第百六十五話 奴隷商人の決断
「さて、エルフの子供たちを奪還するのは構いませんが、その奴隷商人の居場所は把握しているのですか?」
「ええ、その点は抜かりないわ」
シュヴァルトの質問に、ルーフィギアは即座に頷く。
うんうん、ギルドの依頼にしてもなんにしても、情報というものはとても大事だ。
奴隷商人がどこにいるのかもわからなければ、まず探すことから始めないといけない。
そんなにもたもたしていると、エルフの子供たちが売られてしまうかもしれない。
そうなると、時間の猶予はなかったのだけれど、それは大丈夫のようだ。
だからといって、のんびりとしていいわけではないのだけれど。
「それにしても、人間の情報屋ってかなり良い値段で売ってくるのね。あのワールド・アイとかいう情報屋、私の足元を見て……っ!いつか、何か仕返しをしてやりたいわ!」
ルーフィギアは裏路地にいた情報屋から奴隷商人の情報を買ったのか。
だから、人間の街である王都にいるんだろうけれど……。
それにしても、また聞き覚えのある情報屋の名前だ。
確か、呪いに侵されてしまったルシカを助けるために、ルシルたちが情報を買った情報屋の名前もワールド・アイだったはずだ。
エリクサーのことといい、本当に何でも知っていそうだね。
「そうですね。私からも言っておきます。マスターに呆れられていると」
シュヴァルトはニヤリと口だけを歪め、そう言った。
知り合いなんだろうか?いや、別に呆れているわけではないけれどね。
「情報によると、奴隷商人は王都からそう離れていない林道にいるらしいわ」
おや、奴隷商人は王都では売買をしないつもりなのか?
まあ、ルーフィギアが住んでいるという深緑の森は、あまり王都から離れていない。
そんな所で、堂々とエルフの取引なんてできないか。
「それもあると思いますが、まずエヴァン王国では奴隷の売買は禁止されています。最近では、単純所持だけでも罪となって罰せられるようになったと思います」
何も分かっていない僕に、シュヴァルトが丁寧に教えてくれた。
そう言えば、ニーナ女王がかつて王女だった時、護衛していた最中にそんな話を聞いたような気がする。
最近ということは、彼女が女王に即位してからということだろう。
やはり、ニーナ女王も頑張っているようだ。
おそらく、彼女の手伝いをしているリッターにも頑張ってもらいたい。
「おそらく、女王の権威が届きづらい地方の街や、奴隷が認められている国に移動するつもりなんでしょう」
なるほど、ニーナ女王も王位に就いてまだ日は浅い。
彼女の威光が王国全土に広まるのは、もう少し時間がかかるだろう。
といっても、そうそう時間はかからないだろうけれど。
「いつまでもあの子たちを奴隷商人になんて預けていられないわ。これ以上、逃がすわけにはいかない」
ルーフィギアの目には強い光が宿っていた。
よし、僕たちも頑張って手伝わせてもらうよ!
どこまで力になれるかはわからないけれど、依頼された分は頑張るつもりだ。
奴隷の存在自体が正しいのか間違っているのかはわからないけれども、個人的にはあまり好ましいものとは思えないしね。
「……そうですね」
シュヴァルトも頷いている。
そんな彼女の表情をいまいち読み取れなかったけれども、何だか逡巡したような間があった。
シュヴァルトにも、思うところがあるのだろう。
さて、ではどのようにエルフの子供たちを救出しようか?
強襲でも仕掛けようか?
「いえ、それだとあの子たちが乗せられている馬車の近くで戦闘になってしまうかもしれないわ。そうなると、彼らにも危険が及ぶかもしれない」
うーん……確かに。
シュヴァルトは剣の使い手だからまだしも、僕なんてゴリゴリの遠距離タイプである。
魔力弾を撃って、それが助けるべきエルフの子供たちに当たったとなれば、目も当てられない。
しかし、そうなるとどうすればいいのか……。
「ええ。それなら、私に良い考えがあるわ」
ルーフィギアはニヤリと自信ありげな笑みを浮かべる。
……なんだろう。嫌な予感しかしないんだけれど……。
◆
奴隷商人の男は、非常に満足していた。
王都から地方の街に行こうと、普段は通らない深緑の森の近くを偶然にも通った時だった。
深緑の森には、奴隷として高く売れるエルフたちが住んでいることは分かっていたが、彼らの魔法によって集落にたどり着くことさえできないことも分かっていた。
むやみに入れば、迷い込んでしまって二度と出てくることはできないだろう。
ゆえに、男も残念に思いながらも手を出すことはなかった。
しかし、今日はいつもと事情が違った。
名残惜しく深緑の森を見つつも隣を過ぎ去ろうとすると、なんとエルフの方から姿を現したのである。
残念だったのは、出てきたエルフたちが全員大人よりも価値の低い子供だったということだが、それでも男女問わずに見目麗しいエルフの子供となれば、そういった趣味の持つ金持ちに高く売れることだろう。
そこで、奴隷商人は護衛として雇っているグレーギルドの連中に銘じて、子供たちを捕まえさせたのであった。
「おーい、雇い主さんよー」
「何だ?」
思わぬ収穫に、普段は乱暴者と侮っているグレーギルドの男に話しかけられても、上機嫌に返事をすることができた。
男の頭の中は、エルフたちを売りつけて得られる大量の金のことでいっぱいだった。
「索敵していた奴から報告があってよ。この道の先に、人間がいるってよ」
「なに?」
護衛の男の報告に、奴隷商人はバラ色の思考を一瞬でかき消す。
エヴァン王国では、奴隷制度は完全に廃止されている。
今までは、表向きは廃止されていても裏で奴隷を持つ貴族もいたのだが、ニーナ女王が即位してからというものの、徹底的に規制されてしまい、そのような不正は一切認められなくなってしまった。
王国に来たのは無駄足だったと落ち込んでいるときに、エルフたちを捕まえられたので喜びもひとしおだったのだが。
「どんな連中だ?」
「三人組らしいぞ。一人は貴族っぽい優男。あとの二人が女だとよ」
「ほう、貴族か……」
奴隷商人の男は目を細める。
金を持っている貴族は、男にとって客になってほしい連中である。
しかし、現在のエヴァン王国の貴族は、奴隷を買うどころか持つことすらできない。
そもそも、その貴族が奴隷を一切認めないような潔癖の者だったら、自分の立場すら危うくなってしまう。
そう考えると、その貴族の男とは接触しないのが吉だろうが……。
「その女二人が、とんでもなく上玉らしいんだよ。多分、優男の嫁と使用人だろうが」
「ほう……!」
ニヤニヤと下種な笑みを浮かべて報告する男に、奴隷商人もまた応えるようにして、醜く越えた顎肉をたぷたぷと揺らして笑う。
美女ならば、捕まえて売れば金になるかもしれない。
そんな欲が出てくるが、頑張って押さえつける。
確かに、美女は魅力的だが、もし本当に貴族ならば、襲ってしまえば王国は本格的な捜査に乗り出すだろう。
そうなれば、二度とエヴァン王国では活動できまい。
市場としてはすでに魅力のない土地であるが、エルフの住む深緑の森がある。
今回のように、偶然エルフを捉えることができるかもしれないのだから、二度と訪れることができなくなるという対価はあまりにも大きかった。
奴隷商人は残念に思いながらも諦めることを告げようとすると……。
「しかも、遠目に見てその女ども、耳が長く尖っていたらしい。エルフだと思うぜ?貴族様も、なかなかいい趣味してやがるよな」
「奪うぞ」
奴隷商人の決断は早かった。




