表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の紡ぎ人  作者: 日向かげ
第四章 紅の鷲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/46

第四章⑦ 結星祭(下)



「ねえ。ウェンディってたしか......」


 少しずつ人影が遠ざかり、足音がほぼ聞こえなくなったところで、リディアは声を殺して言った。


「かにが好きな子よね?」


「違う」


 思ったよりも大きな声が出た。ノアがぱちんとアマネールの口を押さえている。固唾を吞んで暗がりの様子を窺ったが、連中が戻ってくる気配はなかった。


「いや、違くはないけど......違うよ。ウェンディは白金剣団(プラチナム・オーダー)の司令塔だ。奴らは鷲座の星霊を奪い次第、()()()()()()()()()()()なんだ」


 反省の意を込めて、アマネールが小声で述べると同時に、リディアは少年の袖を掴んだ。リディアが見つめる先には、星空を背に羽ばたく美しい白鳥がいた。


「グレイとユリに何かあったんだ」


 ノアが目を見開いた。


「行こう」


 アマネールは即座に立ち上がった。三人は一直線に駆け出した。



 アマネールたちが現場に急行すると、グレイとユリは呆然と立ち尽くしていた。体に目立った外傷はない。禍黎霊の襲撃ではないと理解したアマネールは、ほっと息をついた。


「どうしたんだい?」


 体を二つ折りにして、アマネールはあえぎあえぎ訊いた。


「見て」


 震えるユリの指先が示したのは、アマネールの足元だった。煤を散らしたような黒い痕跡が、大地に生々しく刻まれている。焦げ跡にも似た禍黎霊の足跡、冥跡であった。


 冥跡を見て、アマネールは愕然とした。四足歩行と思われる漆黒の足跡が、三筋に並んでいたのだ。まるで、巨大な()()のように。


「この冥跡......インフェリオールだ」


 アマネールは何とか言葉を絞り出した。


 ーー全ては、あの方が描いた筋書きの通りです。


 点と点が結ばれるように、いつかの謀議が思い返された。アマネールの思考に恐るべき真実が浮かんでくる。


「......奴らが言う()()()の正体は、インフェリオールだったんだ。現代に禍黎霊を顕現させ、鷲座の星霊を狙う連中の統率者は......八年前に僕の父さんを殺したのは、インフェリオールだったんだ」


 ......まずい。想定外だ。このところ、父さんの記憶に囚われるあまり、禍黎霊使いの素性まで考えが及んでいなかった。


 熱に浮かされたように、アマネールは喋り続けた。亡霊めいた男への憎悪が、胸の奥でどす黒い渦を巻いている。


「僕はセルルスから聞いたんだ。三百年前、天命戦の首謀者であるヴァイア・インフェリオールは、右腕のヴィーネルザと行動を共にしていたと。ケンタウルス座と猟犬座の禍黎霊が刻む冥跡は、三本の鉤爪として恐れられていたとね。


 この冥跡がまさにそうだ......さっきの二人組は、インフェリオールとヴィーネルザだったに違いない」


「なわけあるかよ。ありえない」


 ノアの声が珍しく上ずっている。動揺しているのは彼だけでない。アマネールを除く全員が、インフェリオールの出現を信じられないようだった。


「天命戦は三百年前に終結した。アリス一派が勝利し、インフェリオールは潰えたんだ。今さら現れるわけがない。奴がいるなら、何のための結星祭(ゆうせいさい)だよ。見ろ、エリダヌス川の向こうはパーティだぜ?」


「そのアリスの星霊を今日まで継承しているのは、ハル・アミタユスの末裔だ。インフェリオールの末裔がいたっておかしくはない」


「いや、殺されたはずだ。だから終戦してるんだ」


「そうは限らないよ」


 アマネールの頭に、二週間前に見た星導師セルルス家に伝わる記憶が蘇った。


 ーーあのインフェリオールを、どうやって?


 ーー今となっては、奴は過去の人物に過ぎない。それも悲惨な過去だ。君が知る必要はないよ。


「セルルスは戦争の結末を知らなかった。何かわけがあるんだ。今思えば、アリスもそれを隠そうとしてた気がする」


 だが、アマネールがこれほど力説しても、皆は納得しかねているようだ。


「うだうだしてもしょうがない。はっきりさせよう。結星祭に奴らがいるはずだ」


 そう言ってアマネールは、先の二人組の会話をグレイとユリに話して聞かせた。



「君、ひょっとして接触するつもりかい? ないとは思うけど、もし万が一、本当にインフェリオールだったら......危険すぎる」


 話を聞き終えると、グレイが真っ先に口を開いた。声は詰まり、顔からは血の気が引いている。


「だから手を出すなって言うのか? 僕の父さんが殺されたんだ! 動かないでどうする!」


 アマネールは苛立っていた。グレイの言い分が正しいのはわかるが、父の仇敵がのさばっていると思うと、居ても立ってもいられなかった。


「君たちに止められようと、僕は行くよ。今度こそ奴らを尾行し、すべてを白日の下にさらしてやる」


 意志を固めたアマネールの瞳を、ユリが深く見つめていた。彼女は毅然として言った。


「私、折衷案を思いついた。とにかく急ごう」



 エリダヌス川に架かる吊り橋を引き返しながら、ユリは説明を始めた。


「白鳥を飛ばした時、こっちに走ってくるリディアたちが見えたの。それで思いついたんだけど、私が空から見下ろせば奴らを見つけられる。全身黒ずくめなんて珍しいからね。それに、今夜は白鳥が一羽飛んでいようが、誰も不審に思わないだろうし」


 ユリは上空を指さした。鯨座や海豚(いるか)座の星霊に混じって、数羽の鳥の星霊が満天の星を背に輝いている。


「でも、見つけるだけじゃ意味ないわよ?」 とリディア。


「僕の羊を使おう」


 どうやらユリの思惑を察したらしいグレイが、説明を引き継いだ。


「台座を背中に括り付ければ、結星祭を堂々と動き回れる」


「そういうこと」 とユリ。


「で、俺たちはどうする?」 とノア。


「さっきと同様に分かれよう。君ら三人と、僕ら二人だ。ユリが奴らを見つけ、その指示通りに僕の羊で追跡する。君たちは羊を追いかけてくれ。間に羊を挟めば、まず尾行はバレやしない。インフェリオールと接触するなんて、やっぱり駄目だ」


 グレイはきっぱりと言った。


「それじゃ、何のための尾行だよ」


 ユリは不満を垂れるアマネールに歩み寄った。


「まずは敵の出方を見よう。幸い、奴らは私たちに気づいてない。油断してるんだよ。上手くいけば、連中の根城を突き止められるかもしれない。私たちが動くのはその後でいい。敵の頭首がインフェリオールかどうかの判断もね」



 ほどなくして、五人はバジュノン宮殿まで戻ってきた。ユリは直ちに白鳥を放ち、空から黒ずくめの男の行方を探っている。ノアはそれと並行して、庭園をうろついていた山羊座の星霊から台座を奪い、グレイが召喚した羊の背に括り付けた。


「いた......! 黒のローブに身を包んだ男」


 ユリが勢い込んで報告した。


「早いよ。もうやるのかよ。勘弁してよ」


 グレイは現実を拒むような呻き声をあげている。


「行こう」


 アマネールは急かした。


「じゃあグレイ、ユリ、頼んだよ」



 一定の距離を保ちつつ、アマネールたちは牡羊座の星霊の後を追った。息を潜め、周囲に溶け込むように歩く。庭園の各所で軽快に踊る星霊も、夜気に漂う芳醇な香りも、今となっては心惹かれなかった。


 突然、羊が小走りになった。人々の隙間を縫ってするすると進んでいく。アマネールたちも歩調を速めたけれど、いかんせん人が多く、少しずつ離されてしまった。


 羊を見失うまいと、アマネールが人混みをかき分けた時、巨大な何かにぶつかった。衝撃でたたらを踏んだ少年は、勢いよく尻もちをついた。


 見上げると、セフィド・ムルパティが立っていた。大きな蜂蜜酒の樽を抱え、顔を真っ赤に火照らせている。


「あら、目を覚ましたようね」


 リディアは恨めしげに言った。リディアとノアも衝突に巻き込まれたせいで、羊の追跡が途切れてしまったのだ。


「これはこれは、君たちい。怖い形相で何をしとるのです?」


 ムルパティはとろけるような声で応じた。すっかり酔いが回っているらしく、虚ろな目の焦点は定まっていない。


「ったく、それでよく女王の側近が務まるね」


 そう口に出して、アマネールは気が付いた。セルルスは天命戦の結末を知らなかった。では、ムルパティならどうだろうか? アミタユス家と関係が深いムルパティ家であれば、戦争の終幕を知っているかもしれない。


 幸い、ムルパティはひどく泥酔している。普段より口も軽いだろうし、踏み込んだ質問をしても忘れてくれるだろう。僕らの目的を悟られずに、情報を引き出せるかもしれない......。


「ねえ、ムルパティさん。三百年前、天命戦はどう終戦したの?」


「知らないのなら教えて差し上げまひょう。かの有名なアリス・シアステラとハル・アミタユスが戦争にけりをつけ、世界に光をもたらしたのです」


「どうやって?」


 アマネールは急き込むように続けた。


「どうされたのですか。急に」


 ムルパティの顔に困惑の色が浮かんだ。


「つまりさ、敵をどう倒したの? 禍黎霊使いの息の根は断ったの?」


「いえいえ。殺したのではなく、巧みに封印したとお聞きしていまふ。どのような手を使ったのかは、ムルパティ家には教えてくれませんでしたけろ」


 アマネールは歯を食いしばった。


「なら、現代にインフェリオールが息づいていようが、不思議じゃないってことだ」


 インフェリオールの名を出したのはまずかったようだ。ムルパティはやや正気を取り戻し、今しがたの過ちを自覚したようである。


「はっ......! しまった。この話は口外厳禁でした。私としたことが、またしても早とちりを。君たぢ、ただいまの発言は忘れてくれたまえ。それでは、よいぱーちいを」


 アマネールは逃げ去ろうとしたムルパティの行く手を遮った。


「まさかその封印、解かれたりしてないよね? ちょうど、八年くらい前に」


「いえいえ......ましゃか。そしたら何のための祭典ですか。私はもう行きまふからね」


 口では否定したものの、ムルパティは明らかにアマネールたちから目をそらした。この露骨な反応に、アマネールはもちろん、ノアとリディアも認めざるを得なかった。


 本土で起きている一連の事件の黒幕が、三百年前の天命戦の発起人、ヴァイア・インフェリオールの血を引く者だという、戦慄すべき事実を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ