱きしめていたら気持ち悪いよね。
僕は慌てて彼女を解放する。
力の一部とはいえ解放すると、近くにいたら危険だったからね。
「むぅ……もうちょっとくらい……」
しかし、何故かクーリンの方から服を摘まんで離れないようにする。
んん……?
僕とクーリンが見つめ合っていると……。
「マスター!!」
「ごへっ!?」
ララディがその小さな身体をクーリンに体当たりさせてきた。
えぇ……。
「流石はララのマスターですね!魔族最強の魔王をああもあっけなく……流石ララのマスターですね!!」
何故二回言ったのか。
「なにすんのよ、ロリアルラウネ!!今はあたしの番でしょ!!」
「えー、なんですかー、それー。ララ、知らないですー」
「ふざけるな!!」
「い、いひゃい!?口を引っ張るなですー!!」
グイグイと互いの口を引っ張り合うクーリンとララディ。
……仲が悪いのか良いのかわからないな、これ。
ともかく、魔王を倒したことだし、僕が引き受けたニーナ女王の依頼は達成したと考えていいだろう。
それに、どうしてかアナトに頼まれていた前線に行くということも達成できたし。
最近はギルドに戻っていなかったから、そろそろ帰りたいと思っていたしね。
「あ、マスター。ちょっと待って」
「ふぎゃっ!?」
今度はララディを突き飛ばし、クーリンが駆け寄ってくる。
うん?なにかな?
僕が首を傾げると、クーリンは悪戯そうに微笑む。
「まだ、マスターにはしてもらわないとダメなことがあるんだから」
……嫌な予感がする。




