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第二百九話 黒龍

 










「…………っ!?これは、姉上の……」


 集落内を駆け巡る力の奔流に、アリスは目を見開く。

 そして、すぐにそれは姉であるリースの力だということに気づいた。


 この強大な魔力は、リースがドラゴンになるためのものだろう。


「そうか……。姉上に、そこまでの力を出させるか。……やはり、魔王軍は侮れないな」


 リースは、『あの時から』ドラゴンの姿になることを避けるようになった。

 漆黒の禍々しい姿を見せることを忌避するようになった彼女を、ドラゴンの姿にさせるほどイザッコは追い詰めたということである。


 マスターが側にいるはずだから姉の心配はしていないアリスであったが、魔王軍に対する警戒は強くなる。

 そして、そんな危険な人物を集落内に引き入れた混血のドラゴンたちにも、警戒は抱くことになる。


 目の前に座る混血のドラゴンたちを睨みつけるアリス。


「だからこそ、そんな敵を集落内に引き込んだ貴様らの罪は重いぞ、クレイグ!」


 とくに、アリスの鋭い目に睨みつけられているのは、このことを首謀したクレイグであった。


 彼は澄ましたような無表情で目を瞑っているが、その顔にはびっしりと汗が浮かび上がっていた。

 リースの強大なドラゴンとしての力を感じ取り、さらには目の前で族長であるアリスの強い怒りを向けられているのだ。


 リースを除けば、最強のドラゴンはアリスである。

 その戦闘力は凄まじく、ここにいる混血のドラゴン全員で襲い掛かっても、勝てる見込みが薄いレベルだ。


「……我らは、ドラゴン族の未来を思って行動したのみ」

「ふん!それが、この有様か?」

「…………」


 クレイグは苦し紛れの言葉を言い放つが、アリスの不機嫌そうな言葉に返すことができなかった。

 そもそも、クレイグの思うドラゴン族の未来とは、どのようなものなのか?


 それは、本当に全てのドラゴンたちにとって良い未来と言えるのだろうか?


「奴を集落内に引き込む手引きをしたクレイグと、それに協力した混血のドラゴンたち。貴様らには、それ相応の罰を下す。覚悟しておけよ」


 アリスは冷たい目を混血のドラゴンたちに向ける。

 彼女は理解していた。


 クレイグたちが、純血のドラゴンたちを排して、混血のドラゴンたちのための集落を作ろうとしていることを。


「……ちくしょう!だから、やり過ぎじゃないかと言ったんだ、クレイグ!」

「…………こうなれば、あの男の言う通りにするしか……ないようだな」


 クレイグの隣に座っていたドラゴンが、彼を責めるように睨む。

 一度、魔王軍を迎え入れることに賛成した以上男も同罪なのだが……。


 しかし、クレイグはそんな彼を見ることすらしなかった。

 そして、ボソリと不穏なことを呟くのであった。












 ◆



「ぐっ!?ちぃっ!面倒くせえなぁっ!今更、何やったって遅ぇんだよ!!」


 吹き荒れる黒い魔力の奔流にさらされながらも、イザッコは強く悪態をつく。

 この禍々しい魔力は、魔王軍の四天王であるイザッコにとっては心地いいくらいであった。


 彼には自信があった。

 たとえ、リースが本当の姿を取り戻しても、自分が勝てることを信じて疑わなかった。


 まあ、多少は手こずりはするだろうが、負けることなんてありえない。

 何故なら、自分は最強のワーウルフである。魔王軍の四天王の一人である。


 ドラゴン族最強のドラゴンが相手だとしても、負ける道理がなかった。

 リースを殺した後は、あのニコニコといけ好かない笑みを浮かべている人間の男である。


 あれは、とても美味しそうな匂いがしてきていた。食らうのが楽しみである。

 ニヤニヤとした笑みを浮かべているイザッコ。


 その余裕と笑みは、次の瞬間に完全に失ってしまうことになる。


『余裕だな。まあ、私に傷をつけたことは、確かに力があるからできるんだろうがな』


 リースに集まっていた黒い魔力が晴れる。

 吹き荒れるような魔力から解放されたイザッコは、ようやく殺せると笑みを浮かべたまま目を向けて……。


「な、なんだよ、テメェ……」


 目を見開き、呆然とした表情を浮かべた。

 多少、強くなることは予想していた。


 人間の形態をとって本来の姿を隠している魔族というのは、正体を現すと往々にして能力が跳ねあがるものである。

 事実、イザッコだってそうだ。


 ワーウルフとなった彼は、強力な牙と爪を持つことができ、身体能力も人間とは比べものにならないくらい高くなる。

 しかし、リースの姿はイザッコの予想をはるかに超えていた。


『久しぶりだな、この姿は』


 リースの声が、イザッコの頭上高くから降ってくる。

 リースは、黒いドラゴンだった。


 その体長は非常に大きく、クレイグがドラゴンの姿をとっていた時の何倍もの大きさである。

 見据えられるだけで腰が抜けてしまいそうになる迫力のある目。


 大きな口から覗くギラリと光って連なる牙。

 全身を覆うのは、真っ黒な鱗。


 ここに、黒龍が姿を現すのであった。


『どうした?あの威勢の良さが消えているぞ?』

「…………ッ!!さっきまで俺にボコボコにやられていたくせによぉ……調子にのるなぁぁっ!!」


 イザッコはリースの言葉に頭を沸騰させる。

 そうだ。恐れることなんてない。


 先ほどまで戦いを有利に進めていたのは自分なのだ。

 イザッコは怒りで恐怖を押しつぶし、リース目がけて襲い掛かる。


 それに対して、リースは避ける素振りすら見せない。


「そんなに図体がデカかったら、避けることもできねえよなぁっ!?」


 イザッコは嘲笑して、全てを噛み砕くワーウルフ自慢の牙をむく。

 これなら、リースの鱗を貫いてダメージを与えることができる。


 イザッコは笑いながら牙を鱗に突き立て……。


「なぁぁぁぁっ!?」


 ガキンと儚い音が鳴った。

 それは、イザッコの牙から生じた音だった。


 自慢であるはずの牙は、リースの鱗を傷つけるどころか根元から折られてしまった。


「お、俺の牙がぁぁぁっ!?」

『馬鹿だな。私は避けられなかったんじゃない。避ける必要がなかっただけだよ』


 リースの鱗は、本来の姿を取り戻したことによってさらに硬くなっていた。

 部分展開なんて、そもそも人間の形態に無理やりドラゴンの力をつけようとした結果のものである。


 本来の力が発揮できないのも当然だろう。

 しかし、十全に力が使えるのであれば、最強のワーウルフの牙をも砕く。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 さらに、イザッコの鋭い悲鳴が響き渡る。

 リースが鋭く尖った巨大な爪で、イザッコの片腕を斬りおとしたからである。


 失った腕の断面を手で押さえながら、絶叫する。

 今まで味わったことのない痛みである。彼の目には、涙すら浮かんでいた。


『ほら。しっかり戦わないと、死ぬぞ?お前』

「ひっ――――――」


 イザッコは初めて悲鳴を上げた。

 勝てない。殺される。


 ……自分だけだったら、の話だが。

 イザッコには、もう一つ奥の手があった。


 もはや、出し惜しみする必要も余裕もない。


「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!」


 イザッコは高らかに遠吠えを上げるのであった。



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