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第百二十四話 王女の英断

 









「あ、ありえない……」


 悪魔となったリンツが……自身の研究成果が完膚なきまでに破壊されるところを見て、ヴィッセンはぽつりとつぶやいた。


「ありえないありえないありえないありえないありえない!!私の最高傑作が!最高の悪魔が!どうして、悪魔憑きでもない普通の人間に倒されるのですかぁぁぁぁっ!?」


 頭をがりがりとかきむしり、痩せたせいで常時でも飛び出し気味の目玉が、さらに身を乗り出して今にも落ちてしまいそうなほどむき出しになる。

 彼の目の前には、信じがたい、信じたくない光景が広がっている。


 低級悪魔を何体も合体させ、悪魔憑きのリッターさえ倒したリンツが、最早物言わぬ骸と成り果てているのである。


「マスター、凄い」


 リッターはとてとてと歩み寄り、マスターの腕に抱き着きながら尊敬のまなざしを送る。

 マスターも心の中でウキウキであり、それは笑顔の輝きに現れていた。


 あまりの輝きに、リッターが目を細めるくらいである。

 マスターは彼女の頭を撫で、まだやるべきことがあると言って視線を向ける。


「ひ、ひぃぃっ!!」


 ヴィッセンはマスターの目に捉えられ、悲鳴を上げて尻餅をつきながらも必死に後ずさる。

 悪魔となったリンツを瞬殺したマスターに、生身の自分が勝てるはずもない。


 そして、今までの言動を顧みるに、どう考えても自分は死刑を免れない。

 マスターがゆっくりと歩み寄ってくる。


 彼は穏やかで優しげな笑みを浮かべたままである。

 しかし、ヴィッセンにとっては悪魔が今から命を弄ぶことを楽しみしているような、残虐な笑みにしか見えなかった。


 リッターはまるで神が微笑んでいるかのように見えているので、人の捉え方というのは千差万別である。


「ま、待って!!待ってくださいっ!!私を殺せば、酷い目にあいますよ!!」

「追い込まれた人がよく言う嘘。気にすることない、マスター」

「いや、本当なんですって!!」


 マスターに引っ付いてきたリッターが冷たくそう言うが、ヴィッセンの言っていることは真実であった。

 彼も、この場に来るのに何の対策もしていないわけではなかった。


 そもそも、リンツと悪魔を合体させる実験が成功するとは限らなかったのだ。

 失敗した場合に、自分だけでも逃げるための策を用意しているのは当然である。


「私を殺せば、研究室に捕らえられているキマイラたちが、一斉に王都に放たれることになりますよ!今でさえ、テルドルフさんや王国騎士は手一杯なのに、これ以上魔物を増やしてもいいんですかねぇ……?」


 ヴィッセンの言葉を聞いて、マスターは困ったような笑みを浮かべて動きを止める。

 王国騎士であるが、別に王国の民がどうなろうと知ったことではないリッターは不思議そうに首を傾げるが、マスターはとても優しい人である。


 王国の民のことも思いやったのだろうと、彼女は納得した。


「私を逃がしてくれれば、そのようなことはしません。むしろ、今王都中で暴れている魔物たちを全て引き揚げさせましょう!どうでしょうか……?」


 ヴィッセンは勝ち誇ったように取引に出る。

 たとえ、彼が研究所にいる全ての魔物をぶちまけたところで、マスターがいる以上エヴァン王国は滅んだりはしないだろう。


 しかし、マスターが魔物を狩っている間に、他の場所で魔物に襲われて命を奪われる王国の民たちは少なからず出るだろう。

 リッターが万全の状態であったならば、二人でどうとでもできたかもしれないが、現在は悪魔の力を何度も使ったために激しく消耗している。


 彼女にこれ以上戦わせるのは、酷というものだろう。


「――――――いや、貴様はここで死んでもらう」

「……は?」


 マスターがどうしようかと内心うんうんと考えていた時、ニーナの声が不自然なほどよく通った。

 凛々しい顔つきをした彼女は、剣を抜いて近づいてくる。


 それを見て、マスターは優しい笑みを浮かべて一歩下がり、彼に引っ付いているリッターもそれに倣う。

 何を言っているのか理解できなかったヴィッセンは、呆けた声を漏らす。


「……私の話、聞いていましたかぁ?私が死ねば、研究所にいる魔物が王都に解き放たれると言ったんですよ?」


 ヴィッセンが質問するが、ニーナは答えない。


「あぁ、もしかして、大して魔物がいないと思っています?それは、大きな勘違いですよ。私がリンツ王子から支援をもらって研究をした結果、キマイラやキメラといった人造魔物はかなりの数が存在します。リンツ王子に飲ませるための研究として、低級悪魔と合体させた魔物もいますねぇ。……それでも、私を殺すとおっしゃるか!?」

「ああ、殺す」


 ニーナの返答に愕然とするヴィッセン。

 ありえない……。そんな決断は、ありえない。


「あなたは大馬鹿者です!!リンツ王子を実験動物に使われたから、感情に任せて私を処断するおつもりか!?あなたの私的な感情に基づいた決断で、多くの国民を殺していいのですか!?それが、王となるお方の決断ですか!!」

「お前に、王のことを語る資格はない」


 ヴィッセンがニーナを激しく罵るが、彼女は決して動じなかった。

 彼の言う通り、私怨というのもあるだろう。


 しかし、ニーナは王国のことを第一に考えていた。


「今、この王都には最強の騎士であるテルドルフや、王国騎士団が数多く存在している。さらに、悪魔を倒してみせたマスターもいる。たとえ、魔物が溢れかえったとしても、王国が滅亡することはない」


 確かに、その過程では多くの国民が犠牲になるかもしれない。

 しかし……。


「一方、ヴィッセン。貴様をこの場で処断しなければ、これからもこのようなテロ行為が繰り返されることになるだろう。貴様の命と、魔物たちの放出。天秤にかけた結果、貴様を殺した方が将来の王国のためになると判断したまでだ」

「ぐ、ぐぐぐ……っ!!」


 ヴィッセンは錬金術師としての研究を行動の目的としているようだが、研究には実験がつきものである。

 このように、王国全体を脅かし、王位継承権を持つ王族をも悪魔にするような危険な男は、ここで見逃せば何をしでかすかわからない。


 ニーナの判断は、おそらく正しいものだろう。


「あぁぁぁぁぁっ!!嫌だ、嫌です!私には、まだしなくてはならない研究が山ほど……っ!!」


 ヴィッセンはニーナに背を向けて、はいつくばりながらも逃げようとする。

 彼には、まだ探求すべき研究対象が山ほどある。


 その一つである悪魔の謎を、悪魔と合体したリンツのおかげで今ようやく解明できそうなのだ。

 早く……早く研究室に戻って、理論を組み立てなければ……。


「第一王子であるリンツを殺害し、王都に魔物を撒き散らして混乱に陥れた大罪人、ヴィッセン。第一王女である私、ニーナが貴様を裁く」

「いひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ヴィッセンは恥も外聞もなく、涙や鼻水を撒き散らしながら悲鳴を上げる。

 そんな醜い彼を見ても、ニーナは同情を一切しない。


 振り上げた剣を薙ぎ、ヴィッセンの首をとったのであった。





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