第三章② 練習会(下)
先ほどリディアは水晶水の実演を打撃で行ったが、天煌杯の本質は星霊使いの武道会だ。アマネールのように星霊を顕現できない者も出場は可能らしいが、実際の試合はやはり、星霊同士のせめぎ合いになる。
そこで今日は、リディアを主体として各自の星霊とポジションの相性を確認することになった。
まず、ユリについて。繋がりし者である彼女は、召喚式・白鳥座の星霊使いだ。今まさに、選手寮中庭の上空を、純白に透き通った白鳥が飛んでいる。
白鳥の佳麗さは、ユリの左腕を飾る天結の宝石が投影されたものだ。花びらの装飾が施された銀のブレスレットに輝く四月の誕生石、ダイヤモンドを映したような白鳥の半透明な翼は、日光を受けて七色の煌めきを散らしている。
召喚式の星霊使いがある練度に達すると、星霊と感覚を共有できるそうだが、ユリはこれができるらしい。つまりユリの役目は、星霊と視覚を共有して空から戦況を把握し、グレイと協力しながら戦術を立案することにあるのだ。
次にノア。ノアは結束式・射手座の星霊使いである。そんな彼は、射手座の象徴ともいえる弓矢を顕現でき、その扱いにも極めて長けていた。
チャームの並んだ金色のネックレスに添えられた、シトリンの如き黄色の弓を構えたノアは、リディアが設置した的を正確に射抜いてみせたのだ。三十メートル以上離れた位置からでも、狙撃に失敗はなかった。アマネールのような素人が見ても、優秀な攻撃陣だと一目でわかる。
リディアも大喜びで、「いいわ。あんたが中距離で、あたしが近距離。かなり強いわよ、あたしたち」なんて言っていた。
そしてグレイは、召喚式・牡羊座の星霊使いだ。銀色の光沢を帯びた指輪の石座に留められた、アクアマリンさながらに美しい、水色に澄んだ羊の使い手である。
この世界に来て短いにもかかわらず、グレイはしっかりと星霊を顕現できた。ユリと違って視覚は共有できないようだけれど、呼び出した星霊を思い通りに動かせている。
「正直ヤバい気はしてたけど、思ったよりいいわ。まだ本番まで時間もあるし、十分盾役として戦えるわよ。ユリが召喚式だから、感覚的なことは教わりなさい」
リディアは嬉しげにそう言ったが、アマネールの気は沈んでしまった。ノアは三年前、ユリは一年前に死後の世に来ている。しかし、グレイはひと月前だ。年単位で先に来た彼らならともかく、グレイですら星霊を扱えるのに、自分は星霊の扱いはおろか、呼び出すこともままならない。
決してグレイに悪感情は抱かなかったものの、少なからず疎外感はあった。そんなアマネールの心持を悟ったのか、リディアが声を掛けてくれた。
「あんた、グレイと比べて落ち込んでないでしょうね。いい? ルグラと繋がりし者では勝手が違うの。ルグラは天結さえ身につければ、星霊の顕現自体は簡単だから。自分の意思で動かせるようになるには、少し慣れがいるのも事実だけどね。ただそれを踏まえても、あんたとグレイじゃ難易度は段違い。だから比べちゃ駄目よ」
さらに、アマネールと同じ繋がりし者であるユリも彼を案じてくれた。
「繋がりし者の星霊は、特定のきっかけによって覚醒する場合が多いんだよ。失われた前世の記憶は、徐々に思い出すというより、ふとした瞬間を境に戻るものだから。私もそうだったし」
「あんたに限って言えば、星霊は一旦後回し。それよりもやるべきことがあるわ。それなりの体術を身に着けないと。いざ星霊が発現したときに、最大限その力を発揮できるようにね。大丈夫、あんた意外と素質あるよ。っそら」
掛け声とともに、リディアは拳を突き出した。咄嗟に首をそらしたアマネールを見て、彼女は腑に落ちたように言った。
「ほーらね。さっきちらっと思ったけど、あんたは持って生まれた反射神経がいいわ。ノアに蹴りかかったあたしを目で追えてたみたいだしね。ったく。鍛えがいがあるってもんよ。覚悟しときなさい、あたしは容赦しないから」
アマネールからすれば、あの状況でこちらに気を配っていたリディアの方が恐ろしいのだが、何はともあれ彼女のおかげで気が晴れた。
「そういや君、有名な星導師の家系なんだろ。ってことは繋がりし者でもあるよね? リディアは何座の星霊使いなの?」
何気ないアマネールの問いかけに、なぜだろう、リディアの眉は徐々に吊り上がった。
「はあ。せっかく元気づけてやったのにこれよ。あんたさては、女の子に体重とか聞くタイプね。気をつけなさい。そのうち痛い目見るわよ」
ーーまぁでも、来たばっかりだし。悪気はないんだろうけど。
「え?」
リディアはけたけた笑って答えた。
「あたしはね、星霊が使えないの。適正とやらがないらしいわ。だから安心しなさい。仮にあんたが一生星霊を顕現できなかろうが、あたしがいるからさ」
◇◇◇◇◇◇
練習を切り上げたアマネールたちが選手寮に戻ると、ロビーの一角に人だかりができていた。何事かと覗き込むと、壁に大きな羊皮紙が掲示されている。
どうやら天煌杯の組み合わせが発表されたようだ。Aブロック八チーム、Bブロック八チーム、合計十六チームのトーナメント表が見える。
「やあ。グレイ。君も出るんだってね」
人だかりをかき分けて張り紙に辿り着くと、くしゃくしゃの茶髪の少年が声をかけてきた。グレイが通う学校の友人だそうだ。
「んー、どれどれ。あちゃ、中々厳しいな」
トーナメント表に記された番号を確認したのち、その少年はぼやいた。Aブロックには一から八番、Bブロックには九から十六番のチーム番号が振られており、アマネールたちは三番であった。
「ついてないな。リディアがいるんだ。もうちょっと評価されたっていいのに。四人が素人だからかな?」
少年曰く、天煌杯のトーナメントは、大会運営を担う星斗会が、それぞれのチームの戦力を鑑みて組んでいるそうだ。星霊使いの教育に精を出すメイエールから出場する四チームを、トーナメントの各角に配置するなど、強豪同士が序盤で当たらぬよう配慮されているらしい。
「リディア、そんなすごいの?」
グレイが尋ねた。
「これが真の武道会なら、彼女の右に出る者はいないよ」
友人と話し込むグレイを横目に、リディアは含み笑いを浮かべていた。アマネールは最初、彼女が持ち上げられたのが嬉しいのかと思っていたが、どうも見当違いだったようだ。意地の悪い笑みを浮かべながら、リディアはノアの脇腹を小突いている。
「ねえ。もしかしてあんた、友達少ないの? え? その感じで?」
その感じというのは、おそらくノアの見てくれに言及しての発言だろう。
「名家の一人娘のなのに、品性の欠片もない誰かさんには言われたかないね」
「......あのさ、中々厳しいって、僕らの初戦の相手? この人たち強いの?」
火花を散らし始めた二人を仲介するように、アマネールは口を開いた。
「んなもん余裕よ。あたしがいるのよ」
リディアがずいっと胸を反らす。
「見ろよ。チーム番号一。天煌杯の開幕戦を任された、圧倒的優勝候補さ。君たちが順当に勝ち上がれば、二回戦で当たっちまう。やれやれ、お互い様だな。僕らなんて初戦でメラトリネのとこだ」
会話に割り込んできたのは、グレイの友人である茶髪の少年だった。
「君が噂のエステヒアの繋がりし者かい? 僕、ウォーカー・アビット。よろしく」
アマネールが本土に来てまだ二週間だが、英雄アリス・シアステラの生まれ変わりが現れたという不本意な噂は、着実に広まりつつあるようだ。
「メラトリネ?」
アマネールは論点をずらした。アリスの話をされるのはどうにも苦手だった。
「君も名前くらいは覚えとけ。やな奴だ。とにかく性根が腐ってる。そのくせ実力だけはあるんだから、余計に質が悪いよ」
極力関わらない方がいいぜ、とウォーカーは付け加える。
「にしても、ふん。面白いじゃない。燃えてきたわ」
トーナメントが記された羊皮紙をねめつけ、リディアは挑戦的に言った。
「そんなにヤバいの? 僕らの二回戦の相手」 とグレイ。
「人呼んで白金剣団。粒ぞろいのメイエール勢の中でも、評価は頭一つ抜けてるぜ」
解説してくれたのはノアだ。
「本土でも大人気のチームだよ。二年前に新しく加入した司令塔が優秀でさ。それから負けなしなんだ。今年の白金剣団には、前人未到の三連覇がかかってるんだぜ」
ウォーカーはどこか興奮した様子である。
「どのみち倒さなきゃいけない相手よ。早く当たるに越したことないじゃない。今年こそ、ミフェルの三連覇に土をつけてやるわ」
リディアは深紅の髪をなびかせ、満足げに鼻を鳴らした。




