第二十一話 ララディの幸福の終わり
「ささっ、マスター。食べて感想がほしいです」
ずずいっとララディがバスケットをマスターに差し出す。
マスターはコクリと頷いて、バスケットの中に手を伸ばす。
彼はバスケットの中からサンドウィッチを一ついただき、口に入れた。
そのすぐ後、ララディに美味しいという感想を伝えるのであった。
「ほ、本当ですか?あまり、慣れないからとても不安です……」
基本的に、ギルドで食事をとる時はシュヴァルトに任せているララディ。
料理もあまりしないので、正直自信があるというわけではなかった。
もう一度聞き返すと、また美味しいという言葉が笑顔と共に戻ってくる。
「はふっ、よかったです……」
ほっと安堵のため息を漏らすララディ。
そんな彼女に、マスターはお弁当を食べてみたらいいと提案してくる。
せっかく作ってくれたんだから、二人で楽しんで食べようということらしい。
「はいです」
ララディもサンドウィッチを食べ始める。
あぁ……マスターとこうやって過ごせることが、本当に幸せでたまらない……。
最近は『とあるプレゼント』をマスターにあげるために、色々と外に出て活動することが多くなってきた。
もちろん、マスターに捧げるためのお金を稼ぐために、闇ギルドに送られてくる仕事を受けなければならない。
数少ない休日を利用してマスターと遊ぼうとしても、絶対に誰か一人は『救世の軍勢』の鬱陶しい雌猫が引っ付いている始末。
そんな気が荒んでしまうような毎日の中で、ようやく見つけた救済の日が今日なのである。
強烈な幸福感を得ていても何らおかしくない。
「あ、マスター。もっと、サンドウィッチとサラダを美味しくすること、できるですよ」
ララディは頬をうっすらと染めながら、そんなことを言う。
今の言葉のどこに恥ずかしがる要素があるのかわからないマスターは、首をひねるばかりだ。
だが、ララディにとってかなり勇気を出して言った提案に違いなかった。
マスターは。どうやって味付けをするのかまったく想像ができなかったが、せっかくだしやってもらうことにした。
「よし、じゃあやるですよ」
ララディは立ち上がり、ふんすと気合を入れる。
料理と違ってこの味付けにはとても自信があるが、口に入れるのは最も尊いマスターである。
決してマズイ『あれ』を出すわけにはいかない。
そう固く決心して、ララディはカッと目を見開いたのであった。
「うぅぅぅぅっ!」
そして、突然力みだすララディ。
あまりにも唐突な展開に、マスターも目を丸くしている。
しかし、ララディは愛しのマスターに驚愕と疑念の目を向けられていることにまったく気づかず、力を込めつづけた。
可愛らしくてプニプニの頬が真っ赤になっているし、キュッと顔をしかめているのは思わずマスターのニコニコ度が30パーセント上昇するくらい愛らしい。
いったい、これから何が起きるのだろうか……。
「あぁっ!出そう、出そうです!マスター!近くにサンドウィッチとサラダを持ってきてほしいです!」
ララディはまったく余裕が喪失しており、思わず至高のマスターを小間使いのように扱ってしまう。
あとで、いくらでも謝るとして、今は『あれ』を味わってほしかった。
マスターも嫌な顔一つせず、ララディの様子を心配そうに見ながら言われたものを取りに行く。
そして、慌ててバスケットを彼女の近くに持って行く。
ララディの小さな身体が、ブルブルと震えはじめる。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
ギュッと力を込めるララディは、現在ラストスパートに入っていた。
マスターはその近くで、ドキドキワクワクといった様子で見ていた。
「うぁんっ!!」
ララディは、ビクンと身体を大きく震わせた。
その後、ピクリとも動かずに身体を硬直させる。
マスターは目を見開いて驚いている。
何か、身体に不具合でもあるのかと心配そうに聞いてきてくれるが、ララディははあはあと荒い息を抑えるのに必死である。
マスターが心配そうに見つめる中で、ララディの身体に異変が起きた。
いつも彼女が頭に咲かせている花から、じんわりと液体が滲み出したのだった。
ララディは頭を下げて、それをバスケットの中のサンドウィッチとサラダにかけた。
「ふー、できたです。さ、どうぞです、マスター」
ララディはニッコリと笑って、そのサンドウィッチを差し出した。
ドキドキと高鳴る胸を抑えるが、赤く染まる頬は隠せない。
これはなにと聞いてくるマスターに、ララディは恥ずかしがりながら答える。
「ララの蜜です」
そう、これはララディが自分の身体から絞り出した蜜であった。
もう、それは体液と一緒ではないかと思うかもしれないが、卑猥な意味は微塵もない。
ララディの種族ができる、普通の行為である。
初めて見たと驚くマスターに、皆にも秘密にしていることを告げる。
「たまに、料理の中にインしているです」
ほへーっと笑いながら驚くという器用なことをしてみせるマスター。
体液を混ぜるのは、『救世の軍勢』メンバーなら誰しもが経験することである。
ララディは普通の蜜なのだから、まだマシである。
他の者たちは、何やら怪しげな薬品やら黒魔術やらをかけようとするので、毎回キッチンではマスターにばれない程度の戦争が勃発しているのである。
「ささっ、マスター。遠慮せずに、ガブリといくです」
はっはっとララディは息が荒いまま、マスターに蜜つきサンドウィッチを勧める。
これは秘密だが、マスターが自分の蜜を食べるということにとても興奮している。
じっと彼女が見つめる中で、マスターはトロリとララディの蜜がのったサンドウィッチを口に頬張る。
しばらくもぐもぐとサンドウィッチを頬張っていたマスターは、さらに笑顔を濃くした。
そして、次に口にしたのはこんなに美味しいものは初めて食べたというお褒めの言葉だった。
それを聞いて、ララディはゾクゾクと背筋に走る快感を得ていた。
「あはぁ……。マスターに喜んでもらえてうれしいです」
マスターからありがとうと伝えられて、ララディは陶酔しきった顔を見せる。
現在では、たとえこの世界の最高権力者である王や魔王であっても手に入らないララディの蜜は、マスターの舌を満足させるだけの味があった。
一度食べれば中毒になってしまうララディの蜜だが、マスターほどの強靭な精神力があれば大丈夫だろうと思って彼女はトッピングした。
事実、マスターは狂ってララディに詰め寄ることはなく、ニコニコとしている。
「(マスターの身体の中に、ララの大切な場所からにじみ出た液体が入っていく……っ!あふぅぅぅっ!たまらねーですぅっ!!)」
ララディは身体をひねって、ビクンビクンとする。
マスターは彼女の異変に首をひねるが、あまりにも蜜が美味しくて食事を継続してしまう。
「あっ、マスター。ララが食べさせてあげるです。あーん」
ララディはマスターにむかってよちよちと近寄っていき、満面の笑みで蜜がたっぷりと塗られたサンドウィッチを突き出す。
こうすると、自然と身体が密着できるので、凹凸が少ないながらも柔らかさを持つ未発達な身体をすり寄らせることも可能となるのである。
マスターはそんなララディの思惑に気づいた様子はなく、仕方ないとばかりに苦笑して口を開けた。
「今度はララの番です。あーん」
親鳥に餌を与えられるのを待つひな鳥のように口を開けるララディ。
マスターは苦笑しながら彼女にサンドウィッチを差し出す。
「んふー!美味しいです」
ララディは頬に手を当てて、満足そうに唸った。
自分の蜜を食べるのはあまり好きではないのだが、マスターに食べさせてもらえば本当に美味しく感じてしまう。
その後も、しばらく食べさせ合いっこをしていたマスターとララディであったが……。
『グォォォォォォォッ!!』
そんなほのぼののんびりとした空気を強制的に終了させる怒号が上がったのであった。
このとき、キラキラと輝いていたララディの目が一瞬で死んだのは余談である。




