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第百八十六話 伝承の真偽

 










「マスター……。どうして、ここに……?」

「は?」


 ルーフィギアの問いかけに応えたのは、マスターではなくシュヴァルトであった。


「どうしてもこうしてもありますか。いきなりあなたたちが駆け出したから、私たちもここに付いてくるしかなかったんじゃないですか。あの負傷者たち、放っておいてよかったんですか?」

「そ、そうじゃないわよ!」


 ちなみに、シュヴァルトが『虫なんて置いて、さっさと行きましょう』と言っていたことは、マスターだけの内緒である。


「その……助けてくれて、ありがとう……」

「勘違いはしないようにしてください。マスターがあなたを助けたのだって、まだちゃんと報酬をもらえていないからですからね」


 どうしてシュヴァルトが答えるんだと思ったマスターだったが、とりあえず何も言わないことにするのであった。


「ほう、『破滅をもたらす者』か。……いや、違ったんじゃったな。ワシの期待を簡単に裏切ってくれよった」

「……は?」


 シュヴァルトは目を吊り上げて長老を睨みつける。

 エルフの戦士であっても腰を抜かすような怒りがぶつけられているのだが、流石はエルフの長老。動じることなく、彼女の視線を見返している。


「まだ、ワシを睨んでおるダークエルフの方が役に立ったわい。ワシの勘も、鈍ったものよのぉ」

「私がクソジジ……あなたの役に立ったと?妄言も大概にしてください。ボケるのでしたら、私たちのいないところでお願いします」


 罵倒しようとするシュヴァルトであったが、一度言ってしまうと止まらなくなってしまいそうだったので、何とか自重する。

 それでも、毒舌は冴えわたっていたが。


「いやいや、随分と助かったわい。お前の力と、元老院メンバーの力。それらを合わせると、この玉も溜まってきた」

「は?」


 長老は見せびらかすようにして玉を手のひらの中で転がす。

 何のことだかさっぱりわからないシュヴァルトは、気持ち悪そうに長老を見る。


 意味の分からないものは気持ち悪い。シュヴァルトの考えである。


「ルーフィギアに強者のダークエルフ。この二人がいれば、この玉にはみっちりと力が溜まることじゃろう。ワシの宿願の礎になってくれ」

「お断りします。私はマスターの奴隷(もの)です。あなたの宿願とやらに力を貸すことなんてできません。不愉快です」

「わ、私だって手伝わないわよ!」


 身勝手な長老の言葉を、シュヴァルトは冷たい態度で一刀両断。

 慌ててそれに便乗して、ルーフィギアも拒絶する。


 こっそりとマスターの後ろに隠れているのは、意外と強かな性格をしている証拠である。

 シュヴァルトが彼女を凄い目で見ているが、マスターは気づかないふりである。


「ふはっ!そうは言ってものう……。ルーフィギアはワシには勝てんし、ダークエルフだって然り。偽物の『破滅をもたらす者』は、論外じゃ」


 論外と言われてシュンとするマスター。

 それを見て、シュヴァルトは長老をむごたらしく殺すことを決意する。


 魔剣『ハッセルブラード』を取り出して早速斬りかかろうとする彼女であったが、マスターに止められる。

 何故止めるのかと視線で訴えかけると、優しい微笑みが返ってくるだけである。


「うーむ?ワシは、ダークエルフが戦った方がいいと思うがのう……」


 玉に力を溜めたい長老は、強者であるシュヴァルトと戦うことを望むが、マスターは微笑んで彼を見る。

 笑顔ではあるが、その意思は固そうで変わりそうにない。


「ふーむ……仕方ないのう。お前をさっさと殺して、ルーフィギアとダークエルフの力をもらうとしようかの……」


 長老は面倒くさそうにマスターを見ながら言った。

 まあ、奴を殺せば少量ではあろうが、玉に力が溜まるかもしれない。


 先にシュヴァルトとルーフィギアを殺すにせよ、誰一人として生かしておくつもりもないから、マスターだって後で殺すことになる。

 そう考えると、どちらが先でもいいかという考えになった。


 マスターはそんな長老の態度に苦笑しながら、軽く手を振った。


「ぬぉぉぉぉぉっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 その直後、凄まじいほどの暴風が集落を吹き荒れた。

 それは、以前精霊が悪戯で突風を起こしたときのそれとは比べ物にならないほどだ。


 長老が髭を揺らし、ルーフィギアが髪をたなびかせ、シュヴァルトが頬をうっすらと赤く染めながらスカートを押さえる。

 その暴風は集落の建物は壊さず、しかし燃え盛っていた炎だけをかき消してみせた。


 あれだけ広範囲に広がっていた火災が、一気に鎮火させられたのであった。


「う、嘘……。こんなことができるだなんて……」

「……マスター、エッチです」


 ルーフィギアは呆然とした様子でマスターを見る。

 当のマスターはシュヴァルトに慌てて誤解を解いてくれと懇願しているが、その様子を見ると尚更信じられない。


 あんなほのぼのとした男が、これだけの力を持っているだなんて……。


「くっ、くっくっくっ……ぶはははははははははっ!!」


 そんな時、大笑いをする男がいた。

 マスターを見る目をギラギラとさせた、長老であった。


「ワシはお前が偽物だと言ったが……とんでもない!この魔力の風!ルーフィギアを軽く上回っておる!間違いなく、お前は『破滅をもたらす者』じゃ!ワシの勘は、鈍っていなかったようじゃなっ!!」


 嬉しそうに、ペラペラと話す長老を見て、マスターは困ったように笑う。

 まったく身に覚えのない二つ名で呼ばれたら、誰だってそうなるだろう。


「先ほどまでの言動、撤回しよう!ルーフィギアも、そこのダークエルフも必要ない!お前の力だけで、この玉は満たされることじゃろう。さあ、礎になってくれ!」


 長老はそう言って、再び火の玉を放つ。

 マスターどころか、その後ろに控えているシュヴァルトとルーフィギアまでも飲み込まんとするほどの巨大な火球である。


 しかし、マスターの表情は変わらない。

 ただ、穏やかに微笑んで魔力の壁を作り上げるだけだ。


 その壁に少しも傷をつけることができず、火球はまたあっけなく存在をかき消される。

 それを見ても、長老は満足そうに頷くだけである。


「素晴らしい!今のだけでも、玉に力が宿っておる!もっとじゃ!もっと、力を……っ!!」


 長老はそう言うが、自分で分かっていた。

 自分の力では、これが限界だと。


 今までの火球だって、長老が全力で使える最大の攻撃である。

 実際、それは最大の攻撃にふさわしい破壊力を持っていた。


 この集落を焼き尽くしていたのだって、その魔法である。

 それを受けても、一切ダメージを負っていないマスターが異常なのである。


 しかし、彼にはもっと力を発揮してもらいたい。

 だから、長老は奥の手を使うことにした。


「多少勿体ないが、お前の力ならもっと還元してくれるじゃろう。……期待しているぞ?」


 長老はニヤリと笑って、玉を掲げる。

 ルーフィギアが何をするのかと構えていると、その玉がカッと輝いたのであった。




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