第百六十話 厄介なクズ
「うぷぷー!腹を刺された程度で動けなくなるとか、お前はどこのか弱い箱入り娘ですか。情けないとは思わねーですか?恥知らず」
「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……っ!!」
場所は、『救世の軍勢』のギルド本部。
その一室で、緑色のフワフワとした髪を持つ少女――――ララディがヴァンピールを盛大に馬鹿にしていた。それはもう、嬉しそうにニコニコと馬鹿にしている。
『救世の軍勢』で見られる、いつも通りの日常である。
一応、馬鹿にしたりされたりする人物は毎回変わるのだが、ララディやヴァンピールが関与していることが多く、逆にリースやシュヴァルトなどは少ない傾向にある。
「えらっそーに、えらっそーにララに言ってきたときのことを思い出すがいいですよ。ほら、思い出すです!自分はララに何を言っていたんでしたかぁっ!?」
「うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……っ!!」
ララディはとても楽しそうにヴァンピールを馬鹿にし続ける。
こんなキラキラと輝く笑顔が見られるのは、マスターと一緒にいる時だけだろう。
そして、元々気が短く我慢強くもないヴァンピールが爆発するのは、このじゃれ合いを見つめていた他のメンバーたちが容易く予想できることであった。
「す、好き勝手言ってくれますわね……っ!!だいたい、あなたもマスターに助けられていたのではなくて!?ひーひー言ってマスターにしがみついていたではありませんの!!」
「は、はぁぁっ!?勇者パーティーやオーガだけなら、ララ一人だけで十分でしたよ!あの時は、クーリンが……っ!!」
「あーら、言い訳ですか?まったく……みっともないロリですこと」
「――――――ざっけんじゃねーです!このおバカ吸血鬼っ!!」
「喧しいですわ!このロリアルラウネ!!」
いつもの取っ組み合いが始まる。
ヴァンピールはつい最近一時的にとはいえ力を失ったとは思えないほど元気に力を振るい、ララディも歩行に難があるとは思えないほど激しく動き回っていた。
こういった喧嘩は、リースに止められるまでがいつもの流れである。
「ほら、もう気が済んだだろ?」
「いたぁっ!!ですわ!!」
「くぅぅぅ……っ!!こ、この馬鹿力女……っ!!」
喧嘩両成敗と、リースのげんこつが二人の頭に振り下ろされる。
ゴロゴロと地面にのた打ち回るヴァンピールに、震えながらも悪態をつくララディ。
絢爛なドレスの下の、見せてはいけないものまで見えてしまっても転がりまくるヴァンピール。
ララディは叱られても反骨精神を固持する。
相変わらずの二人を見て、リースはため息を吐くのであった。
「……まあ、これで吸血鬼領も手中に収めたことになるんだし、別にいいんじゃない?そこまで怒らなくても。マスターも、怪我していないし」
「め、めめ珍しいわね。あ、あんたが『救世の軍勢』メンバーを庇うようなことを言うなんて……」
クーリンがボソリと呟いた意外な優しい言葉に、クランクハイトは驚く。
彼女の性格なら、間違いなくマスターを戦わせたヴァンピールを糾弾するような罵声を飛ばすと思っていたのである。
まあ、クーリンでなくともメンバーが他のメンバーを擁護することなんてほとんどないのだが。
しかし、クーリンはやれやれと首を横に振ってため息をつく。
「だって、今までマスターを外に連れ出したメンバーも、皆マスターに頼っているじゃない。それも、そこそこの強敵を相手にして。もう、怒るのも疲れるわよ」
「た、確かに……」
勇者パーティー、オーガ、闇ギルド『鉄の女王』のギルドマスター、悪魔憑きのエヴァン王国第一王子。
そして、今回の真祖の吸血鬼、ヴァンピールの力でパワーアップバージョンである。
普通の人間なら、どれを相手にしても間違いなく生き残れない面子である。
そんな連中を何度も相手にさせておいて、ヴァンピールに怒鳴り散らすというのは少しおかしいだろう。
「うぅ……面目ないでござる……」
「…………」
クーリンの言葉が胸に突き刺さったのは、ソルグロスとリッターである。
ソルグロスは『鉄の女王』のギルドマスター・ルーセルドを。
リッターは錬金術によって悪魔となった王子・リンツをマスターと戦わせているからだ。
といっても、マスターからの苦情ならこの世の終わりのような顔を見せる彼女たちも、その苦情をしたのがいがみ合っているギルドメンバーからなら大して気にも留めない。
リッターはクーリンすら見ずにぼーっとしており、大したダメージは負っていないようだ。
そんな淡白な反応に、クーリンはちっと舌打ちをする。
まあ、自分もギルドメンバーからの言葉なんてろくに聞きもしないのだから、とやかく言う筋合いはないと思い、怒鳴ることはなかったが。
「…………」
そんなギルドメンバーたちの楽しいじゃれ合いに参加せず、アナトは一人考え事をしていた。
「(ヴァンピールと同じ真祖ぉ……確かぁ、リトリシアだたかしらぁ?そんな彼女を倒した男がぁ、私の知らない者でいるなんてぇ……)」
アナトの考え事の中心にいるのは、リトリシアを倒してみせた男のことだった。
彼女からしても、リトリシアは取るに足らない雑魚というわけではない。
そんなリトリシアを倒した男のことを、『救世の軍勢』の情報網を駆使してもアナトは把握できていなかった。
「(あの真祖を倒しただけならぁ、別に警戒をする必要なんてないんでしょうけどぉ……)」
そう、リトリシアを倒しただけならアナトもこれほど気に病むことはなかった。
彼女は強いが、それよりも強い者は数こそ少ないものの確かに存在するのだから。
『救世の軍勢』メンバーがいい例である。
アナトが警戒する理由、それは……。
「(どうしてぇ、マスターのことを知っていたのかしらぁ……?)」
アナトたち『救世の軍勢』のトップシークレットであるマスターの情報を、男が持っていたということである。
もともと、彼女たちの闇ギルドは世間にはろくに知られていない。
その中でも、マスターは輪をかけて知られていないはずだった。
メンバーたちがほとんど外に出さず、書類仕事という名の監禁状態に置いていたからである。
「(でもぉ、最近は状況が変わったのよねぇ……)」
アナトは最近のマスターの活動を思い出す。
今までのギルド本部生活と打って変わり、ここしばらく、マスターはとても精力的な活動を展開している。
大体はギルドメンバーが外に引っ張り出しているのだが、マスター自身も嫌がっていない。
ララディと共に勇者パーティー殲滅に始まり、ソルグロスとの『鉄の女王』の壊滅、リッターとのエヴァン王国への陰からの侵略。
さらに、今回はヴァンピールとの吸血鬼領の掌握。
これだけのことをして、目立たないはずがなかった。
マスターの支配下に、闇ギルド世界、エヴァン王国、吸血鬼領が、この短期間に加わったということなのだから。
「(それでもぉ、マスターのことが知られるというのは釈然としないわぁ)」
マスターの隠ぺい工作は、『救世の軍勢』メンバーの不仲を乗り越えて、協力して徹底的に行われてきたことである。
そんな中で、マスターの情報を抜ける者がいるのか?
「(私たちが知らない厄介なクズがいるのかしらぁ……)」
「どうかしましたか?」
アナトはシュヴァルトに声をかけられ、思考の海から浮かび上がる。
目を向けると、相変わらず感情を映さない端整な顔が見えた。
その目には、微塵もアナトを心配するといった感情はなかった。
まあ、シュヴァルトがそのような感情を見せるのはマスターに対してのみだろう。
アナトもまた似たようなものなので、どうとも思わなかった。
「いえー、なんでもないわぁ」
今は、特に問題にする必要はないだろう。
アナトはそう判断して、シュヴァルトには話さなかった。
確かに、マスターは近頃かなり活動していることは事実であり、勘のいい者が彼の存在に気が付くことも不思議ではないかもしれない。
それに、今のところ、マスターに危害を加えたということもないのだ。
今は、いるかもしれない敵のことを考えるよりも、マスターに捧げるべき『プレゼント』のことを考えるべきだろう。
「で?次はどうするのよ?」
「そうねぇ……」
クーリンに聞かれて、少し考えるアナト。
「王国をとってぇ、さらにそこから近い場所にあった吸血鬼領も手に入れたわぁ。なら、近い場所から順にとっていきましょうかぁ」
アナトの言葉に、シュヴァルトがピクリと耳を反応させた。
それが、どういった気持ちによるものだったのかは、無表情の彼女の顔を窺っても読み取ることはできなかった。
「次はぁ、エルフの住む『深緑の森』よぉ」
『救世の軍勢』が次の標的を定めるのであった。
第六章終わりました!
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