第百五十二話 歪な凶刃
ゲヒルネッドの眷属たちが持たされているのは、街の武器屋で買えるような一般的な剣であった。
それぞれ、剣を振りかざしてメルに襲い掛かってくる。
一方、メルは武器を持っていない。
嫌がらせとして、ヴァンピールに持たせられていないのだろうか?
いや、違う。彼女にとって、武器とは己自身の身体であるからだ。
「ふっ……」
振り下ろされる刀身に手を当てて逸らし、がら空きになった腹に小さな拳を叩き込む。
小柄で愛らしいメルの容姿からは考えられない力によって、眷属は森の奥へと吹き飛ばされていくのであった。
背後から首を狙った剣筋を見ずとも読み、頭を下げてそれを避ける。
そこに追い打ちをかけようと別の眷属が剣を突き出してくるのを、大きくジャンプすることで避ける。
しかし、ゲヒルネッドの眷属たちも、追い打ちをかける。
空中なら身動きがとれまいと、武器である剣を投げつけてきたのであった。
「……っと。危ないですね」
だが、その攻撃すらもメルには届かなかった。
拳を振るい、迫りくる剣を全て粉々に砕いてしまったのであった。
武器を破壊し、難なく地面に降り立つメル。
「まったく……。私に戦闘技能を教えてくれたのが誰だと思っているんですか。ヴァンピール様などではなく、あのマスター様ですよ?自分の意思すら持つことのできない吸血鬼の眷属が、私に届くはずないじゃないですか」
意思も感情も持つはずのない眷属たちが、一歩足を後ろに下がらせる。
見た目は子供と何ら変わらないのに、その実力は自分たちよりもはるかに上だと理解したからだ。
質は、圧倒的に相手の方が上だ。
ならば、量で戦うのみ。
「集まりなさい」
ゲヒルネッドに報告をする眷属で、一定の信頼から眷属たちのまとめ役をしている女がそう一言呟く。
すると、森の木々の間から次々にメイド服姿の女たちが現れた。
「……まさか、これが全部ゲヒルネッド様の眷属、ですか」
流石のメルも、頬に一筋の汗を流す。
一人や二人なら何の問題もない。
しかし、目の前に展開するこの数を相手にするには……。
「少々、時間がかかりそうですね」
それでも、メルに退くことなどありえない。
拳を構えて、ゲヒルネッドの眷属たちと相対する。
自分に任せると言って街に向かったマスターのために、彼女は拳を振るうのであった。
◆
「さて、これで俺とお前の間に、邪魔は入らないわけだ」
ゲヒルネッドはヴァンピールの前に立っていた。
眷属たちを使って彼女の眷属であるメルを足止めし、そのうちにヴァンピールをしとめる。
これが、彼の考えたことであった。
「わたくしとそんなに戦いたいだなんて……あなた、マゾですの?」
自分の力に絶対の自信を持っているヴァンピールは、顔を歪めてゲヒルネッドを見る。
奔放な彼女はマゾとか他人の性癖はどうでもいいが、その欲の片棒を担がされるのだけは嫌だった。
もちろん、ゲヒルネッドはそのような性癖ではなく、ヴァンピールと戦おうとしている。
しかし、彼女にはどうしても負けるビジョンが浮かんでこなかった。
弱体化した今なら、リトリシアと同格の実力を持つゲヒルネッドを倒すことは不可能だろう。
しかし、負けることはない。絶対に。
それに、持久戦にさえ持ち込めばジリ貧どころか確実に勝利する。
何故なら、ヴァンピールには頼りになるマスターがいるからだ。
自分たちの異変のことも、戦っていればその余波で感じてくれることだろう。
それまで、持ちこたえればいいだけの話なのだから。
「マゾじゃねえよ。それを言うんだったら、お前がそうなんじゃねえのか?」
「失礼な。マスターの前だけですわ」
マスターの前ではマゾにもなれるのかよ……と、ゲヒルネッドは戦慄する。
と、首を唐突に横に振る。
「おっと、危ねえ。『あいつ』に言われていたことを、危うく忘れそうになるところだったぜ」
「あいつ?」
「ああ、俺を領主にしてくれる……なんてふざけたことを言ってやがったが……。まあ、協力者だな」
どうやら、ゲヒルネッドには協力者がいるらしい。
一瞬、リトリシアのことかとも思ったヴァンピールであったが、それはすぐに否定した。
リトリシアが、こんな男と手を組むことなどありえないからだ。
「あいつが言うには、どうにもマスターという男と今の状況で戦うのはマズイらしい」
「……へえ」
ヴァンピールは感心する。
どうやら、あちら側にはマスターの実力をちゃんと認識している者もいるようだ。
アナトやリースならば、マスターの情報が漏れていることに危機感と警戒心を抱くのだが、ヴァンピールは自分のご主人様のことを知ってもらっていたことが嬉しくなり、その胸を張るのであった。
「だから、さっさと終わらせてやる」
ゲヒルネッドの手のひらに、真っ黒なもやのようなものが現れる。
これが、彼の魔法であった。
「お前は鉄血魔法を使うんだってな。珍しい魔法だが、俺も似たような魔法を持っているんだよ」
「へー。なんていうんですの?」
ヴァンピール、興味が薄い。
「闇魔法。聞いたことくらいあるだろう?」
「あー……そうですわね」
ゲヒルネッドは誇らしげに言うのを、ヴァンピールはどこか冷めた目で見ていた。
確かに、闇魔法は珍しく強力な魔法だ。
しかし、もう驚嘆の声を上げてしまう!……というほどでもない。
珍しさで言えば、ヴァンピールの使う鉄血魔法や太陽魔法の方が珍しいし、強力さで言えば太陽魔法がずば抜けている。
まあ、これは十全に扱えれば……という言葉が引っ付いてくるが。
それに……。
「その闇魔法、多分マスターも使うことができていましてよ?」
そう、敬愛すべきマスターは闇魔法を使えるはずだ。
確か、あれは自分とマスターが出会った時のことだろうか?
その時に、彼は闇魔法を使っていたはずだ。
「おいおい、そのマスターってやつ、本当に何でもできちまうのかよ?……ただの人間だと思わないで、あいつの言葉に従っておいてよかったぜ」
「命拾いしましたわね!」
冷や汗を拭うゲヒルネッドを、何故か自慢げに見るヴァンピール。
イラッときた彼が何かを言い返そうとして、慌てて首を振る。
「ふぅ……。だったら、なおさら早く終わらせねえとな。今のままじゃあ勝てねえのなら、計画を進めるしかねえからな」
ゲヒルネッドの闇魔法が蠢きだす。
「さぁて、弱体化していて、しかもこのあたりには血もねえ。また、太陽魔法を使えるのか?」
そう言って、嗜虐的に笑うゲヒルネッド。
わざわざソルイドのような強力な吸血鬼ハンターをぶつけたのも、全てはこれが狙い。
今の弱体化したヴァンピールなら、勝つことも容易だ。
そう考えながら、闇の塊を彼女目がけて放つ。
どんどんと迫っていき、ついに……。
「血?それなら、ありますわよ」
その闇は、ヴァンピールにたどり着くまでにあっけなくかき消された。
その手には、彼女が使えるはずのない血で構成された細い剣が作られていた。
「なっ……!?バカな!いったい、どうやって……!?」
自分の身体を傷つけたのかと目を凝らすが、どうにもそうでもないらしい。
視線をめぐらすと、その原因はすぐに分かった。
「お、お前……っ!俺の眷属を……っ!?」
ヴァンピールが鉄血魔法の供給源としたのは、ゲヒルネッドが大量に連れてきていた眷属たちであった。
今は彼の眷属だが、元々は人間。その血は、鉄血魔法の源泉となる。
メルに殴り倒された者や、あるいはヴァンピールの魔法で頭を弾き飛ばされた者から血が集まってくる。
「……ヴァンピール様。魔法で頭を弾くのであれば、一言お願いします」
「あーら、すみません。でも、お似合いでしてよ、メル」
「…………」
ヴァンピールが頭を弾いたことで、彼女たちと接近戦を繰り広げているメルは頭からその血を被ってしまう。
それを止めてほしいと言うのだが、ヴァンピールはぷぷぷぷっと笑っている。わざとだ。
マスターがヴァンピールを頼むと言っていなければ、さっさとこの場を後にしていたくらい今のメルは怒っていた。
「(さて、あとどれほど時間を稼げばいいのでしょうか……)」
鉄血魔法の供給源を得たとはいえ、今のヴァンピールは完全な状態ではない。
太陽魔法によって消費した魔力も回復しきっておらず、消費魔力の大きい鉄血魔法をずっと使い続けることは不可能だ。
ゲヒルネッドを倒すのではなく、足止めすることを考える。
……と、ヴァンピールの頭がプスプスと煙を上げ始める。
「まあ、何をすればいいのかわかりませんから、普通に戦いますわ!!」
「お、おう……」
結局、難しいことは分からねえとヴァンピールはいつも通りに戦うことにしたのであった。
◆
ヴァンピールとゲヒルネッドの戦いは、ほぼ互角であった。
ゲヒルネッドが闇の魔法を使えば、ヴァンピールは鉄血魔法で相殺する。
逆が攻撃すれば、また相殺する。
そのような、遠距離の魔法合戦が繰り広げられているのであった。
「あー、もう!思ったように使えませんわ!!」
イライラした様子で地団駄を踏むヴァンピール。
魔力の回復が思ったよりもできておらず、うまく鉄血魔法を使えていないのだ。
それは、ゲヒルネッドにとって幸いだった。
もし、彼女が万全の状態なら、おそらく太陽魔法を使わずとも押しつぶされていただろう。
「あー、本当、吸血鬼ハンターどもを侵入させて正解だったなぁ」
いくつもの闇の魔法を放ちながら、ゲヒルネッドはニヤニヤと笑う。
「うるさいですわね!面倒ですから、さっさとくたばってくださいまし!!」
「うぉっ!?」
もはや、その言葉遣いは上品なのかわからない言葉を言い放ち、ヴァンピールは特大の鉄血魔法を撃ち放つ。
ゲヒルネッドは自身の身体に当たる前に何とか魔法で防ぐが、その勢いを殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。
「ふふふふふっ!これで、お分かりいただけましたか?わたくしと戦うなんて、あまりにも無謀だということが……っ!?」
自信満々に勝利宣言をしようとしていたヴァンピールの元に、複数の人影が襲い掛かってくる。
それは、ゲヒルネッドの眷属たちだった。
「もう!メル、何をしているんですの!?」
「この数相手に無茶言わないでください」
振り下ろされる剣を避けながらヴァンピールがメルを叱責すると、すかさず反論が返ってくる。
確かに、メルに向かってなされる攻撃は絶え間がないほどだ。
「はぁ……、まったく……。しっかりしてくださいな」
襲い掛かってくる眷属を殴り飛ばし、やれやれと首を振る。
彼女たち程度なら、鉄血魔法を使う必要もない。
ヴァンピールは次々に殴りつけていたのだが……。
「あ、あら?」
一人の眷属が、彼女の腕に抱き着いた。
それを振りほどこうとすると、また別の眷属が抱き着いてくる。
「あらあらあらあら?」
ついには、ヴァンピールはその場に動けなくなってしまった。
「……バカお嬢様!早く逃げてください!」
「ば、馬鹿ですってぇっ!?メル、最近遠慮を知らないのですの!?」
思わず馬鹿と言ってヴァンピールを動かそうとするメル。
ヴァンピールも怒って身体をグイグイと動かすが……。
「……ビクとも動きませんわね。あなたたち、ダイエットした方がいいのではなくて?」
「何でそんなに余裕なんですか……っ!」
明らかに何らかの作戦だろう。
だと言うのに、ヴァンピールは力の抜けるようなことを言う。
メルは彼女を助け出そうと近寄ろうとするが、それをゲヒルネッドの眷属たちが妨げる。
いよいよ、これがゲヒルネッドの作戦だと確信した瞬間。
「――――――え?」
ズドッという鈍い音がした。
ヴァンピールは衝撃を受けふらりと倒れそうになるが、ゲヒルネッドの眷属たちが抱き着いてきているために踏みとどまれた。
なんだ、役に立つじゃないかと思ったが、腹部に違和を感じて見下ろす。
そこには、歪に刀身が曲がった長大な剣が突き刺さっていた。
「ははははははははっ!!成功だぁっ!!」
砂煙の中から刀身を伸ばしているゲヒルネッドが、狂ったように笑うのであった。




