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 二日後の日曜日。

 本当ならプロチームが使用している第2グラウンドでAチームの練習試合が行われていて、Bチームの私や裕香は応援のために行かなければいけなかったのだけども――。

「君たちは和成さんのところで話を聞いてきなさい」

 と矢沢コーチに言われ、私と裕香は久しぶりの休暇とともに地元へと戻っていた。

 それにしても、和成おにいちゃんのことをどうして後藤監督や矢沢コーチが知っているのだろうか。


 そんな疑問はすぐに、和成おにいちゃん本人から教えてもらえた。

「あぁ、お前たちが所属しているスクレイバーFCの下部組織『マライアSC』の後藤監督と矢沢コーチは、前に俺が所属していたクラブチームのコーチをしてくれていたんだよ」

 和成おにいちゃんの部屋の中、椅子に座っている和成おにいちゃんが、私と裕香にそう言った。

「道理で」

 なんで和成おにいちゃんがそんなことができたのか納得できた。

「それから畑千鶴についても、実を言うと中学生チームの監督やコーチの中で話題になっているみたいでな」

 なにもかも知っているって顔で、和成おにいちゃんは私と裕香を眇めた。

「そりゃぁ、あれだけプレイがうまくて、どこのクラブにも所属してないとなれば、クラブが勧誘しないほうがおかしいよ」

 直に見てわかったが、あれだけのプレイヤーをほしくないというクラブはないだろう。

「でも、あの子――サッカーが嫌いだって」

「まぁ理由が理由だからなぁ」

 和成おにいちゃんは腕を組み、どうしたものかと肩をすくめた。

「ましろさんの妹だって聞いたときはびっくりしたけど、そういわれて納得するプレイだった」

 裕香がそう言う。「もしかして裕香は知っていたの?」

 ギョッとした声で私は裕香を見据えた。

「ゴールデンウィークで一度実家に戻ったときにね。たまたま公園でボールの練習をしていた千鶴さんを見かけたの。千鶴さんはそのとき、小石でコーン代わりの円を間隔をあけていくつかかいて、その間を潜るドリブルの練習をしてた。その時にどこかましろさんっぽいなって思って、和成おにいちゃんに聞いたら案の定……」

「俺が見かけたときは、地面にはしごの絵を描いて、ステップの練習をしていたしな」

「それって、どう考えても嫌いだっていっている子がする練習レベルじゃないんだけど」

 いっていることとやっていることがチグハグしている。

「でも、なんで千鶴さんはサッカーが嫌いなんて」

「さっきも言ったが、理由が理由だ」

 和成おにいちゃんが嘆息をついた。

「――っ! そうか……、たしか千鶴さんのお姉さん……ましろさんが殺されたのって」

 私は顔をうつむかせた。

 千鶴さんがサッカーを嫌いになっている理由がなんとなく合点がいったからだ。


 ――N市少女連続暴行殺人事件。

 私と裕香が通っていた璃庵由学園の初等部に通っていた女子生徒五名が次々に暴行され殺される事件があった。

 十六年前に起きた暴行殺人事件を皮切りに、妃春香(きさきはるか)熊川憂(くまかわうい)横嶋幸(よこしまみゆき)亜草(あくさ)ひばり――そして四年前の春に殺された畑千尋(はたちひろ)がその被害にあった。

 五つの事件の犯人はまったく違う人物だったが、みな共通して璃庵由学園に関係していたこと。そしてそれを隠蔽していたのが当時その学校で教師をしていた季久利翔太の兄であり、大手出版会社の社長でもあった季久利聡一が、裏で政治家や警察に金や脅迫で事件をなかったことにしていた。

 しかも、希久利聡一が雑誌の企画でオーナーをしていたサッカークラブ『河山(かやま)センチュリーズ』が所有している送迎バスの事故も、それと関係していたという。

 その被害にあった子供たちが、この世に未練を残し、偶然彼らがサッカーをしているところを見つけた和成おにいちゃんが、どういう因果か、その子たちのコーチをすることになった。

 子供たちは和成おにいちゃんに教えられながら、見る見るうちに実力をつけてきた。

 その実力を試そうと、地元の大会に出たのだ。

 大会の準決勝、私と裕香が当時所属していたサッカークラブ「リーズFC」はその子たちと勝負し、2-1で負けた。今でも悔しいと思っている。

 だけど、それ以上にあの子たちと二度とゲームができないことのほうが悔しかったのかもしれない。

 だって、あの子達のプレイは一度っきりだっていえるくらいに鬼気迫るものがあったからだ。


 そのチームのひとりに、ましろというDF(サイドバック)――いや、リベロの少女がいた。

 誰も予想ができないプレイをする選手。本来防御側にいるはずなのに、気付けば攻撃の要となっているストライカーで、私や裕香は彼女に翻弄されたことがある。

 そのましろさんの生前の名が――畑千尋。

 そんな彼女が殺されたのが、四年前。ちょうど私と裕香が小学六年生の時だ。

 ましろさんも私たちと同じ学年で、一度だけ生前の彼女と話したことがあったくらい。

 実際彼女と勝負したのは、彼女が死んだあとに行われた地域の大会でのことだった。

 今でも夢物語なのではないかと思ってしまうけども、あの時、チームの中心となっていたもうひとりの選手――MF(センターハーフ)の横嶋(あずさ)さんと勝負したときの高揚感は今でも覚えている。


 ましろさんは学校のサッカークラブに所属していて、その帰り道に暴漢に遭ってしまった。

 もし、彼女がサッカーをしていなかったら――。

 帰りがもうすこし早ければ――。

 どんなに言葉を繕っても、千鶴さんにとっては、サッカーがお姉さんを殺したと思っても無理はなかった。


「ましろや(みゆき)おねえちゃんはもうこの世に未練を残しちゃいないだろうけど」

 考え事をしていた私に見兼ねたのか、和成おにいちゃんがひとつ咳を払った。

 私はその音にハッとし、声の主のほうへと視線を向ける。

「逆に千鶴さんはサッカーを憎んでいるってこと?」

「――とは限らないと思うんだよなぁ」

 裕香の言葉を否定するように、和成おにいちゃんは(かぶり)を振った。「どういうこと?」

「いやだってな、嫌いならサッカーを辞めればいいだけの話だろ?」

 たしかに和成おにいちゃんの言うとおりだ。

 ましろさんが殺された原因がサッカーをしていたからだと思っているからこそ、千鶴さんはサッカーにたいして嫌悪感を持っている。

 それなのにどうしてあんなに上手いのか。どう考えてもあの技術はしっかりとしたクラブで教えてもらっている子供でもできるかどうかだった。

 いくら才能があったとしても、一朝一夕でできるものじゃない。

「なにか理由があるとか?」

「理由……?」

「ほら、サッカーが嫌いだけど、お姉さんが楽しそうにやっていたから」

 私は自分で言ってハッとした。

 これって、今の私と一緒じゃない。

 今、私は肉離れを起こしてしまい、プレイができない状態だ。

 しかもチームでも使ってもらえないときが多くなってきている。

 本当にサッカーが好きなのかって自問したくなるくらいになっていた。

 でも、私がサッカーを始めたきっかけは――。

 目の前に座っている和成おにいちゃんが、生前の梓さんからサッカーの楽しさを教えてもらい、それを倣うように一生懸命サッカーの練習をしていたこと。

 それがなにより楽しそうで、私と裕香は和成おにいちゃんにいろいろと教えてもらいながら、一緒にサッカーボールを追いかけていた。

 いつかお兄ちゃんと勝負して、勝ちたいと思ったこともあった。

 そんな目標を持って練習をしていたし、できなかったトリックが成功したり、フェイントで相手を抜いたり、チームが勝てばうれしかったし、負けたら負けたで悔しかったけど、いつかそのチームや、そのプレイヤーに勝ちたいとおもったりして、なにより楽しかった。

 ――今みたいにつらいなんて一度も思ったことはなかった。

「お姉さんが楽しそうにしていたから……、だからサッカーは嫌いだけど嫌いになれないでいる」

「かもしれないな。俺はクラブをクビにされて苛立った結果、もう選手としては使い物にならなくなっちまったけど。でも梓たちにサッカーを教えていたことで、自分にとってのサッカーがなんなのかってのを思い出すことができた」

 和成おにいちゃんは机の上の飾られた写真立てに視線を向けた。

 ポニーテールFC……。それがましろさんと梓さんを中心にしたチーム。

 総勢十一人の、少年少女のまぶしい笑顔の一瞬が切り取られていた。

 夕日に照らされた優勝カップが一番星のようにきらめいている。


「……実はさぁ、ちょっと梨桜にお願いことがあってな」

 突然、和成おにいちゃんから声をかけられ、私は肩をすくめた。「お願いこと?」

「いや後藤監督から相談というか話を聞いてさ、今度小学生クラスのチームを共同で新設するみたいでさ」

 それがどうかしたのだろうか。「んっ? 共同――?」

「それって別のクラブ同士がお金を出し合うってこと?」

「いや、地元の企業と共同でってことらしい。サッカーってのは人気はあれど、クラブによっては懐事情が寒太郎だからな」

 サッカー自体の人気はあれど、スポンサーや放送権、グッズ販売などでの収支がないと基本的に赤字。J1の人気チームや、お金があるスポンサーに支えられているチームならまだしも、下手をしたら解散なんてこともありえる。

 男子サッカーでもこれなのだから、女子サッカーはもっとだ。

 二〇一一年の世界大会(ワールドカップ)で日本代表が優勝して注目を集めたが、それでもプロチームの運営は芳しくないという。

 去年だっけか、なでしこカップの下になるチャレンジカップに参加していたチームが経営難で、今年のシーズンを運営することができず、大会の参加を断念し、活動を縮小しているという話を聞いたことがあった。

「それで私にお願いって?」

「あぁ、その小学生チームの入団テストがあるんだが、それに参加する子を集めてほしいんだよ」

 えっと、つまりそれって――。「その子どもたちのスカウトをしてほしいってこと?」

 話をまとめるとこうなるのだろう。

「そういうことだ。しかも絶対条件がある」

 和成おにいちゃんは口角を上げた。

 うん、ぜったい無理なこと考えてそうな悪い顔だ。

 なんとなくわかってきた。それにしても後藤監督も私が戦線離脱しているからって、むちゃくちゃなことを言ってくる。

「畑千鶴さんを連れてこいってことか」

 無理な気がするけどなぁ。

 だってあの様子だと、話を聞いてくれるかどうかすらわからないし。

「あ、そういえば和成おにいちゃん」

「褒美は全部終わってからな」

 千鶴さんを見てきたことに対する褒美を要求しようとしたら、笑顔でインターセプトされた。

「絶対だからね!」

 和成おにいちゃんの悪い笑顔に、我を忘れて叫んでしまった。

 こうなったら意地でも千鶴さんをそのチームに入れてやる。

 食べ物……特に女の子をスィーツで釣ろうとした代償は高いと思えぇっ!



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