第二十五話 オークの黒幕
「ちっ!失敗したか……っ!」
マスターやユウトたち勇者パーティーのいる花畑から、少し距離の離れた森の奥にその男はいた。
その容姿は人間のものではなく、小さな角や翼が生えている。
彼は、魔族であった。
しかし、それだけではない。
彼は、魔王軍幹部の一人であるドスという男であった。
「あの忌々しい勇者共めっ!我ら魔族の邪魔をするとは……生かしておけんっ!!」
『グゥゥゥ……』
苛立ちのあまり、近くにそびえる木々に向かって魔法を放つドス。
流石は魔王軍の幹部で、巨木を一撃で倒してしまった。
その恐ろしい力を見て、目の前で跪くオークは震える。
ドスは、一度勇者パーティーと戦いを繰り広げている。
その際、彼は不覚にも勇者たちに後れを取ってしまい、何とか命からがら魔王軍へと逃げ帰ったのである。
そんな彼を待っていたのは、仲間たちからの嘲笑と侮蔑である。
それもそうだ。下等な人間……しかも、たったの四人にこっぴどくやられておめおめと逃げ帰る魔族があるだろうか?
おそらく、自分でなければドスさえ嘲笑っていたはずだ。
「この汚名、必ず晴らさねばならん!あの勇者共を殺せるなら、なんだってやってやる!」
怒りと憎しみで、ドスの心は占められていた。
「やはり、魔物どもに任せていてはだめだ。俺直々に、あいつらを殺してやるっ!!」
まだ、勇者たちから受けた傷や魔力の消耗の回復が完全ではないため、オークを使って勇者たちに攻撃を仕掛けたが、それも失敗した。
なら、自分でやるしかない。
そう結論付けたドスは、早速勇者たちのいる花畑に向かおうとする。
「ん?貴様、まだここにいたのか。役立たずめっ!死ね!!」
『ギャァァァァァァッ!!』
ドスは怯えながら跪いていたオークに魔法を放つ。
その一撃で、生命力の強いオークはあっさりと死んでしまった。
魔王軍幹部の実力から考えると、至極当然の結果である。
オークに八つ当たりをして何とか怒りを抑え込んだドスは、どのような形で勇者を追い詰めようか考え始める。
「そういえば、勇者たちの他にも二人ほど人間がいたな」
ドスは魔法であの花畑の戦闘の状況も見ていたが、あの場には四人組の勇者パーティーの他にも二人の人がいた。
しかも、うまい具合に、一人はそれほど強くなさそうな優男で、もう一人は戦うすべすら持たないような幼女よりの少女であった。
「あいつらは勇者だ。他人が困っていたら、助けざるを得んだろうなぁ」
ドスは魔族らしい、あくどい手を思いつく。
あの男か少女のどちらかを人質にすれば、こちらが一方的に攻撃を仕掛けられる。
無論、ドスのように仲間が人質にとられてもまったく気にしないような男であれば、人質諸共攻撃することができるが、勇者たちはそんなことできないだろう。
しかし、ドスは当然知らないことであるが、ララディ含む『救世の軍勢』の面々はマスター以外が人質にとられていたら、逆に嬉々として即死級の攻撃を仕掛けてきたりする。
「ちょうどいい具合に、この森にあのガキが入ってきていたなぁ。よし、あいつを人質にとるか」
ニヤリと笑うドス。
彼は、ララディがよちよちと歩いて森の中に入ってきていたことを知っていた。
翼を広げて、早速ララディの元に向かおうとすると……。
「いやいや、ララがきてやったですから、動かなくて大丈夫です」
「なに……?」
そんな彼を呼び止める可愛らしい声。
ドスは一体だれが話しかけてきているのかと警戒する。
「ぐぁっ!?」
しかし、その警戒も空しくドスは大きな蔓に身体を薙がれてしまい、吹き飛ばされてしまう。
「な、何が……っ!?」
突然攻撃を受けて、目を白黒させるドス。
そんな彼に答えを示すように、目の前の土がもっこりと盛り上がる。
そこから現れたのは、つぼみが閉じられたとても大きな花だった。
にょきっと全て顔を出すと、ゆっくりと花弁が開いていく。
「こんにちはです、おじさん」
開いた花弁の中にいたのは、ドスが今から攫いに行こうとしていたララディだった。
マスターに見せる表情とは打って変わり、まったくの無表情でしゃがみ込むドスを見下ろすララディ。
「なっ……!?こんな短時間で、俺の場所を探り当てたのか!?」
目を大きく見開いて驚愕するドス。
それもそのはず。広い森の中でドスがいる場所を探し当てるのだって、一日かけても探せないかもしれないという長い時間がかかるはずだ。
それなのに、オークをけしかけてからまだ十分と経っていない間にドスを探し当て、さらにすぐそばまで接近したのである。
魔王軍の幹部に気配を気取らせずに接近するなど、普通の人間にできるはずがない。
そのありえないはずのことを、二つもやってのけたララディが冷たくドスを見下ろしていた。
「さて、ララが何をしに来たか、分かるですよね?」
「……報復か?」
「そうです」
ドスは最も考え得る答えを出すと、満足そうにララディが頷く。
「お前も、勇者の一味か?」
「は?バカも休み休み言えです、この蛆虫。ララが自分を捧げるのはマスターだけです」
どうやら、ララディの怒りの線に触れてしまったようだ。
魔王軍の幹部を蛆虫呼ばわりし、死んだ目で彼を見下ろす。
ちなみに、『救世の軍勢』のメンバー同士では力を利用し合うだけに留まるので、胸を張って仲間とは言えない。
それでも、我と癖が強い彼女たちから考えると、打算込々でも協力するのは奇跡的なことである。
「ララは怒っているですよ。お前、花畑をボロボロにしてくれやがったですね。お花と強い関係のあるララは、とても不快ですよ」
「ふんっ。たかが花でそこまで怒られてもな。それに、俺だってオークが花畑に突っ込むなんて考えていなかったさ」
「うるせーです。部下の責任は上司が取るです」
もちろん、その責任は命で。
と続く言葉は、ララディは胸の奥に抑え込んだ。
別に言っちゃってもよかったが、もうちょっと『遊ばせて』やることにしたのだ。
「まあ、花畑のことも怒っているですが、一番怒っているのは別にあるです」
「別?」
「そう」
ララディはコクリと頷くと、一気に怒気を膨れ上がらせた。
「―――――お前、マスターの近くにあの薄汚いオークを近寄らせたですね?その不敬、お前の命で償うですよ」
「!?」
暴れん坊なオークを近寄らせて命の危機があったから怒ったなら、まだ分かる。
オークをただ近づけただけで殺されるなんて、あまりにも酷い言いがかりに聞こえたドスであった。
しかし、ララディは真剣にそう思っているし、言ったのである。
「はっ、馬鹿めっ!!」
不思議なことにまず動いたのはドスの方だった。
人間など下等生物としか思っていないドスが、普通に会話を楽しんでいたわけではない。
ララディと会話をしていたのは、魔力を溜めるための時間稼ぎである。
「くたばれっ!!」
溜められた高密度の魔力を内包する魔法を撃ち放つドス。
その威力は、以前ドスを打ち負かした勇者たちがくらうと一撃で倒れ伏してしまうほどの力があった。
魔法が何かに衝突し、爆風が吹き荒れる。
「はははっ!お前が何だかは分からんが、この攻撃を受けて無事ではいられまい?」
「―――――うぇっ。煙が臭いです」
「!?」
地面に倒れ伏すララディの姿を予想していたドスは、ケホケホと軽い咳をするくらいで済んでいる彼女を見て心底驚く。
ドスの攻撃が、まったく効いていなかった。
ララディの前には巨大な植物がにょきにょきと生えており、それで彼の魔法攻撃を防いだのだ。
その植物も、一切ダメージを受けている様子がない。
「次はララの番ですね」
そう言うと、ララディは手を前にかざす。
「ぐぁぁっ!?」
それだけの行為で、またドスは吹き飛ばされる。
不思議なことに、ララディと向かい合っている正面ではなく、背後からの攻撃だった。
ララディと一緒にいたあの男かと振り向くと……。
「き、木が動いている……っ!?」
ズルズルと重たげに根っこを地面から引き抜き、木が自立して動き出していた。
うねうねと枝を揺らし、ドスを威嚇している。
「ふざけるなっ!たかが木に、魔王軍の幹部が敗れるはずがあるかぁっ!!」
ドスは強烈な魔法を放ち、迫りくる木を吹き飛ばす。
その強力な一撃で、木は一気に破壊されてしまった。
「おぉっ。流石は魔王軍の幹部です」
「ふん」
ララはパチパチと手を合わせて拍手する。
ドスは自尊心が刺激されて気持ちがよかったが、大して怯んでいないララディを見て首を傾げる。
自分の魔法が打ち破られて、こんなにのんきにいられるものだろうか?
「じゃあ、倍プッシュです」
「……は?」
ドスの目には、ララディの後ろでうねうねと気味悪く蠢く木が、数えるのも馬鹿らしくなるほど存在しているのを捉えていた。
ゾッと背筋に冷たいものが走るドス。
「ここは森の中。ララにとて武器となるものが腐るほどあるです。お前はこの森の木々を全てなぎ倒すまで、終わらない戦いをするですよ」
ララディが可愛らしい容姿相応の笑顔を見せる。
そして、彼女が言い終わると同時に、後ろで控えていた木々たちが猛然とドスに向かって襲い掛かる。
「くそったれぇぇぇぇぇっ!!」
ドスは魔力を込めて、木々に打ち込んだのであった。




