第百八話 暗殺者の正体
僕を慌てて追ってきたからだろうか、防具をつけていないという完全装備からはほど遠かったけれども、彼女の手には細い剣が握られていた。
リッターは鞘から剣を抜き放つと、目にもとまらぬ速さで暗殺者に斬り薙いだ。
「ちっ!」
多くの者がその一撃で首を飛ばされていた斬撃を、暗殺者は何とか身をかわしていた。
流石は、私兵たちをあっけなく倒してしまった実力者である。
しかし、リッターの鋭い剣を避けきることはできなかったようで、暗殺者の被っていたフードが斬られてしまった。
彼は大きくバックステップをして距離をとるが、幸いにも僕とリッターの目は夜でもきく。
何者かは分からなくても、顔くらいは見ることができるだろう。
「……これも、もう用済みだな」
暗殺者も顔をばれることは覚悟したのか、そう言って自らフードを脱ぎ捨てた。
そこにいたのは、僕がどうして気配を知っているような感覚を覚えていたのかをはっきりとさせる人だった。
「……テルドルフ」
リッターが感情を一切感じさせない声で呟く。
フードを脱ぎ捨てて中から現れた顔は、王国騎士団の団長でありリンツ王子派のテルドルフだった。
あ、暗殺者って、この人だったのか……。
だったら、私兵たちを簡単にのしてしまったことも頷ける。
……僕はよくこの人の攻撃を避けることができたなぁ。
「リッターか。まさか、ここの貴族の護衛にお前ほどの騎士が派遣されていたとはな。そろそろニーナ王女も動き出すとは思っていたが、流石にお前のことは予想できなかったぞ」
「そう」
ふっと小さく笑いながらテルドルフが話しかけると、リッターはどうでも良さそうに頷いた。
「……興味なさそうだな。私がこれまでニーナ王女派の貴族を殺してきたことを知っているだろう?ニーナ王女派の騎士らしく、義憤にかられたりなどはしないのか?」
あー、そういえば、王国騎士の中にもいろいろ種類がいるらしい。
僕の想像するような、騎士道精神にあふれる騎士もいれば、グレーギルドと大して変わらないじゃんというような騎士もいるらしい。
まあ、騎士団なんて大きな組織なんだから、様々な考え方の人がいて当然なのだけれど。
そんな中、騎士道精神にあふれるような騎士は、基本的にはニーナ王女派らしい。
一方、グレーギルドのような少々荒っぽい騎士たちはリンツ王子派のようだ。
テルドルフはそのことを言っているのだろう。
しかし……。
「……?貴族を殺したことなんて、どうでもいい」
「……は?」
何を言っているのかわからないとばかりに、首を傾げるリッター。
聞いたテルドルフも、まさかそのような反応が返ってくるとは思ってなかったのだろう、いかつい顔に似合わずキョトンとしていた。
た、建前でもいいから、どうでもいいとか言わないで……。
「問題は、テルドルフがマスターに剣を向けたこと。死んで」
「……っ!!」
剣を構えて、強烈な殺気を放つリッター。
王国最強の騎士であろうテルドルフも、冷や汗を一筋流すほどのものだった。
今、戦いが始まれば十中八九リッターが勝利するだろう。
もし、二人が万全の状態で戦ったらわからないけれど、今のテルドルフは武器である剣を持っていない。
……僕が、壊してしまったからね。
リッター、自分に危険がなければ、テルドルフのことを生かして捕らえてほしい。
ニーナ王女にとって、プラスになるだろうからね。
「…………分かった」
物凄く間が空いてから、リッターは頷いた。
あ、これ、絶対に生かして捕らえるつもりないな。
僕はそう気づいたけれども、まあ戦うのはリッターなのだから彼女の意思を尊重することにした。
王国騎士団のトップが殺されたらどうなるのだろうかと心配にもなるが、そもそも僕たちは闇ギルド『救世の軍勢』のメンバーである。
正直、王国がどうなろうがあまり知ったことではない。
「戦いの中で死ぬことに不満はないが、剣も持たないで騎士が戦うわけにはいかないな。ここは、逃げさせてもらう」
「逃がさない。マスターを狙ったなら、ここで死ね」
堂々と逃げると宣言するテルドルフもそうだけれども、一応上司であろう彼に向かってちゅうちょなく殺害宣言するリッターもどうかと思う。
とはいえ、簡単に逃がすつもりはない。
テルドルフを捕らえると、僕の評価はうなぎ上り。
ギルド本部で書類仕事ばかりしなくても、時々は前線に立つことをメンバーは許してくれるだろう。
「いや、逃げさせてもらおう!」
テルドルフはそう言うと、懐から球体のものを持ち出した。
透明な球の中には、何やらうぞうぞとどす黒い何かが蠢いていた。
あ、あれは……っ!?
僕は中身に察しがつき、慌ててリッターの前に立つ。
テルドルフはその球体を、思い切り地面に叩き付けた。
それと同時、目をくらますための黒い霧が発生したのであった。
僕はそれを防ぐため、簡易的な結界を僕とリッターの周りに張る。
その黒い霧の正体は意外と低級の『それ』だったらしく、僕の結界はヒビ一つ入ることはなかった。
「ま、マスター……」
しかし、これはリッターに大きなダメージを与えていた。
彼女は普段の無表情ぶりからは想像もできないほど弱弱しい表情を浮かべて、僕に縋り付いてきた。
これは、いつものスキンシップをとるためのものではない。
何か恐ろしいものから逃れるために、僕に頼って縋り付いてきているのだ。
彼女がこうまで怯える理由を知る僕としては、彼女を優しく抱きしめるしかなかった。
大丈夫、君は僕が守るから。
そういう気持ちを込めて、僕が根気よくリッターの頭を撫でていると、小さく震えていた彼女の身体が収まってきた。
……ふう。まさか、テルドルフが低級とはいえ『悪魔』を飼っているなんてね。
「何があったー!?」
屋敷内を警備していた他の私兵たちが駆け寄ってくる。
すでに、テルドルフの姿はここにはなかった。
……これまでの一連の暗殺に彼が関わっていたことを、ニーナ王女に報告しなきゃね。
僕はリッターを抱きしめながら、そう思うのであった。
「……マスター」
……あれ?リッター、もう震えは収まっているよね?
もう大丈夫なら、そろそろ離れて……。
あ、あれ?どうして僕の服の中に手を這わすの?そんな必要は……。
あ――――――。




