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星の紡ぎ人  作者: 日向かげ
第四章 紅の鷲

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第四章⑧ VS禍黎霊(その一)



 その後のことはよく覚えていない。アマネールたちは重い沈黙の中、足を引きずるように選手寮まで戻った。ノアとリディアは青ざめており、アマネールにも彼らを顧みる余裕はなかった。


 何しろ、アマネールの実父の仇が判明したのだ。ましてや、それが三百年前に大戦争を起こした巨悪の末裔ときた。正気でいられるわけがない。沸々と湧き上がるインフェリオールへの憎しみを抱え、アマネールは無理やり床についた。



 アマネールがいささか正気に戻ったのは、というか戻らされたのは翌朝だった。グレイとユリに問いただされたのだ。


「で、昨晩は何があったんだい?」


 ムルパティと接触したアマネールたちの異変を察した彼らは、一晩はそっとしておいてくれたらしい。今朝になって、グレイは状況の説明を求めてきた。


 アマネールたちは、天命戦の果てにインフェリオールが何らかの方法で封印されたこと、その封印が八年前に解かれただろうことを告げた。


「君らの話が真実で、本当にインフェリオールが全ての首謀者なら、奴らの真の目的は......」


 グレイは身震いして言い淀んだ。ユリも心配そうな面持ちでアマネールを見つめている。


「どうするの? 何もしないわけにはいかないよね?」


 ユリの一言で、アマネールは観念したように頷いた。夜が明けて頭も冷静になってきた今、他に選択肢がないのはわかっていた。


「ウテナに相談しよう。僕らの手に負える相手じゃない」



 ところが、急ぎ足でバジュノン宮殿を訪ねたアマネールたちを、予想だにしない事態が待ち受けていた。奥に通された彼らを迎えたのは、死後の女王にして星斗会の総帥を務めるウテナではなく、その側近のセフィド・ムルパティだったのだ。


「何だって? ウテナがいない? よりによって、こんな大事な時に?」


 アマネールは狼狽して声を荒げた。


「ええ。今日の未明、エステヒアに向けて旅立たれました。何でも、ネフリート様から緊急の要請があったそうです」


 ネフリート・ヴェールコルヌとは、星斗会を支える二派閥の一つ、ヴェールコルヌ派の指揮を執る人物である。彼が率いるヴェールコルヌ派は、先の襲撃事件の二次被害を警戒して、半年の間エステヒアに派遣されているのだ。


 そんなヴェールコルヌの要請で、ウテナは早朝からエステヒアに向かったそうだ。しかし、今はそれどころではない。よそに構っている暇はないのだ。


「それで、いつ帰ってくるの?」


 アマネールは恐る恐る訊いた。


「一週間ほどとお聞きしていますが」


 駄目だ......間に合わない。天煌杯の決勝戦は五日後に迫っている。何もかも連中の狙い通りだ。このままじゃ父さんの力が奪われる。終いには......。


 アマネールの心中が顔に出たのだろう。ムルパティは鼻を鳴らし、胸を反らせた。


「お困りごとがあるようですが、心配には及びません。ヴェールコルヌ派がいなくとも、本土にはビオアーク派が残っています。そして何より、女王様の使命をしかと承った、このセフィド・ムルパティがいますからね」


「あんたに言われてもねえ」


 リディアは呆れたように呟いた。彼女が指摘した通り、今なお蜂蜜の甘い香りを漂わせるムルパティは、お世辞にも頼もしくは見えなかった。



◇◇◇◇◇◇


「いよいよヤバくなってきたな。これも奴らの作戦の内か?」


 泣く泣くバジュノン宮殿を後にした道すがら、ノアは言った。


「と思う。エステヒアで何か騒ぎを起こして、ウテナを呼び寄せるよう仕向けたんだ。これで連中の邪魔者はいなくなった。あとは試合当日、星斗会の警備が手薄になる隙を突いて、父さんの天結を奪うだけだ」


 アマネールは声を落とした。しばし、五人の間に沈黙が訪れる。アマネールは唇を噛み、覚悟を決めたように続けた。


「かくなる上は、僕たちで邪悪な陰謀を止める他ない」


「......無理だ」


 グレイは絶望したように首を振った。


「君も言ったろ。僕らの手に負える相手じゃない」


「だから黙って見てろって言うのか?」


 アマネールは吠えた。


「一連の首謀者がインフェリオールだとしたら、奴らの真の目的は()()()()()()に違いない。予言に示された星の力を手に入れて、現代で再び戦争を起こそうと企んでるんだ。父さんの力を悪用して......。そんなこと、させてたまるか。絶対に許さない。必ず僕が止めてやる」


 アマネールの剣幕に押されたのか、グレイは弱々しく俯いた。代わりにリディアが口を開く。


「まあ、そうなるわよね。グレイも腹をくくりなさい。本音を言えば、あたしだって気乗りしないけど、こうなった以上やるしかないわ。あたしたちでインフェリオールの野望を阻止するのよ」


「いや、君たちは別で動いてほしい。インフェリオールは僕がやる」


 毅然としたアマネールの表明に、ユリは目を見開いた。


「いくら何でも無茶だよ。一人でインフェリオールに挑むなんて。私たちも協力させて」


「もちろん、力は借りるつもりだよ。それに心配しないで。僕も一人で行こうなんて考えてないから」


「どうするつもりだ?」 とノア。


「協力を仰ぐよ。僕らが頼れる中で、最も力のある星霊使いにね」



◇◇◇◇◇◇


「うそ? ウェンディが狙われてる?」


 事の次第を聞いたミフェルピアの第一声は、もはや悲鳴に近かった。


 日が天中に昇り、影が短く縮む頃。アマネールたちにミフェルピアを加えた六人は声を潜めていた。一同は、選手寮を囲む外壁の上に設けられた、回廊の隅に固まっている。


「いつだか連中が『器も十分に熟した』って言ったの、覚えてる? その器がウェンディだ。奴らは紅の鷲が遺した天結を奪った後、彼女に力を継承するつもりなんだよ」


 それ以降に想定される惨事について、アマネールは語ろうとしなかった。鷲座の星霊を引き継いだウェンディを、インフェリオールがどう扱うかは考えたくもない。


「そ......んな......」


 ミフェルピアは打ちひしがれたような声で返した。


「もちろん、そうはさせない。ただ、ウテナは今本土を離れてる。もう僕たちで対処するしかないんだ。だから手を貸してほしい。お願いできる?」


 アマネールは改めてミフェルピアの瞳を見据えた。しばらくして、彼女は普段の凛とした表情を取り戻し、力強く頷いた。



「作戦はこうだ」


 アマネールは説明を始めた。


結星祭(ゆうせいさい)で立ち聞きした内容から察するに、奴らは五日後、二手に分かれて仕掛けてくる」


「それも、同時にな」


 ノアが補完した。


「そう。となると当然、僕らも別々で動く必要がある。ウェンディを守る部隊と、紅の鷲の天結を守る部隊に分かれなくちゃならない」


「で、あんたはウェンディを守る役目を、あたしたち四人に任せたいのね」


 リディアは手のひらを胸に当てた。アマネールがこくりと首肯する。


「私たちの相手は、猟犬座の禍黎霊使いってこと?」


 ユリは確認するように質した。


「ああ。奴らの会話からして、ウェンディを狙うのは二匹の猟犬使い、ヴィーネルザで間違いない。インフェリオールの右腕だ」


 アマネールが明言する。ふと、ミフェルピアは怪訝そうな顔をした。


「水を差すようで悪いけど......ヴィーネルザはともかく、インフェリオールは二か月前の謀議と無関係なんでしょ? なら奴らの仲間、もう一人いるはずよね?」


 たしかに、アマネールたちが二度の盗聴で耳にした声音は計三つだった。インフェリオールとヴィーネルザの他にも、禍黎霊使いが存在するのは事実である。


「蛇使いだ。一人は絶対に、蛇座の禍黎霊使いだよ」


 アマネールは食い気味に断言した。禍々しく巻かれた大蛇のとぐろが、つい昨日のことのように思い出された。


「だけど、奴はエステヒアでの囮役なはずだ。ヴェールコルヌがウテナを呼ぶ羽目になったのも、おそらく奴の仕業だよ。本土の味方を楽にするために、単独で陽動作戦を展開してるんだと思う。昨秋の襲撃もその一環さ」


「要するに、そいつは陽動担当だから、本土の決戦には絡んでこないって見方? その判断は危なくない?」


 ミフェルピアが眉をひそめると、ノアはなだめるように遮った。


「とは言え、奴らは二人で攻めてくる可能性が高いと思うぜ。もし蛇座の野郎も本土の作戦に参加するなら、昨夜の密会に三人揃ってるはずだろ?」


「それもそうだ。オーケー。とにかく、僕らは二匹の猟犬からウェンディを護衛するってわけね。で、君たちは?」


 グレイは手短に話を要約した。


「無論、インフェリオールから紅の鷲の天結を守るよ。天煌杯の決勝戦当日、バジュノン宮殿に忍び込んでね」


 続けてアマネールは、結星祭での重要な発見を報告した。彼は昨晩、バジュノン宮殿の最上部に謎の空間があり、そこに件の天結が保管されていると確信したのだ。


「真っ向からインフェリオールと戦うつもり? 天結を確保するだけなら、奴と鉢合わせる危険のない前日でよくない?」


 ユリは遠慮がちに尋ねた。


「僕たちの目論みが事前にばれたら、インフェリオールが何をするかわからない以上、手前で動くわけにはいかないよ。実際に戦うかどうかは......状況次第かな」


 アマネールは言葉を濁した。ユリに余計な心配をかけるのは嫌だった。


「アマネールの決断なら、私は背中を押したいよ。でも、いくら前世に関する夢を最後まで見たからって、星霊を完全に顕現できないのは変わりないのに......」


 ユリの見解はもっともだ。だからと言って、アマネールの意志は揺るがなかった。


「逆に言えば、もうあと一歩さ。安心して、ユリ。エステヒアで蛇座の禍黎霊と対峙して、僕は前世の記憶の縁を見た。きっと禍黎霊が引き金なんだと思う。だから次に禍黎霊と向き合えば、今度こそ記憶が戻るはずだよ」


 果たして本当にそうなのか、アマネールに確証はなかったが、それでも彼は言い切った。アマネールとて死ぬ気はない。宣言通りにしてみせるつもりだった。


「大丈夫よ、私もいるから」


 ミフェルピアが後押しした。翡翠色の双眸がらんらんと燃えている。


「でも......」


 何かを言いかけて、ユリは目を落とした。親友の葛藤を見かねたリディアが割って入った。


「ミフェル、アマネールに万一のことがあってみなさい。許さないわよ」


「その言葉、そっくりそのまま返すよ。ウェンディは任せたからね」



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