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第百五十一話 覗きの真祖

 









 マスターが街の様子を見に行ってすぐのころ。


「うあー。わたくしもマスターと一緒に行動したいですわぁ……。今からで、後を追いかけませんこと?」

「ダメです。マスター様がここで待っていてほしいと言われたのであれば、ここで待つべきです」

「わ、わたくしが主ですのに……」


 風呂に浸かりながらマスターの後を追うことを主張するヴァンピールに、立ったまま控えているメルがすげなく拒絶した。

 マスターの前では服を脱いでいたメルだったが、もう見せるべき相手もいないので再びメイド服を着用していた。


 主人の自分よりもマスターの命令を聞く眷属に釈然としない気持ちを抱きながらも、ヴァンピールはそれ以上わがままを言うことを控えた。

 実際、弱体化した今でも大抵の敵なら難なく倒すことができるだろうが、ソルイドのような強敵が再び現れたら、彼女はマスターの足手まといになってしまうだろう。


 それは、決して容認できなかった。


「んー……それにしても……」


 ヴァンピールはタオルを前にかけて風呂から出て、妖艶な流し目で木々の合間を見た。


「――――――いつまで覗き見しているおつもりですの?」

「は……?」


 メルはいったい何のことを言っているのかと首を傾げる。

 ここには自分たち以外誰もいないし、気配も感じない。


 また、ヴァンピールのおバカが発動したのかとも思ったが、それにしては彼女の表情は真剣である。


「あぁ、やっぱりばれるか」

「なっ……!?」


 木々の合間から、突然男が降ってくる。

 それは、ヴァンピールと同じく真祖の吸血鬼であるゲヒルネッドであった。


 メルは慌ててヴァンピールの前に出る。


「そこの眷属にはばれていなかったが、お前にはばれるか」

「気配を殺していたようですが、わたくしの前では意味がありませんでしたわね!」


 ゲヒルネッドの言葉に、自慢げに胸を張るヴァンピール。

 豊満な双丘がタオルの下で跳ねるのを忌々しそうに見た後、メルはゲヒルネッドを睨みつけた。


「この露天風呂は誰のものでもありませんが、今はヴァンピール様がお使いになられています。そこに乱入されるのは、いくら真祖であるゲヒルネッド様でも許されることではありません」

「あ?眷属風情が、俺に意見するのかよ?」


 ヴァンピールと話していた時と違い、猛烈な殺気をメルにぶつけるゲヒルネッド。

 しかし、メルは一切表情を変えなかった。


 この程度の殺気なら、緊張こそすれど恐怖することはない。

 メルは、『マスターと出会う前のヴァンピール』に仕えていたのだから。


「……ちっ。優秀な眷属を持っているじゃねえか、ヴァンピール」

「ええ、色々と助かっていますわ。……マスターが関連することになると、邪魔ばかりしてきますけれど」


 ゲヒルネッドの賞賛を、ヴァンピールは微笑んで受け取る。

 最後はボソリと不満を呟いていたが。


 メルから言わせると、マスターにヴァンピールが迫るのが悪いのである。


「それで?こんなところにまで、何の御用ですか?まさか、本当にのぞきなのですか?」

「はっ、違ぇよ。確かに、お前は美人だが、俺は自分より年増に興味ねえよ」

「だ、誰が年増ですってぇぇぇぇぇっ!?」


 ゲヒルネッドの言葉に激怒するヴァンピール。

 風呂を覗かれてもいまいち怒っている様子はないのに、歳のことは別だったらしい。


 それを言うならば、メルもゲヒルネッドより歳をとっているのだが、余計なことは言わないことにした。


「俺がここに来た理由は簡単だ。お前、俺に領主の座を譲ってくれよ」

「嫌ですわ」


 ゲヒルネッドの言葉を即座に拒絶する。

 この吸血鬼領は、自分を介してマスターの支配が及ぶようにするのである。


 最近、生まれたばかりの若造真祖にくれてやることなんてできないのだ。


「あなたでは力不足ですわ。もっと歳を重ねてから、出直してくるべきですわ」


 まあ、歳を重ねている間には、すでにマスターの支配が完全なものとなっているだろうが。

 ヴァンピールの言葉にギリッと歯を食いしばるゲヒルネッドであったが、反論はしなかった。


「まあ、お前に比べたらそうだろうよ。実際、リトリシアといい勝負っていうのが、俺の実力だからな」

「そうですわ。あなたでは、吸血鬼領を統治することはできませんわ」

「ああ、今のままだったら……な」


 ゲヒルネッドの笑みを浮かべた表情を見て、メルはさっと構える。

 彼の表情に、嫌な予感を感じたからだ。


「ヴァンピール様には近づけさせません」

「いーや。無理にでも通させてもらうぜ」


 メルが構えると同時に、ゲヒルネッドは指を鳴らした。

 すると、木々がざわめいたと思えば、その間から次々に人が下りてきた。


 皆、スカート丈の短いメイド服を身に着けた女たちである。


「あら、ゲヒルネッドの眷属たちですわね。こんなにいたのですか……」

「そうですね。とりあえず、ヴァンピール様は衣服を身に纏ってください」


 ゲヒルネッド一人であったならば、メルが全力を出せば互角の戦いができただろう。

 しかし、流石に複数の眷属が相手では、ヴァンピールを守りながら戦うことは無理そうだった。


 色々と丸出しで戦うのはいくら何でも……と思ったメルが、冷たく言う。

『そうですわね』と、いそいそと服を身に纏い始めたヴァンピールを横目に、メルはゲヒルネッドの側に降り立ったメイドたちを見る。


「……全員、眷属ですか」

「ああ。俺の大切な眷属たちだ」


 ゲヒルネッドがそう言いながら眷属の一人の肩を抱くと、その眷属は陶酔しきった目を彼に向ける。


「(大切な、ですか……)」


 メルはその言葉を信じられなかった。

 確かに、抱かれている眷属は、見るようによれば大切に扱われている反応をしているかもしれない。


 しかし、それは、眷属たちがそう思うことしかできないからではないだろうか。

 ゲヒルネッドの眷属化は、ヴァンピールのそれと違って完全に支配してしまうことになっている。


 その方が、吸血鬼にとって楽で役に立つことは間違いない。

 意見で対立することはなく、自分の命じるままに行動する眷属の方が使い勝手がいいに決まっている。


 しかし、眷属の立場であるメルは、そんな状態にされることは決して望まない。


「(それは、死んでいることと同義です)」


 似たような経験をしたことのあるメルは、そう思っていた。


「ふー。一人で服を着るのも大変ですわね……」


 今はおバカキャラとして親しみやすいヴァンピール。

 マスターと出会う前は、そうでなかったことをメルは覚えている。


 ここで負ければ、ゲヒルネッドにどのような仕打ちをされるかわかったものではない。

 メルは覚悟を決めて、拳を構えるのであった。


「さぁて、蹂躙だ。あいつらを倒せ」

『はい』


 ゲヒルネッドの命令に従い、眷属たちが襲い掛かってきたのであった。





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