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第百五十六話 頑張ったご褒美

 










 僕は、敵であったゲヒルネッドを太陽魔法で焼き尽くした。

 ……最期にチラリと彼を見たとき、うっすらと笑っていた気がしたけれど……。


 何か、ゲヒルネッドにも思うところがあったのだろうか?

 最後の最後まで、僕と戦おうとした彼は戦士だった……のかな?


 うーん……でも、何だかヴァンピールの力を奪っていたみたいだし、割と姑息だよねぇ……。

 まあ、そこまで悪い男ではなかったのかもしれない。


 だからと言って、ゲヒルネッドがしたことを僕は到底許すことはできないけれども。


「マスター!!」


 ゲヒルネッドのことを考えていた僕の元に、ヴァンピールが駆け寄ってくる。

 流石、真祖の吸血鬼。力を根こそぎ奪われて万全の状態ではないのに、もう走ることができるようだ。


 ガバッと淑女らしからぬダイビングを敢行してくるヴァンピールを、彼女にダメージを与えないように精一杯気を遣って受け止める。


「流石、マスターでしたわ!わたくしの力も手にした真祖のゲヒルネッドを、何の苦労もなく倒してしまわれたのですね!」


 ムニムニと、柔らかい双丘が当たっている気もするけれども、気のせいということにしよう。

 しかし、苦労をしていないということは間違っているよ。


 ゲヒルネッドだけならまだしも、ヴァンピールの力も手にしていた彼はかなり厄介だった。

 それこそ、彼がヴァンピールの力を十全に扱えていたら、殺されていたのは僕だったかもしれない。


 ……まあ、それはいいか。それよりも、身体の調子は大丈夫なの?


「ええ!マスターがゲヒルネッドを倒したら、不思議と力がみなぎってきましたわ!」

「おそらく、ゲヒルネッド様が奪っていたヴァンピール様の力が、戻ってきたのでしょう」


 ふんすと鼻息を荒くしているヴァンピールの隣に、メルがやってくる。

 あ、メル。君も大丈夫だったかい?


 僕が来るまでの間に、随分と頑張ってくれたようだけれど……。

 ヴァンピールを守ってくれて、ありがとう。


 僕はそう言って、メルの頭を撫でた。


「い、いえ……。マスター様の言いつけは守らないといけませんし、まあ……一応ヴァンピール様の従者ですから……」


 うん?別に僕の言いつけなんて守る必要はないと思うんだけれど……。

 これは、僕を慕ってくれているということだろうか?


 それなら、嬉しいよね。

 メルは小柄なので、ついつい頭を撫でてしまったのだけれど、嫌がっている様子もないからよかった。


「マスター!!わたくしも頑張りましたわ!!」


 ほのぼのとした空気でメルの頭を撫でていると、ヴァンピールの大声がそれを粉々に砕いた。

 目をキラキラとさせて、僕を見上げてくる。


 う、うん、そっか。


「はー!まったく、メルを守りながら戦うのは、苦労しましたわ!」


 物凄く頑張ったアピールをしてくるヴァンピール。

 メルが守られるようなメイドだろうかとも思うけれども、彼女が頑張ったことは事実だろう。


 まあ、別に頭を撫でるくらいなら全然かまわないし……。

 そう思ってヴァンピールの頭に手を伸ばそうとすると……。


「聞き捨てなりません。ヴァンピール様はゲヒルネッド様相手にひーひー言っていました。頑張ったのは、私です」

「なっ……!?」


 メルはそう言って、ヴァンピールの頭に乗せようとしていた僕の手を掴み、再び自分の頭の上に戻した。

 これに、愕然としたのはヴァンピールである。


「わたくしが戦ったゲヒルネッドは真祖ですのよ!?メルが戦ったのは、所詮付属品の眷属でしょう!?その眷属と戦って勝ち誇るのは、どういうつもりかしら!?」

「私が頑張りました」

「それに、わたくしは万全の状態ではなかったんですのよ!?」

「私が頑張りました」

「むっきぃぃぃぃぃっ!!人の話を聞かない方ですわね!!」


 ギャアギャアと喧嘩を始めるヴァンピールとメル。

 もはや、恒例行事だ。


 まあ、喧嘩するほど仲がいいとも言うし、好きにやらせていてもいいだろう。

 しかし、真祖と老齢の眷属の取っ組み合いである。


 僕みたいな普通の人間が巻き込まれれば、ひき肉にされてしまうだろう。

 少し遠目から彼女たちの様子を窺っていながら、ゲヒルネッドの眷属の子たちのことを見る。


 主を失い、また力も失った様子で呆然自失としている彼女たち。

 うーん……この子たちをどうしようか……。


 人間に戻ったんだし、彼女たちのいた場所に戻してあげようか。

 ……これって、闇ギルドのマスターがすることなんだろうか……?


 い、いや……まあ、いいだろう。別に、望んで闇ギルドになったわけでもないしね。

 それよりも、もし彼女たちの帰還が望まれていなかったとしたら……それは、どうしようか……?


「あら?もう終わったの?」


 僕の隣にふわりと降り立ってきたのは、リトリシアであった。

 その可愛らしい姿には、怪我をしている様子などは一切なかった。


 うん、終わったよ。


「あの男はいなかったのかしら?私が今度こそ殺してやろうと思っていたのに……」


 ……ああ、そう言えば、リトリシアが倒されてしまった男がいるんだったね。

 でも、ここにいたのはゲヒルネッドだけだったよ?


「はあ?ゲヒルネッド?……あいつ、あの男と手を組んでいたのね。ゲヒルネッドはどうしたの?」


 あー……倒したよ。

 ゲヒルネッドは真祖で、リトリシアも真祖である。


 もしかしたら、彼らに個人的な友誼もあったかもしれないと思った僕は、歯切れの悪い返答をしてしまった。

 すると、その僕の気持ちを察したのか、はっと笑うリトリシア。


「何を勘違いしているのか知らないけれど、私は別にゲヒルネッドのことをどうも思っていないわよ。戦って負けたんだから、あいつが悪いじゃない。それに、あの男とも手を組んでいたようだし……吸血鬼領を危険にさらした裏切り者よ」


 そ、そうなんだ。まあ、リトリシアと戦うことにならなくてよかったよ。

 ゲヒルネッドが相手でもいっぱいいっぱいだったのに、これからまた真祖と戦闘なんて、僕じゃあ耐えきれそうにないからね。


「……それにしても、これで私に続いてゲヒルネッドも脱落。……ということは、この吸血鬼領の領主は……」


 リトリシアの言葉に、僕はハッと思い出す。

 そう言えば、真祖会議の時にそんな話をしていたね。


 確か、真祖同士が対決して一番強かった人が吸血鬼領を治める……みたいな感じだったっけ?

 リトリシアはヴァンピールが下し、ゲヒルネッドは一応僕が倒したけれども、僕はヴァンピールの餌扱いだし彼女の手柄となるだろう。


 ……ということは、だ。二人の真祖を下したヴァンピールが領主になるということ……?

 だ、大丈夫だろうか、吸血鬼領は?


「絶対に大丈夫じゃないわよ。あー、もう!最悪だわ!!」


 リトリシアがブンブンと頭を振って悶える。

 か、彼女がここまで乱れる姿は初めて見た……。


 僕は何とか話題を変えようと頭を巡らせる。

 そ、そうだ。そう言えば、怪我はもう大丈夫なの?


 一応、回復魔法はかけたけれども、あの時は急いでいたから確認することができなかったし。


「はっ!私を誰だと思っているのかしら?多少、油断していたから遅れは取ったけれど、あの程度の傷ならまだまだやれたわ」


 おー、流石は真祖の吸血鬼、リトリシアだ。

 立派な屋敷が倒壊寸前までいっていたのだけれども、問題はなかったようだ。


 それなら、僕の回復魔法は余計なお世話だったかもしれないね。


「…………そうだわ」


 僕が微笑んでいると、リトリシアがボソリと呟いた。

 僕の方を見て、ニヤニヤと悪戯そうに笑っている。


 え、なに……?


「あぁ……やっぱり、傷が深かったみたい……」


 ふらりと足元を崩してもたれかかってくるリトリシア。

 凄く演技っぽいんですけれど……。


 しかし、避けることもできずに彼女の小さな身体を受け止める。

 ど、どうしたらいいのだろうか?回復魔法をかけようか?


 そう聞くと、首を横に振るリトリシア。


「いえ、ダメね。今の私は、回復魔法では復調できないわ」


 そんな症状があるのか……。

 確かに、僕の回復魔法はアナトのものと比べるとお粗末にもほどがあるけれど、大体の怪我なら治せるんだけれど……。


「これは、あれね……。あなたの血が必要だわ、マスター」


 どこか艶っぽく僕を見上げるリトリシア。

 何があれなのだろうか?


 ……まあ、リトリシアにはヴァンピールとメルの危機を教えてもらった恩があるからね。

 僕の血くらい、安いものだ。


 あ、そうだ。僕の血と引き換えに……と言うのもなんだけれど、もし彼女たちの行く場所がなかったら、君のところで引き取ってもらえないかな?


「彼女たち……?あぁ、ゲヒルネッドの元眷属ね?」


 僕はコクリと頷くと、リトリシアは呆れたように見てくる。


「あなたって、お人よしなのね。敵の眷属なんて放っておけばいいのに」


 いやー……。彼女たちも望んで眷属になったわけでもないだろうし……。


「……いいわよ。あなたの血と引き換えなら、考えてあげる」


 お、ありがたい。

 ならばと、僕は首元をさらす。


 そして、はいどうぞと首元を差し出す。

 すると、リトリシアが色っぽいため息を漏らした。


「はぁぁ……。ヴァンピールのおバカに、あれだけ美味しいと言わせる血を、ようやく飲めるのね。一啜りじゃあ、足りないかもしれないわね」


 僕はその言葉にゾクリとする。

 あ、あの……干からびない程度にお願いします……。


「確約できないわね」


 ひぃっ!

 今更怖くなって逃げようとするけれども、すでにリトリシアは僕の身体にしがみついて離れない。


 身体を密着されているけれども、あまり凹凸は感じない。

 ヴァンピールの後だから、そう思うのだろうか?


「じゃあ、いただきまーす」


 ギラリと牙を煌めかせるリトリシア。

 あぁ……現実逃避しても、血は吸われるよね……。


「お待ちなさい!!」


 しかし、牙が僕の皮膚に突き立てられる瞬間、ヴァンピールのそんな言葉が聞こえてきた。

 あ、ありがとう!今ほど頼りに感じることはなかったよ!


 ズカズカと怒り心頭といった様子のヴァンピールが近づいてくる。

 その後ろには、彼女と喧嘩していたメルもいた。


「わたくしが見ていない間に、何勝手にマスターの血をもらおうとしているんですの!?」

「何よ。マスターが良いって言っているんだから、あんたの了承なんて必要ないんでしょ」

「大有りですわ!マスターの血は、わたくしだけのものなのですから!!」


 僕にギュッと抱き着くリトリシアを見て、地団駄を踏むヴァンピール。

 これは渡せないと、リトリシアは言うように強く抱き着いてきた。


 そんな時、無表情でメルが言う。


「そして、ヴァンピール様のしもべである私にも、マスターの血をいただく権利があります」

「こんな時だけわたくしのしもべ宣言!?そんなもの、認めませんわよ!!」


 都合のいい宣言に、ヴァンピールがガビーンと反応する。

 今度はリトリシアも巻き込んだ、三つ巴の喧嘩が始まった。


 ……これが、僕が原因だという事実は考えないようにしよう。

 この三人の喧嘩は止めようがないしね。


 真祖が二人に、老齢の眷属が一人。人間が一人。

 ……誰が一番に死んでしまうかは、簡単に予想ができてしまう。


 ふー……しかし、何とかうまくやることができてよかった。

 そろそろ、ギルド本部に戻ろうかなぁ……。





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