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星の紡ぎ人  作者: 日向かげ
第三章 天煌杯

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第三章③ ミフェルピア・フリューヒト(上)



 星霊使いの武道会、天煌杯(てんおうはい)。死後の世で開かれるその大会は、十月の頭に開幕し、一月の頭に終結する、総勢十六チームのトーナメント戦だ。


 一回戦は週二度のペースで、十月を通して行われる。Aブロック、Bブロックの一回戦が交互に開催されるのだ。


 十一月には二回戦に移り、週一度のペースで、さらに一か月をかけて実施される。


 十二月の準決勝も週に一度行われ、その後二週間の休憩期間を経て、年明けの決勝で栄冠に輝くチームが決まる。そんなこの世界ならではの催しが、今まさに始まろうとしていた。


「何やってんだよ、君らは。遅いなあ。もう始まるぜ」


 ウォーカー・アビットは毒づいた。くしゃくしゃの茶髪を掻きむしっている。ちょうどアマネール、グレイ、ノアの三人が、天煌杯の会場である競技場に到着したところだった。


 選手寮とバジュノン宮殿の間に位置する競技場は、古代ローマを思わせる楕円形の建造物だ。施設中央には戦いのフィールドが設けられており、高さ七メートル程度のアーチ状の外壁で観客席と隔てられている。


 アマネールは階段状に並ぶ観客席に腰を下ろし、眼下に広がるフィールドを見渡した。


 戦いの舞台となる楕円形のフィールドは、縦に五十メートル、横に三十メートルくらいの大きさである。


 特徴的なのは、無数に点在する障害物だ。直立する柱、傾いた柱、そして地面に横たわる折れた柱。それらの間を縫うように、瓦礫がまばらに散りばめられた競技場は、まるで太古の遺跡のようであった。


「いいじゃないか。間に合ってるんだから」


 グレイが反論する。彼の学友であるウォーカーに誘われたというのが今日の経緯だ。どうせなら一緒の方がいいという理由で、アマネールとノアも同席していた。


 ただし、この場にリディアとユリの姿はない。ウォーカーに言わせれば、男同士で話したい日もあるのだそうだ。


「開会式、見逃してるんだよ。君たち、見たことないだろ」


 聞けば、毎年天煌杯の開会式では星霊による盛大なパレードがあるらしい。


 アマネールは思わず目を閉じた。瞼の裏に、乙女座の星霊たちが舞い踊る光景が浮かんでくる。せっかくの行事を見逃したかと思うと、惜しいことをした気がしてきた。


「そう悔しそうにするなよ。結星祭(ゆうせいさい)だってあるんだから」


 夢のような催事を想像するアマネールを察したように、ノアはにやりと笑った。


「なにそれ」


「年末に開かれる祭りだよ。文字通り、かつてアリスが天命戦に勝利して、天結によって人と星座が結ばれたことを祝うパーティさ。その豪華さといったら、開会式なんて比じゃないぜ」


 直後にしたアマネールの返事は、会場の大声援にかき消された。ちょうど競技場の左手の入り口から、選手が入場してきたのだ。


 背が高く、すらりとした少女である。年はアマネールよりも少し上に見えた。緑色の瞳をした彼女は、印象的なプラチナブロンドの髪を結い上げ、首元にチョーカーをしている。黒を基調とした首輪には、金色に輝く宝石が留められていた。


「彼女こそ白金剣団(プラチナム・オーダー)のエース、ミフェルピア・フリューヒトだよ。神話の英雄、ペルセウス座の星霊を宿す、結束式の星霊使いだ。その実力は、星斗会の中枢にも引けを取らないと言われてる。おまけにあのルックスとスタイルだ。ミフェルのファンクラブはたくさんあるぜ」


 ウォーカーは意気揚々と説明した。かく言う彼も、数多といる大ファンの一人だそうで、ファンクラブを掛け持ちしているらしい。その証拠とばかりに、白金剣団の応援旗である、黄金の剣と盾があしらわれ白旗を懸命に振っている。


 白金剣団は女子四人で構成されるチームらしく、ミフェルピアに続いて、三人の少女が列をなして入場してきた。


「クラリーセ・シールズ。サリナ・ルヴィス。ミフェルと比べたら劣るけど、二人とも優秀な攻撃陣(アタッカー)だよ。あ、彼女を見て」


 ウォーカーが指差したのは、最後尾の選手である。年は十くらいだろうか、手前の三人よりひと回り体が小さい。


「ウェンディ・カーネル、白金剣団の司令塔さ。メイエール期待の若手だよ。


 いいかい、みんな。この試合は必ず白金剣団が勝つ。つまり、もし君たちがトーナメントを勝ち進めば、次に当たるのは彼女たちだ。だから今日は、白金剣団の戦い方をしっかり観察しておくといい。もっとも、彼らが白金剣団の力を存分に引き出せるわけないけどね」


 競技場の右側から登場した対戦相手に、ウォーカーは顎をしゃくった。白金剣団と同じ四人組である。



 じきに、両チームは競技場の中心に並んだ。


 白装束に包まれた星斗会の女が、選手を整列させている。腰まで届く長い髪を中ほどで結んだ彼女は、ふんわりと膨らむ髪を揺らしながら、桃色に透き通ったいるかに跨っていた。前にエリダヌス川で遊覧船を牽いていたあの星霊だろう。


 アマネールがエステヒアで見たくじらのように、海豚(いるか)座の星霊も宙に浮いていた。


「彼女はチェリトゥード。見ての通り、召喚式・海豚座の星霊使いだ。天煌杯の審判だよ。試合前に提出された各選手のライフを把握した上で、競技場を飛び回って戦況を確認し、脱落者を報告するのが主な役目だ」


 チェリトゥードは選手たちに何か話している。会話の内容は客席からは聞こえなかった。


「いよいよだ。始まるぜ」


 選手がそれぞれ所定の位置につく。すぐに開戦を告げる鐘が鳴り響き、両チームが一斉に動き出した。



 ウォーカーの忠告通り、アマネールは白金剣団の動きに注視していた。


 最初に動いたのは司令塔のウェンディだった。チームのエース、ミフェルピアと適度な距離を保って後方へ下がり、二人で縦の列を作っている。


 その列を中心として、クラリーセとサリナは左右に展開した。客席から見た白金剣団の陣形は、見事なひし形を描いている。


「これが白金剣団のフォーメーションだ。ミフェルとウェンディが胴体で、クラリーセとサリナが両翼さ」 とウォーカー。


「何か意味はあるの?」 とグレイ。


「全てはウェンディのためだよ。ひし形を作るこの布陣は、ウェンディの前に防御壁を築き、彼女を敵から守っているのさ。司令塔は攻め口にならないけど、チームで戦う上では必須だからね。司令塔はチームの要って、聞いたことあるだろ? 


 さらにこの布陣には、ウェンディの指示が全メンバーに伝わるという利点もある。おかげで白金剣団は、緻密で統制の取れた動きができるってわけだ。まあ、本人たちは作戦の真意を明かしたりしないし、あくまでファンの推測だけどね」


 たしかに白金剣団は完璧に連携が取れている。選手それぞれが動くというより、チームが動いているようだ。ひし形の陣形が決して崩れない。



「あそこ! ......見える?」


 唐突にウォーカーが叫んだ。彼の視線の先を眺めると、なんと競技場の大地が揺らいでいた。そればかりか、淡く澄んだ青色の背びれが見える。


「ウェンディは召喚式・魚座の星霊使いなんだ。もう一匹はえーと......あそこだ」


 魚座が二匹の魚で表される星座であることは、以前アマネールも耳にしていた。驚くべきは、ウェンディの星霊が地中を泳いでいることだ。


「地面に潜ってる......?」


「それだけウェンディが優秀ってことだよ。知らないなら覚えておきな。召喚式の星霊使いは、腕が上がれば上がるほど、星霊の()()()()()()()()のさ。ウェンディのような、本来水中に生息する魚の星霊なら、始めは水中、次に地中、終いには空中って具合にな。それこそほら、チェリトゥードのいるかは空を泳いでるだろ?」


 競技場を優雅に飛び回るチェリトゥードに目をやり、ウォーカーは解説を続けた。


「くわえて言えば、練度の指標は活動領域の他にもある。それが感覚の共有さ。


 召喚式の星霊使いは、鍛錬を積めば星霊と感覚を共有できるようになるんだ。ウェンディは視覚と聴覚を共有できる。それも、二匹共にね。多少混乱してもおかしくないのに、彼女は完全にものにしてる。敵陣営を泳ぎ回る二匹の魚を通して、相手の会話はもちろん、細かな表情さえウェンディには筒抜けなんだよ」


 アマネールはふと、ユリのことを思い出した。彼女もまた、白鳥座の星霊と視覚を共有できるのだ。ウェンディと違って星霊は一匹だが、ユリも相当優秀なのだろうか。



「そりゃあ、ユリは繋がりし者(ファビロス)だからな。地力が違うよ。初めて星霊を顕現したときから、感覚が共有できたはずだぜ」


 アマネールが疑問を口にすると、ノアがそれに答えてくれた。どうやら繋がりし者とルグラでは、そもそも星霊への適性力が格段に違うらしい。


「ご存じの通り、星霊の発現条件は死後と前世の魂の共鳴だ。前世の魂の欠片を持つ繋がりし者は、自力でこの条件を満たしてる。一方、ルグラは天結に頼らなくちゃならない。


 目の悪い人が眼鏡をかけても、元来目がいい人には及ばないだろ? それと同じだよ。熟練のルグラが習得した技術は、繋がりし者にとって当たり前だったりするもんさ。逆に言えば、ルグラでも修行次第で繋がりし者と渡り合えるんだぜ」


「そうは言っても、繋がりし者だけの特権もあるよ。召喚式に限って言えば、そうだな......星霊の過度な遠隔操作、とかね。優れた召喚式の繋がりし者は、数十キロ離れたところにも星霊を呼び出せるらしいんだ。たまげるよな」


 ......遠隔操作だって? ウォーカーがさりげなく加えた説明に、アマネールは肝を冷やした。


「......もしかして、島から島へもできたりする? 例えば、本土の人間がエステヒアに......とか?」


「中々面白いこと考えるね、君は。うーん。理論上は成り立つと思うけど。もしできるとしたら、相当腕が立つ星霊使いだな」


 なら、何だ? エステヒアを襲った蛇座の禍黎霊使いが、本土にいるかもわからないってことかよ。


 思わずアマネールは拳を強く握った。炎のように揺らめく純黒のもやを纏い、眼窩に白く光る瞳孔を宿した大蛇が、少年の脳裏にちらついたのだ。


「どうした? 君、顔怖いよ。お、そろそろファイトになるぞ。ミフェルから目を離すなよ」



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