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第百三十七話 真祖たちの初戦

 









 ヴァンピールとリトリシアの戦いは、吸血鬼領の中心地から外れた場所で行われることになった。

 街の中心で真祖同士が激突すれば、街の崩壊は免れないからである。


「……あら?観客は来てくれていないのですの?」


 周りを見渡してヴァンピールが言うと、マスターが苦笑する。

 彼女は、自分がリトリシアをけちょんけちょんにするところを多くの人たちに見てもらいたかった。


 なので、自分とリトリシアが決闘をすることを大々的に発表したのだが、観客や野次馬はゼロであった。

 リトリシアを、『使用人を略奪し、ヴァンピールのマスター()を奪おうとする極悪人』として、自身を『使用人を取り戻し、マスター()を守ろうとする正義の吸血鬼』とした噂も流したのに、徒労に終わってしまった。


「えぇ……?当たり前ですの?」


 マスターの言葉に、ヴァンピールは聞き返す。

 一般の吸血鬼たちからすれば、真祖の吸血鬼というのは信じられないくらいの力を持っている化け物みたいな存在である。


 今の三人の真祖たちが吸血鬼領の代表を務めているのをプライドの高い吸血鬼たちが認めているのも、圧倒的な力があるからである。

 そんな真祖同士の決闘に野次馬根性で見に行くと、戦いの余波だけで消し飛ばされてしまうかもしれないのだ。


 来るものがいないのも当然だろう。


「ふーん……そういうものですか……」


 ヴァンピールは、まあいいかと納得する。

 マスターが見てくれているのであれば、他の吸血鬼たちのことなどどうでもよかった。


「マスターはもっと離れた方がいいんじゃないかしら?本当に、消し飛んでしまうかもしれないわよ?」


 ヴァンピールと相対しているリトリシアの言葉に、マスターは大人しく従った。


「さ、早く終わらせるわよ。おバカの相手をするのは、面倒だしね」

「この戦い、わたくしの勝ちで終わりますわ!」


 最初に動いたのは、リトリシアであった。

 彼女は眷属を作りだし、ヴァンピールへと差し向ける。


 狼の形をかたどった眷属たちは、一斉にヴァンピール目がけて襲い掛かる。


「ウザったいですわ」


 それを、ヴァンピールは腕を軽く薙ぐだけで消し飛ばす。

 彼女もまた吸血鬼。眷属の扱い方など、熟知していた。


「私の眷属をこうも簡単に消すなんて、馬鹿のくせに相変わらずでたらめな力ね」

「……褒めているんですの?」


 はぁっとため息を吐くリトリシアに、じとーっとした目を向けるヴァンピール。

 狼型の眷属は、ヴァンピールには一切通用しない。


 しかし、リトリシアに焦りはなかった。


「なら、これならどうかしら?」


 ズズズッと黒い眷属が、また一つ生み出される。

 それは、とても大きな人型の眷属であった。


 黒い魔力で作り上げられたそれは、迷宮を守るゴーレムのような大きさだった。


「動きは遅いけど、その力はとびっきりよ」


 リトリシアの言葉に応えるように、眷属が吼える。

 そして、その巨大な腕をヴァンピールに向かって振り下ろした。


「力なら、負けませんわよ!」


 それを、ヴァンピールは拳で以て迎え撃った。

 明らかに動きづらそうな絢爛なドレスも意に介さず、飛びあがって眷属の腕を殴りつけた。


 女性としては長身であるヴァンピールも、リトリシアの生み出した巨大な眷属と比べると子供のようなものである。

 しかし、その子供は眷属を殴り飛ばした。


「ふふん。軽いパンチでしたわね」

「…………本当、ゴリラみたいね」

「誰がゴリラですの!?」


 得意げに笑うヴァンピールに、冷や汗を垂らしてリトリシアは言う。

 彼女も真祖であるが、同じことができるかと言われれば不可能だろう。


 ヴァンピールは、真祖の吸血鬼の中でも突出して力が強かった。

 それは、『救世の軍勢(イェルクチラ)』屈指の力持ちであるリースに匹敵するほどである。


 しかし、リトリシアはヴァンピールがそれほどの実力を持っていることくらい知っている。

 それを知っていながらも、彼女は決闘を受けたのだ。


「私の戦い方は、あなたと違って泥臭くはないわよ」

「泥臭い!?優雅ですわ!!」


 相変わらず食いついてくるヴァンピールを無視して、リトリシアは魔力を使う。

 生み出されるのは、大量の眷属。


 そこには、狼型の眷属もいれば、先ほどヴァンピールに殴り飛ばされたような巨大な眷属もいた。


「ふーん……。相変わらず、手数だけは多いですわね」


 ヴァンピールの強みが圧倒的な力だとしたら、リトリシアの強みは大量の眷属を生み出せるほどの魔力量であった。

 吸血鬼の多くは魔力で眷属を作ることができるが、これほど大量の眷属を生み出すことができるのはリトリシアくらいだろう。


 その魔力量は、真祖の吸血鬼の中でも突出していた。


「減らず口を、いつまで叩けるかしら?」


 リトリシアはそう言って腕を振るうと、生み出された眷属たちはいっせいにヴァンピールに襲い掛かった。


「ふっ!!」


 ヴァンピールはそれらを殴ったり蹴ったりしてかき消していく。

 派手に動くものだから、ドレスがめくれあがってあられもない姿をさらしているのだが、幸いにしてこの場にいる男はマスターだけである。


 彼は頭に手を当てていたが。


「あー、もう!きりがありませんわね!!」


 ヴァンピールは巨大な眷属を殴り飛ばし、イライラとした様子で怒鳴る。

 彼女は次々に眷属を打ち消していっているのだが、リトリシアは消される速度に勝るとも劣らない速さで眷属を生み出し続けていた。


 このような荒業、規格外の魔力量を持っているリトリシアにしかできないことだろう。


「ほら、さっさと降参した方がいいんじゃない?マスターの前で、みっともないところをさらしてしまうわよ?」

「うぅ……」


 リトリシアは、ヴァンピールがマスターという男にかなり固執していることに気づいていた。

 彼女には、マスターがどれほど餌として優秀なのかは知らないが、一切他人に固執も執着もしなかったヴァンピールがこだわっていることから興味はあった。


 うざいヴァンピールを叩きのめし、マスターの血を試飲するためにこの決闘を受けたと言っていい。

 別に、リトリシアにはヴァンピールを殺そうというつもりは毛頭なかった。


 いがみ合っているが憎しみ合っているわけではないし、そんなことをすればこれから先の長い寿命の中でけんか相手がいなくなってしまう。

 だから、適当に倒してしまおうと考えていた。


「ほらほら。早く決めないと、もっと強い眷属を出すわよー」


 ニヤニヤとしながらリトリシアはヴァンピールを追い詰める。

 確かに、ヴァンピールは強力な力を持つ真祖の吸血鬼だ。


 しかし、白兵戦では最強かもしれないが、このように距離をとって戦えば完全に封じてしまうこともできるのである。

 自身の勝利を確信し、猫が獲物を弄ぶようにヴァンピールを追い詰めていたリトリシア。


「……ふう、仕方ありませんわね」

「ん?」


 ヴァンピールが今まで絶え間なく眷属たちを屠ってきた腕の動きを、ふっと止める。


「あら。ようやく諦めたのかしら?」


 リトリシアが聞くと、首を横に振るヴァンピール。


「いえ、違いますわ。少し、力を使おうと思っただけですの」


 ヴァンピールはそう言うと、ニヤリと好戦的に微笑むのであった。





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