第百四十七話 例外
「うーん……。この魔法、すんごく疲れるからあまり使いたくなかったんですのよ。まあ、マスターの前で負けるわけにもいきませんし、仕方ないのですけれど」
ふうっとため息を吐くヴァンピール。
まるで、何か困りごとのあるお嬢様のような微笑ましい光景なのだが、彼女と正対しているソルイドは汗を顔いっぱいに浮かび上がらせていた。
ヴァンピールから放たれる強大な魔力と熱気。これらがソルイドの体力と精神をゴリゴリ削ってきていた。
「お前、いったい何を……」
「たとえば」
ソルイドの話を途中で切り、ヴァンピールはピンと人差し指を立てる。
「何事にも例外というものが存在しますわ。あなたの持っている炎天剣とやらも、魔剣としての能力と吸血鬼殺しとしての能力。この二つを兼ね備えている武器は、他にないでしょう。これも、例外ですわ」
「…………」
確かに、炎天剣は特別な武器だ。
金にすると、金貨が何百枚で済むようなものではないほど貴重なものだ。
ヴァンピールはニッコリと微笑むと、付け加える。
「そして、わたくしもまた普通の吸血鬼と違った例外なのですわ」
「……それは、お前が真祖だということだろう?」
真祖と他の吸血鬼では、月とすっぽんのように違いがある。
それは、大多数の吸血鬼たちからすれば、例外だと言えるだろう。
しかし、ヴァンピールはソルイドの言葉に首を横に振る。
「真祖なら、今わたくしの他にもリトリシアさんとゲヒルネッドさんがいますわ。それは、例外とは言いませんの。わたくしの例外は……」
「――――――ッ!?」
ヴァンピールから溢れ出す魔力に、ソルイドがおののく。
そして、彼女を見て彼は愕然とした。
ヴァンピールの手のひらに浮かぶ、巨大な火の塊を見て。
「な、なんだ……それは……?」
「――――――太陽魔法。わたくしの、奥の手ですわ」
ヴァンピールは妖艶に微笑んで、ソルイドを見つめるのであった。
◆
もちろん、太陽と名のつく魔法ではあるのだが、本物の太陽のような力を持っているわけではない。
太陽そのものであるならば、その魔法の使い手はこの世界を滅ぼすことだって簡単にできてしまうだろう。
流石のヴァンピールでも、それはできなかった。
しかし、その力は絶大である。
ありとあらゆるものを焼き尽くす炎天剣を持つソルイドでも感じるほどの熱気は、並大抵の温度ではないことを示している。
つまり、ヴァンピールは極々小規模の太陽を作ることができるのだ。
「あ、ありえない。た、太陽魔法を……吸血鬼が……!?」
ソルイドは信じられないものを見る目で、得意げに微笑むヴァンピールを見る。
太陽が吸血鬼の弱点の一つであることはあまりにも有名である。
いくら、日の光の下でも行動できる真祖の吸血鬼といえども、天敵には変わりない太陽をつかさどる魔法を使うことなんて……。
「わたくしには、優れた師がいたんですのよ」
ヴァンピールがいつくしむような目を、後ろに控えさせていた執事服の男に向けた。
「マスターって、本当に何でもできちゃいますの」
マスターと呼ばれた男はニコニコと微笑んで、ヴァンピールとソルイドを見ていた。
時折強力な魔力弾を放ちたくなったときもあったが、これはヴァンピールの戦いだと何とか自制していたのだ。
しかし、それでもソルイドは納得しない。
「あ、ありえない。太陽魔法は、すでにこの世界に使い手はいないはず……!文献に残されているのだって、あの化け物だけ……っ!!」
「あら、詳しいんですのね」
ヴァンピールはその知識の深さに感心する。
ソルイドは、かつて吸血鬼を憎んで殺すためにありとあらゆる方法を模索した。
現在では、炎天剣という対吸血鬼の最強武具を手に入れることができたからしていないが、それを手に入れる以前は何か吸血鬼殺しのために役に立つものはないかと、かなり調べたのだ。
その中で、太陽魔法があった。
吸血鬼たちが弱点とする太陽をつかさどる魔法。これなら、吸血鬼たちに大きなダメージを与えることができるだろう。
そう思って太陽魔法を習得しようとしたのだが、文献を読み進めていくと使い手が存在しないことがわかった。
かつて、その魔法は『一人で帝国を滅ぼした化け物』が使っていた魔法だったらしい。
そこまで思いだし、ソルイドはハッとヴァンピールの後ろの存在を凝視する。
「ま、まさか、お、お前がその……化け物なのか……っ!?」
ソルイドは全身から汗を噴き出させる。
マスターが『あの化け物』だとすると、とてもじゃないが生き残ることはできない。
軍事大国であったラルド帝国を一人で滅ぼせる者を相手にして、勝てるはずもない。
「マスターが化け物?それは、違いますわよ」
ヴァンピールは何も理解していないソルイドに、優しく説明してやることにした。
マスターが化け物だなんて、とんでもない。
「マスターは、わたくしたち化け物を受け入れてくれる神のような存在……いいえ、神そのものなのですわ。化け物風情と同列だなんて、無礼極まりないことですのよ?」
ヴァンピールはアナトが主張することを、今なら理解できるかもしれないと思った。
毎朝、礼拝室で拝むのは面倒だからしたくないが、夜にマスターを崇めることくらいならしてもいいと思っていた。
「お、お前はいったい何を言っているんだ……?」
ソルイドは、陶酔しきった目をするヴァンピールを、異質なものを見るような目で見た。
いや、彼にとって、彼女は本当に異質極まりなかった。
そこに存在している人間を、神と断言したのだ。
そのことに、何の疑いも持っていないように……。
これが、どれほどの異常なことなのか、ソルイドには正確に認識することすらできなかった。
「まあ、あなたにはわからなくても無理はありませんわ。それに、わたくしはアナトさんのようにマスターの素晴らしさを広めたいというわけでもありませんしね」
マスター教という宗教まで創り出しているアナトと違い、ヴァンピールは他者にマスターという存在を広めたいというわけではなかった。
理解しない者・しようとしない者は、別に導く必要などない。殺せばいいだけだ。
「とにかく、あなたにはマスターを化け物呼ばわりした罰を受けていただかねばなりませんわね。覚悟はよろしいですか?」
「――――――ッ!?」
ヴァンピールの手のひらに浮かんでいる超高温度の火球が、轟々と音をたてはじめる。
これ以上、威力が増していくのか。ソルイドは戦慄する。
「お、俺は、吸血鬼どもを皆殺しにするまで、死ぬわけにはいかんのだ!!」
しかし、彼は命を諦めるようなことはしなかった。
炎天剣に炎を纏わせ、戦う意思を消さなかった。
そのことに、ヴァンピールはほんの少しだけ感心する。
「あら。これほど力の差を見せつけられても、なお戦いますか。どうやら、あなたには過去に吸血鬼となにやらあったようですね」
ソルイドの吸血鬼に対する強烈な敵愾心から、吸血鬼関係で何か彼にとって許せない出来事があったのだろう。
「まあ、知ったことではありませんけれど」
しかし、ヴァンピールはそれをどうでも良さそうに、心底どうでも良さそうに切り捨てたのであった。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ソルイドの怒りに呼応して、炎天剣が噴出する炎の勢いが増す。
まるで荒ぶる蛇のようにのた打ち回り、それらはヴァンピール目がけて襲い掛かった。
彼女にダメージを与えていたときよりも、さらにその量は多かった。
しかし、その炎はヴァンピールが作り出している巨大な火球に飲み込まれていってしまった。
「――――――わたくしの勝ち、ですわね」
ニッコリと微笑むと、ヴァンピールは火球をソルイドに向かって打ち出した。
それは、太陽が彼目がけて落ちていっているようだった。
炎天剣を振るい、炎を飛ばして迎撃するソルイド。
だが、それらは太陽を相殺するどころかその威力を落とすことすらできず、あっけなく飲み込まれていった。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
今まで、数々の吸血鬼を屠ってきた世界屈指の吸血鬼ハンター・ソルイド。
彼は、真祖の吸血鬼・ヴァンピールによって、この世に存在していなかったのではないかと思うほど、何も残すことを許されずに太陽に飲み込まれていくのであった。




