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第百三十八話 鉄血魔法

 









「あなたの言葉だと、まだ全力を出していなかったと聞こえるのだけど?」


 リトリシアは怒りに震えるこめかみを何とか抑え、ヴァンピールに尋ねる。

 しかし、その上から目線を受けた怒りは滲み出し、眷属を次々と生み出すという形で表出する。


 増えていく眷属たちを見ても、手こずっていたヴァンピールは焦りの表情を浮かべない。


「まあ、そうですわね。わたくしの魔法って、色々と面倒ですから」


 ふうっとため息を吐くヴァンピール。

 彼女としても、このリトリシアとの戦闘で魔法を使うつもりは毛頭なかった。


 身体能力で圧倒し、一発くらい殴って終わりにしようと思っていたのだ。

 それが、思ったよりもリトリシアが強かったため、魔法を使うほかなくなったのである。


「……魔法?魔法を使った程度で、私に勝てるとでも?」


 リトリシアはそう言って、風の魔法を放つ。

 ヴァンピールのすぐ横を通ったそれは、背後にあった木を切り裂く。


「言っておくけど、私は別に眷属を作るだけしか能がない馬鹿とは違うからね。こんな風に、他の魔法だって使えるわ」


 今使ったのは風の魔法だが、リトリシアは他にもさまざまな属性の魔法を使うことができる。

 火や水、雷、土。世界に広く知られているような属性魔法は、ほぼ全て扱えると言っていいだろう。


 幻覚魔法のような特殊なものは扱えないが、それを差し引いてもリトリシアは世界でも屈指の魔法使いだろう。


「ふ、ふふふ……」


 リトリシアの威嚇魔法で、ヴァンピールの頬に一筋の傷がついてしまう。

 本来なら発狂しそうなものだが、傷口から流れる一筋の血を舐めとり、ヴァンピールは薄く笑った。


「わたくしの魔法は、他の魔法とは一味違いますわよ?」


 ヴァンピールは薄く微笑み、自分の手首を切り裂いた。


「……は?」


 ポカンと口を開けるリトリシア。

 マスターは見たくないと目を覆っている。


 ボタボタと大量の血が地面に垂れ落ちていく。


「……あなた、頭がおかしいの?その出血量、早く止血しないと危ないんじゃない?」


 吸血鬼は人間より頑丈である。

 しかし、彼らだって血を失いすぎれば死んでしまう。


 とくに、血を糧にする種族なのだから、当然である。

 だが、血を流すことはヴァンピールにはちょっと違った意味を持っていた。


「リトリシアは、真祖の吸血鬼といえども生まれたのはわたくしよりも随分後ですわよね?」


 唐突に話しかけられ、困惑するリトリシア。

 しかし、言葉は返す。


「……ええ、それが何かしら?まさか、年長者を敬えだなんて言うつもり?」

「いえ、そんなことはありませんわ。わたくしたちの種族は力を持つ者が重要な地位を占めます。年長者であろうが、年少者であろうが関係ありませんわ」

「だったら、何を……?」


 ヴァンピールの言わんとするところを理解できず、リトリシアは首を傾げる。

 確かに、ヴァンピールの言う通り、リトリシアは比較的若い吸血鬼である。


 しかし、それでも真祖の吸血鬼として生まれ、今では吸血鬼領のトップ3の一人に君臨しているのである。

 その実力は、ヴァンピールにも劣らない……はずであった。


「リトリシアさんは、わたくしが吸血鬼領の領主をしていたころのことをご存じないと思いまして」

「……それが、何?」


 そう、その頃は生まれてもいなかったため、ヴァンピールが実際に吸血鬼領を統治していた時のころを、実際に見聞きしたわけではない。

 それは、同じく真祖の吸血鬼であるゲヒルネッドも同じだろう。


 だから、リトリシアは知らないのだ。

 かつて、マスターに叩きのめされるまで、吸血鬼領で圧倒的な力を振るった領主の姿を。


 ヴァンピールが血の流れる腕を、パッと横に振るった。


「な…………っ!?」


 すると、まるで破裂するようにリトリシアの周りを囲んでいた眷属たちが消え去った。

 それも、先ほどヴァンピールが一体一体潰していったときの速度とは、比べものにならない速さで。


 ほぼ同時、一瞬で眷属たちは姿を消した。


「な、なんで……!?いったい、どうやって……!?」

「これが、わたくしの魔法ですわ」


 愕然としているリトリシアに、説明してやるヴァンピール。


「鉄血魔法。数いる吸血鬼の中でも、今ではわたくしだけに許された固有魔法ですわ」


 古の吸血鬼たちは、その過酷な生存競争を生き抜くために種族固有の魔法を生み出したとされている。

 それが、鉄血魔法。血を操る魔法であった。


 血を啜り、血を与える種族だからこそ生み出すことができる魔法だろう。

 それでも、器用な人類はそれを模倣したが、現代でも人間の中に鉄血魔法を使える者がいるかはわからない。


 確実なのは、この世でもこの魔法を使える者は、片手の指で数えられる程度だということである。


「今のは、わたくしの血を適当にばらまいただけですのよ?」

「そ、そんなことで、私の眷属が……?」


 ヴァンピールの言った通り、彼女はただ流れる自身の血を飛び散らしただけである。

 しかし、そんな平凡な行為は、鉄血魔法の使い手になると強力な技となる。


 その血は、まるで凄まじい勢いではじき出した石のように、考えられないほどの威力を持って眷属たちに襲い掛かったのであった。


「ま、まだ……!」


 魔法を使おうと魔力を高めるリトリシア。

 そんな彼女の眼前に、ふわりと降り立つヴァンピール。


 眷属たちのことを呆然と見ていたため、彼女が飛び上がったことに気付かなかった。

 ヴァンピールは細い指を、リトリシアの綺麗なでこにツンと当てる。


「はい、わたくしの勝ち……ですわね」

「う……」


 一般の人間同士であれば、でこに指を当てられたくらいで何が決着かと思うかもしれない。

 しかし、それをしているのが真祖の吸血鬼……それも、力に特化したヴァンピールであれば話は別だ。


 リトリシアは、彼女が力を込めて指を突けば、脳まで突かれてしまうであろうことを知っている。


「う、うぅぅぅぅぅぅぅ……っ!!」


 リトリシアの目に涙がいっぱいに溜まる。

 怖いわけではない。ただ、悔しくてしかたなかった。


 彼女もまた、ヴァンピールに負けないくらいプライドの高い少女だからである。

 こうして、真祖同士の対決は終わりを迎えたのであった。





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